10節:地上へ

 男を燃やしながら一滴も汗を垂らさずに先輩はここまでの状況を伝えてくれた。

 まず、今回の作戦はこの男の存在と能力に気が付いた静稀先生が私たちが行動している間に立ち上げていたものらしかった。

 男の能力の射程圏内から離れた場所での処刑。その為に水面下で準備されていた先輩の囮作戦。

 想定外のことが続いたが、こうして先輩は男を仕留めるに至った。


「こいつとの接触自体はあの晩……っていってもまだ今夜か。そのときにここと同じような場所があった。それも5個くらい」

「え”っ!?そうだったんですか?」


 ここと同じような地獄が……あと5個も!?しかも街の地下で?


「ここよりは規模もだいぶ小さいけどね。たぶん街全体の地下から優れた魔力リソースを長いスパンで少しずつ徴収してたってことなんだと思う。例えるんなら植物の根って静稀先生は言ってたっけ。とにかく、そうした場所を組織と一緒に調査していっていくうちに本拠地を叩こうって話になって、いざとなったときに力を跳ねのけられる私が囮に選ばれた」


 私たちが街を走り回っていた時に、この街の片隅ではそんな組織の仕事が繰り広げられていた。

 点在するこの男の拠点。

 たぶん、街の人たちがごっそり少なくなっていたのはそこに攫われた人がいたという事。

 ここに来る途中で見せられた人間の吊るし上げが同様に行われていたという事。

 それをこの男が一人でやっていた?


 なにか、嫌な気配が……私の背筋を凍らせた。


「こいつの能力の底知れなさとここ最近の異常気象もあったし。その調査のために何としても犯人の根城に行く必要があった。ただ誤算だったのは……こいつが全然私達をここまで連れて行かなくてね。連絡も取れないし、囮操作の兼ね合いもあってさっさと力使って抜け出すのも判断に困る、そうやって悩んでた時にあの隕石が出てきたのよ」

「……そうだ、隕石ですよ隕石!どうするんですか、このままじゃ」


 隕石が近づいてきているたびに振動は大きくなっている。

 今、あの凶悪な塊は上空何メートルにいるのだろうか。もし、ここから外に出た瞬間に、すぐ目の前まで迫っていたら…………さっきから恐ろしい予感が絶えない。


「それなら大丈夫。静稀先生が対策してくれてるから」

「先生が……?」

「点在している拠点を潰しているうちに先生が大体の仕組みに気づいてね。たぶん、すみか達がタワーに突撃したあたり、かな。最終的な始末は先生がやってくれるはずなんだけど……先生からの連絡がまだだし、今のうちに今回の大規模魔術の儀式のメカニズムについて話したげる」


 説明をしてくれる先輩は右手に業火を宿し、小さくなったとはいえ男の断末魔がぽつぽつと響き渡っているという今の状況は大変シュールだったが、というよりすごい聞きづらい。

 我慢して先輩の講義を聞くことにした。


「まず、今絶賛燃やされているこの無様で哀れな男があの隕石を形成するのになんでこのタワーを用意したのかってところからね」


 そんな先輩の悪口に効いたのか純粋に熱いのか。うるさい男の断末魔は続く。


「このタワーに何か秘密でもあるんですか?」

「大ありね。……単刀直入に言えば、。」

「……へー。そうなんですか……てうそぉ!?」

「ほんと」

「だ、だって魔法陣ってああいう丸いやつですよね?」

「別に丸がすべてじゃないけど……まぁ、魔法陣っていうのはあくまで物の例えで正確に言えば、高密度大規模の魔術式実行体ってところね。全自動魔術実行機械マジカル・スーパーコンピューターとでもいえばいいのかしら」


