第9話

 二階の東側にある青い看板を掲げたスポーツ用品店で僕と近江は海パンを選んでいた。泉は近くにあったスツールに腰掛けて不機嫌そうにこちらを睨みつけている。


「まだ?」


 僕は早々に決めてすでにお会計も済ませていたのだが、近江はいまだにあれでもないこれでもないと悩んでいるようだった。


「まっちゃん! これどうよ!」


 手に持っていたのはショッキングピンクの海パンだった。


「派手すぎない?」


 僕が言うと近江は「そうか?」と首を捻る。


 見かねた泉が立ち上がった。


「亮太はセンスがない」


 そう言って泉が近くにかかっている海パンを選別して近江に渡した。


 泉が持っていたのはカーキ色のシンプルなものだった。地味に見えたが近江の腰に当ててみるとなかなか悪くない。


「さっさとそれ買ってきて!」


「お、おう」


 近江は半ば強引にレジまで連れて行かれその海パンを買うこととなった。


 その時の泉はいたずらに成功した小学生のような無邪気な笑みを浮かべていた。


 僕らの買い物が終わればいよいよ泉の番だ。


 あれだけ強引に近江の海パンを選んだ泉だったがいざ自分の段になると近江の比じゃないくらいの時間を要した。


 男物の水着と違って女性の水着は普通の洋服店や雑貨屋にも置いてあるため僕らは女性向けアパレルブランドの店を転々とした。その間、泉の好みについて延々と聞かされ、意見を求められた。


「これどうかな?」


「似合いそうじゃねえか!」


 空元気で近江が頷いて見せるが、泉は納得していないようで「本当?」と疑いの視線を向けている。


 僕と近江はすでに疲労困憊だった。最初こそ普段入る機会のない女性向けの店に二人して緊張していたのだけど、何件も連れ回らされるとさすがに慣れる。今は緊張なんかより疲労のほうが遥かにまさっている。


「あのさ、ちょっとトイレ行ってくる」


 僕が休憩するためにその場から離れようとすると次いで近江も声を上げる。


「俺も行く!」


 しかし、近江は泉に肩を摑まれる。


「ハルが帰ってきたらね」


 泉は笑顔で言った。


「まっちゃんー」


 悲痛な声が店内に響いたが、僕は見て見ぬふりをした。そして、僕は心の中で近江に謝罪した。

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