第5話 入学式②

────はぁぁあ、ユーノたん…立派になって


頭の中で、ぐずぐずと鼻を啜っている音がする。汚い…と思う反面、それだけユーノの成長を喜んでくれているのだと思うと、嬉しくなる。

しばらく合わない間に一気に大人びた彼女の横顔はどこか凛々しく、すらりと伸びた身長は誰もが羨むような美貌に相応しかった。

壇上で新入生代表の挨拶をする彼女の声が、朗々と響いている。


「───私たちの生きている世界には、身分の差も貧富の垣根もあることが事実です。ですが、この学舎で共に考え、語らい、各々の立場からより良く生きるための未来を、共に紡いでいきましょう」


私が壇上の袖から彼女の姿を見つめていると、挨拶を終えた彼女がこちらへと歩み寄ってくる。

貴族と平民出身の学生の区別をなくすため、着用を義務付けられた濃紺の制服は彼女によく似合っていた。

黒髪を美しく纏めた彼女の凛として清々しい眼差しが、私の顔を捉える。

途端、まるで私を射殺すように眇められる瞳。


────アステリオス、ユーノたんに何したの???


胡乱な声で問いただしてくる頭の中の声に、私の方が尋ねたい。


私は何かしたか?


凄まじい勢いで早鐘を打つ、どころかもう乱打している心臓を落ち着けようとそっと右手を添えて、僕は彼女に微笑み掛けた。


「素晴らしい代表演説だったよ、さすがユーノだ」

「お褒めに預かり恐縮です、アステリオス様。また後で生徒会室にご挨拶に参りますので、よろしくお願いいたします」


きりっ、というか、ぎりぃっ、と音がしそうな程に引き絞られた眼差しに私の心臓は瀕死になる。

面白い彼女じゃなくても良い。

ドレスをたくし上げ、靴を脱ぎ捨てる彼女じゃなくても良い。

成長した全てを受け入れる覚悟はできているけれど、私を親の仇のように見つめる視線は受け入れられない。

勇気を出して問い掛けようとした瞬間


「アステリオス殿下、そろそろ壇上へ」


そっと促す進行役の教師の声に、壇上へと行かざるを得なくなってしまった。

これ以上ないぐらい後ろ髪を引かれながら、私は壇上へと進み出る。

全校生徒が見詰める前で叩き込んできた入学祝の言葉を堂々と口にはしていたが、私の頭を埋め尽くしていたのは疑問と不安ばかりだった

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