 ちょっと名前が可愛すぎる気もするけどと先輩は小声でつぶやく。


「じゃあ、これさっさと壊しちゃいましょうよ。ほら、先輩のふぁいあぱんち?でズバーッて」

「静稀先生が言うにはそうもいかないらしいのよね。これの厄介なところはちょとやそっと壊れた程度じゃ儀式の稼働が止まらないくらいには無駄が多いってこと。」「無駄?」


 そんな私たちの無駄という言葉が気に食わなかったのか燃やされつづけている男は急にうーうー言い出した。正直煩かった。


「ああ、ごめんごめん。無駄、とは違うって先生も言ってたっけ。えーとたしか……ああそうだ。が多いのよ、ここ」


 予備、という言葉には燃やされている男も納得したのか、再度うーうーと言い出した。

 なんだかやけにうるさい。どこまでしぶといんだ、こいつは。


「どこかに損傷があってもその部分が無くても稼働できるようになってる。精密機械なんかとは違ってどこかにガタが来ても大丈夫」


 さすがに熱いのだろうか、汗を少しぬぐって先輩は続ける。


「ふぅ…………そういう意味ではこのタワーの外観に引っ張られずに機械って言わないで生命って言った方が正確かもね。大本の命が無事なら生き続けることは出来る。養分を補給できる経路さえ繋がっていればそのまま儀式は続行される。このタワーの柱から骨組み、ボルトの一本に至るまで、それぞれが全ての役割を担おうとしている。強固な修正力と作戦実行力が備わっているのよ」

「じゃあ、実際どれくらい壊せばいいんですか?」

「静稀先生の見立てだと……9割9分9厘って言ってたわね」

「………………………そこまでやらないといけないんですか?……よくそれで魔術の意味を保てますね」


 先生の講義を思い出す。

 そういえばそこで魔法陣とか魔術を行使する際の儀式について大事なことを学んでたんだった。

 確か、魔法陣は描かれている線や構成されている物、描き手の意思にも左右される。つまりこのタワーはすべてに意味があってその実、ほとんどに意味が無い。


「そういう、魔術的な意味を付与された建物の大部分が無くてもいいのがここの凄いところ。ただでかいだけの建物に複雑な記号性を持たせて神秘を含ませることは時間さえかければできる。教会とか、あとは古い獲物もそうね。建物そのものを魔法陣、つまり魔術そのものとして扱う事自体は事例がたくさんある。ただそれは、細部に至るまでに神様を宿らせなきゃできない代物で、欠けてはいけない代物。欠けても大本に意味を損なわないのはすごいのよ? 顔のパーツどれ一つだけになっても名作映画に出れるレベルの美人、みたいな」

「例えが急に俗っぽくなった気がしましたけど……なんとなくは分かりました」


 まぁ正直なところ理解しきれていないけど、とにかくここで展開されている儀式を止めるのは難しいってことなんだろう。昔遊んだゲームに例えれば、同時に倒さなきゃいけないボス、といったところか。


「それで、結局先輩たちはこれからどうするんですか? その話聞いたらタワーに爆弾仕掛けまくって壊すくらいしかなさそうなんですけど」

「どんな優れた機械や植物にでも心臓部分はある。それがこのタワーにとって絶対に欠けてはいけない残り1厘の部分。このタワーを巨大な魔術式たらしめている要素があるはず、そう先生は検討をつけて探索してくれてるわ。……たぶんそろそろ見つけてくれるだろうけど……ってきたきた」


 男の断末魔の勢いが弱まってきたころ、先輩がふと目を向けた先に新しい客が来た。

 どこから迷い込んだのだろうか。白い小鳥が今私たちがいる大広間にやってきた。


「鳥?」

「連絡用の先生の使い魔よ。噂をすればってやつね」


 そういえば何度か授業で見たことのある、カナリアほどのサイズの白い鳥だ。

 その白い鳥は丸められた紙を加えており、先輩はその紙を取り出し中身を確認した。


「ふむふむ。……大方先生の予想通り、ね」

「先生は何て?」

「タワーの最上部に、儀式を中断させられる魔法陣を発見したって。そこがここのかなめで、こいつの能力の射程圏内ギリギリ、大体1キロってところかな。その範囲内でできるだけ高いところに儀式の要を敷いたのね。このタワー丸ごとアンテナであり、儀式を稼働させ隕石を生み出すエネルギーの供給先、空に捧げる貢物ってところかな」

