第33話

▫︎◇▫︎


 ベアトリスにとって102回目の人生、梨瑞にとって3回目の人生は、どこまでも眩しい真っ白な世界から始まった。ゆっくり段々と世界が見えるようになってくると、そこには優しげに笑うベルティアとアルフレッドがいた。

 ベアトリスの7宝石を砕いて詰め込んだかのような瞳からは、瞳がとろけてしまうのではないかというくらいにぼろぼろと涙が溢れた。

 泣き虫ちゃんと言われるくらいに、ベアトリスはよく泣いた。もう会えないと思っていた梨瑞にとって2回目の人生で早死にしてしまった人を見ては、泣いて、そして、彼らを必ず生き残る道へと導いた。


 お勉強も魔法も剣術も、前世同様に圧倒的な実力を示した。

 本当はアルフレッドのためにも何もやらないでおこうかと思った。けれど、クラウゼルの隣に立つためにはこのくらいできないとダメな気がした。クラウゼルは今世では6色の瞳らしい。麒麟児と恐れられる彼の実力はものすごくて、国王として絶対に必要な7色の瞳を持っていないのにも関わらず、ベアトリスとの婚約前から立太子していた。ベアトリスはこれを聞いて、彼が前世の記憶をちゃんと持っていることに気がついて、そして何よりも安堵した。


 今世では女の子らしく生きることにした。

 髪は母ベルティアが望むように腰まで癖っ毛を伸ばして、いつもふわふわのドレスを身につける。足にナイフを所持しているのは前世からの癖だから直しようがないが、それ以外はちゃんと年相応の可愛らしい女の子を目指した。甘いふわふわのレースやリボン、ちょっときらきらしたアクセサリーなんかを身につけてすんと澄まし顔をしていると、前世と違ってたくさんの人に可愛がられた。


 8歳の誕生日を迎えて少しした頃、ベアトリスは馬車に揺られて王城に向かうことになった。

 今世ではベアトリスは魔道具作りに精を出していない為、馬車の性能は前世には遠く及ばない。よってとってもお尻が痛いが、それでも不自然なほどに不思議な知識を披露する娘であった時よりも、父アルフレッドはベアトリスに傾倒している。


 王城に着くと、そこには前世と変わらぬ空気が漂っていた。

 白亜の城の中は美しい装飾がそこらかしこに施してあって、けれど、その美しさと豪華絢爛さは謙虚で、上品な印象を与える。

 謁見を待つ時間、ベアトリスは前世同様に窓際によってお外を見つめた。

 でも、思考にあるのは前世とは違う考えだ。彼に会うのが楽しみすぎて、ベアトリスは昨日眠れなかった。あんなにイケメンが嫌いだったベアトリスは、クラウゼル限定でイケメン好きへと変化していた。

 彼のことを考えていると必ずふっと頭に浮かぶ青年の顔がある。くすんだ金髪に若葉色の整った顔の、かといって筆頭すべきところのない平凡な顔立ちの青年、モブオ。

 彼は今世で1度もベアトリスの視界に入ってきていない。何が起きているのかわからなくてそれなりに頑張って情報を探ったが、結局はよくわからなかった。


 ーーーコンコンコン、


 扉のたたかれる音が聞こえて、ベアトリスはアルフレッドとベルティアの横に並び立った。頭を深く下げて、彼との再会を待つ。


「面を上げよ」


 前世ではベアトリスのことを重宝してくれた国王の声に合わせて、ベアトリスは顔を上げた。前世で最後に見た時よりもずっとずっと若い姿である国王アルノルトを見てから、ベアトリスはどうしても我慢できずに彼の後ろに立っている少年へと視線を向けた。

 今世で彼と会うのは初めてだが、彼がクラウゼルであることは一瞬で分かった。

 太陽よりもずっときらきらと美しく、そして堂々と輝く何よりも目立つ金髪。前世とは違う6色の宝石を砕いて詰め込んだ切長のはっきりとした大きな瞳。目鼻立ちはびっくりするぐらいに美しく配置されていてまるで、絵画や彫刻のようだ。

 ぼうっとしてしまうくらいに美しい少年は、ベアトリスを見つめてから心底嬉しそうに微笑んだ。前世よりも柔らかな笑みで、そして、その微笑みは彼がたくさんの人に愛される人間であることをベアトリスに伝えた。前世よりもずっと捻くれていない。


「はじめまして、ベアトリス嬢。俺の名前はクラウゼル」

「お初にお目にかかります、クラウゼル殿下。ブラックウェル公爵家が長女ベアトリスと申します。ベティーでもトリスでも、お好きなようにお呼びくださいな」


 にっこり笑うと、彼は安堵したようにほっと息をこぼして、そしてベアトリスに手を伸ばす。恭しい仕草で差し出された手に少し頬を染めたベアトリスは、自分の手を彼の手に重ねる。

 ちゅっとくちびるを落とされて、どきっとしてしまう。


「あらあらまあまあ!クラウゼルがこんなに甘い表情をするなんてっ!!クラウゼル、ベアトリスちゃんと東屋にでも行ってらっしゃい!!あと、絶対にベアトリスちゃんを逃しちゃダメよ?」


 くすくすと笑った王妃クラウディアに促されて、ベアトリスとクラウゼルは幸せそうに微笑んでから、あの日、彼と本音を曝け出しあった東屋へと向かった。


 あの時とは同じ状況、同じ日なのにも関わらず、ベアトリスとクラウゼルの関係は全て変化している。東屋のベンチにクラウゼルと隣り合って腰掛けていたベアトリスはそれをまざまざと感じていた。

 彼は瞳の色についての劣等感に押しつぶされていないし、天才肌という才能に甘えて天狗にもなっていない。それどころか、聞くところによると一生懸命に鍛錬に打ち込んでいるらしい。


「なぁ、ベティー。この平和が、いつまでも続くと思う」

「さあ?それは私とあなた次第。今現在は分からないわ」


 2人は手を繋いで遠くの空を見つめる。


「ーーー私、本を書こうと思うの。1度目の人生を綴った物語を」

「………ーーー、未来を警告するために?」


 不安そうに問いかけてきた前世よりも純粋無垢なクラウゼルに、ベアトリスがくすっと笑う。


「あなたとの馬鹿げた思い出を忘れないために」


 片手を伸ばせばお空に手が届きそうな予感がするけれど、実際にそんなことは起こらない。

 日差しを遮るように空に手を伸ばしたベアトリスは、歌うようにくちびるを動かして、未来を記す本の題名を口ずさむ。


「モブ専転生悪役令嬢は婚約を破棄したい」


 1度目の人生を飾るにぴったりな題名を呟いてから、ベアトリスは満足げな笑い声をこぼす。


「愛しているわ、クラウゼル」

「愛してる、ベティー」


 2人の物語はまだ始まったばかり。

 このチャンスを活かすも殺すも2人次第。


 ベアトリスとクラウゼルは優しく抱きしめあった。





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