「じゃあ、そこをなんとかすれば私たちは助かるんですか?」

「そ。……まぁ隕石が発動してしまった以上なんらかの余波は覚悟しなきゃだししばらくまともに都市は機能しなくなりそうだけど、それさえ気にしなければこれで終わりよ」

「……これで、終わりなんですね」 


 ようやく終わり。

 ここまでまだ数時間の出来事だというのがまだ信じられない。

 今日の深夜に寮が襲撃されて、そこから皇さんが酷い目にあわされて。

 なんとか助けに行こうと街を奔走してあの男ともう一度対峙をした。

 何度か死にかけた。体も正直ボロボロ。たくさんの人が、それも私の知らないところで傷ついた。


 そんな永かった夜が、ようやく終わりを迎える。


「……よし、救護活動もそろそろ終わりそうだし私達も脱出するわよ」

「はい!……ってこいつどうするんですか? 捨てるんですか?」

 いまだに先輩の右手によって地獄の苦しみを負わされているこの男がかわいそうに思えるかどうかなら迷いなく地獄に落ちろとは思うが、そろそろ対処にも困ってきた。今は静かになってきたがいつまたうるさくなるとも限らないし。


「捨てるわけにもいかないわ。本当は捨てたいけど捨てたらどうなるか分からないし。組織の人にこのさっさと固めてもらうわ。あ、救護班の方ーこいつの処分お願いしまーす」


 近くを通りかかった組織のお姉さんは、固定魔術を燃えまくっている男に施した。この魔術は正式には事象固着とかいうらしく、かなり限定的な時止めをしているらしいとのこと。

 だから、こいつみたいに死ねばどこかに自分の体を形成して逃げてしまえるような奴にとっては天敵みたいな術らしい。


「これでやらなきゃいけないことは大体は終わり。あとはすみか達を逃がすだけね」


      *


「……そういえば先輩」

「何?」


 大体の処理が終わり私達は話しながら薄暗い地上への階段を上る。

 私は列の一番後ろを先輩と横並びに歩いていて、少し前の方に橘さんや皇さんがいる。

 地響きがしている中、隕石のことをしばらく頭の隅に追いやりながら少しずつ上っていった。


「さっき上空に1名様ご案内とか言ってましたけどあれってなんですか? 新手の決め言葉ゼリフなんですか? あの世に送ってやるぜ、みたいな」

「……そんなキラキラした眼で言われても困るわ別にかっこよくもなんともないんだから…………そういえば言ってなかったわね。実は組織と静稀先生の判断で、あいつの即時処分が決まったの。さっきの発言はこのあとすぐにこのタワーの上に、男の能力を利用して送るってこと」

「……そうなんですか?」

「まぁ組織ではよくある話よ。対応に困ったものは即処分。すみかは知らない影の部分なんだけど、社会に害を成しすぎた奴は殺さない方が珍しいわ。私達はあくまで調停組織だから……これが研究特化の魔女集会とかなら話は違うんだけどね」


 先輩はよっこらせといいながらずっと抱えていた男の体を見せつける。疲れているのか、やけに荒い息遣いだった。


「何があるか分からないから一応固めといたんだけど見てこれ。この体にあいつの魂はもう無いわ。」

「え、それって」


 寮で見た夢を思い出す。

 能力を行使し、自分の体を捨ててスペアの体に乗り移ろうとしていた男の姿。

 赤い繊維を遠くまで伸ばし、体を形成していったあの男のしぶとさを表す能力が行使されているという事か。


「……どこに行ったんですか?」

「言った通り。ノルンタワーの最上部に飛ばしたわ」


 ノルンタワーの最上部。

 最上階の展望フロアのような一般客が立ち入れる場所では無く、関係者でも命綱無しには立ち入らない死と隣り合わせの

 遠くから見れば針の上。公表されている情報通りなら半径13メートルの敷地しかない部分。

 先輩の言う通りならその場所に儀式の要である魔法陣と、処分を委託された先生がいる。


 あの人を独りにしていいのか


 振って湧いた後悔と共に右眼が熱くなった。


「さっき先生から来た連絡にね、こいつの体が新たに形成されて行ったのを確認したっていう趣旨の文も書いてあったのよ」

「じゃあこいつ私たちの話を聞きながらずっと脱出の準備をしてたんですか!?」「それも、うーうー言って話を聞いているアピールをしながらね。さながら世紀の脱出ショー。こっから上方一キロ先に少しずつ本体を逃がしてたってこと。……でも、さすがにアイツもやけくそだったと思うわ。ここに来るまでにアイツの養分はすべて支配下から解放したし、生徒に刺さってたぶんも取り除いた。

「ってことは今あいつのスペア先は」

「ここの最上部。先生のところよ……」


 先輩は何か嫌なものをのみ下したような顔をしながら、階段の遥か上の方を見ていた。


「────すみかには白状しようかしら、ね」


 辛そうにつばを飲み込みながら先輩は告げる。


「実を言うとね、今回の件の処分の対象はアイツと先生、二人纏めてなのよ」


 ずっと隠していたような秘密打ち明けた。そんな声色だった。

 先輩の顔色をうかがう。

 ジョークの類。それも、エイプリルフールに吐くシャレにならない嘘のような。そんなものを期待して少しの間先輩の顔をじっと見つめた。


「なんでそこで先生が死ななきゃいけないんですか……?」


 理不尽な現実に対して憤りを露わにしながら問いただす。


「……上が言うには静稀先生はなにやら重大な違反行為を働いたらしいの」

「先生が……?そんなわけ」

「私もそう思った。実際、上層部の判断には疑問がある。だから上に必死で掛け合ったたんだけど聞く耳を持ってくれなかった。しかも当の静稀先生はそれを認めちゃうし」


 その時の先生の様子は、まるで死にに行くようだった。そう先輩は形容した。


「じゃあ、このまま先生は死ぬんですか?」

「さっき儀式を止めても余波はどうにもならないって言ったじゃない? ……誤解を恐れずに言えば魔女裁判みたいなものだと思う。無事に生きて帰れれば無罪放免。そのまま死ねばそれでよし。ああ、日本にはこんな言葉があったか。。静稀先生の今の状態はそれね」

「……なんで。なんでなんですか。私達の街を守ってくれる人がどうしてそんな目に」


 そんな嘆きがつい口からこぼれる。

 先輩はそんな私の頭を撫でて太陽のように笑った。


「……安心して。当然今から向かう。二人ごと処分とか、ちょっと効率悪いじゃない?」


 笑った後に。

 先輩の体は階段から崩れ落ちた。


「先輩!?」


 落ちる前にぎりぎりで抱きかかえる。男の遺体だけでも重いのに、先輩の無抵抗の体はとてつもなく重かった。


「大丈夫ですか?」

「いってて……あいつの支配下から逃れるために無理やり内臓ごと燃やしちゃったからちょっとしんどくてね……ひっ、ひっ、ふぅ~」

「内臓焼焦げてる人のラマーズ法はシャレになりませんよ!?」

「なによ、医学的根拠でもあるの? 私の知識が間違ってなければたぶん有効よ?……でも、あはは……あんたには隠したまま終わらせるつもりだったんだけど、想像以上にきついわ、これ」

「冗談とか言ってる場合じゃないですよ……先輩、このままじゃ」


 じわりと、先輩のお腹の方から血がにじんでいた。


「安心して。素直に組織の人の助けを受ければ大丈夫。まったく、あなたの友達に比べたらなんとも無いんだから」


 先輩は気まずそうに私を見る。


「……………………肩、貸してくれない?」

「言われなくても、私程度の肩ならいくらでも貸しますよ」

「ふふっ。ありがと」


 前を歩いていた二人に男の遺体を任せて、私は先輩の体を支えることにした。


「さっさとこんな怪我治療してもらって上に行かなきゃいけないのになぁ。ほんと、すみかたちにここまで来てもらって、最後の大仕事をしなきゃいけないのにこのざま……ごめんねすみか。あと、二人にも悪いことしちゃった、な」


 激痛で辛いだろうに。先輩はお構いなしで続ける。


「だからあなた達……すみかと橘さんと皇さんがいてくれたのはありがたかったわ。不甲斐ない私達の当初の予定では先生を連れ戻すまで時間が足りなかったかもしれないし。おかげで組織のわけわからない命令にも抗えそう」

「先輩、無理しないでください。喋ってたら」

「しゃべらせて。……気がまぎれるから。」

「……でも」

「言ったでしょ?皇さん達よりかはひどくないって。首に骨刺されて監禁されてたのに比べたらどうってこと無いわ……まぁ、中が激しくやられている以上、治癒魔術でもすぐには治せないけどさ」


 いつも通りの笑顔に、苦痛をにじませながら先輩は言う。

 誰が見ても、このまま最上部へ行ける人間の顔じゃない。

 だから、私は当然の疑問を投げかけた。


「────それって、他の人は行かないんですか?」


「行かない、ていうより行けないんだろうね。組織の命令だし、なにより今の状況で行くには結構な覚悟がいる。先生と仲いい人も組織ではいなかったし。みんな、あの人が何かの罪を犯してるって信じちゃってる。私も仲よくは無かったけどさ、いろいろよくしてもらったし。……恩くらいは返さなくちゃ。だから心配事なんて何も無い。ちゃんと無事に連れて帰るから」


 長らく上ってきた地下の階段もそろそろ終わる。

 外は今どうなっているのだろうか。どんな光景が広がっているのか。隕石はどこまで近づいてきているのか。


 そんな不安をないまぜにして決意する。


「私が先生を助けます。」

「……どうやって?」

「……………………………」

「気合とか言わないでね」

「……根性、とか」


 ものすごく呆れた顔でにらまれた後、恐らく、今まで一番の先輩のどでかいため息が地下の階段に響き渡った。


「……ハァ。ばかねぇ、あんた」

「な、なんですか。それを言うならばかは先輩ですよ!」


 ちなみにさっきくらった一発目のビンタは炎の余熱でそこそこ熱く、ほんのちょっぴり火傷していたことに対する非難の想いを内心込めながら続ける。


「先生を助けなきゃいけないって時に、お腹の中燃やしちゃってダウンしてるばい先輩に言われたくないですー!そんなに文句言うならそのが治してんどん元気に動けるようになってから言ってくださいよこの……ばか先輩!」


 『や』と『け』と『ど』の音のアクセントを強くしながら言葉を紡ぐ。無理やりな文章にしてまでがんばったそんな苦労は一切伝わってないのか先輩は平然と続ける。


「だとしてもよ。あんたみたいにちょっと元気くらいの子がどうやって上まで行くのよ。たぶんエレベーターも使えないわよ? 階段で登ってくつもり? 魔力だってもうそんなにないくせにどうすんのよ!」

「じゃあ誰が行くんですか!先輩だって普段の調子で力使って飛んでいけないのは明白じゃないですか!ばか先輩! ばか先輩! ばか先輩!」

「な、なによう!あんたには言われたくないわよ!あほすみか! あほすみか! あほすみか!」


 議論は平行線どころかもみくちゃの大乱闘にまで発展していた。

 どっちがいくのか。どうやって助けるのか。そんな答えの無い議論のさなか、


「あの、私が手伝う……とかじゃ駄目ですか?」


 私たちのやりとりを呆れながらずっと見ていたのだろう。疲れた顔をしながら橘さんは提案してきた。


たちばなさん!」

「ほら、私は組織の束縛とかも無いですし、二人と比べたら元気ですし……だめ、ですか?」

「……だめ。橘さんだって危ないでしょ」

「じゃあ、三人で行きますよ!」


 この議論に皇さんも参戦する。

 


「そういう問題じゃないでしょうが!…………なんて今の私が言えることじゃないか」


 そういって先輩は難しい顔でうんうん唸っている。私達二人の意見をどうすべきか、考えあぐねているのだろう。

 そんな思考時間は階を2つほどまたぐまで続いた。


「…………分かった。一人じゃ怖いだろうし、三人で仲良く行ってきなさい」

「え、そんな肝試しみたいなノリで良いんですか?」

「しょうがないでしょ。三人とも結構消耗しちゃってるし、の割にこのまま放っておいてもどのみち勝手に行っちゃいそうだし。その代わり、手綱は私に握らせて。三人とも、私のリボン取って頂戴。一人一本ね」


 先輩は髪を結んでいたリボン二つと、予備で持っていたリボン、計三本を取り出した。


「先輩、このかわいいリボンがどうしたんです?」

「それは私が長年愛用しているリボンでね。常日頃からずっと身に着けてるから相当な魔力が貯蔵されてる。あなた達二人が無事に帰ってこれるように必要なお守りよ」

「お守り……」

「さながら名作映画のラストシーンのように、ふわりふわりと浮かびながら帰ってこれるわ」

「「ど直球ですね」」


 思い浮かべていた映画のワンシーンは同じなのだろう。頭上にハテナを浮かべる皇さんを他所に、橘さんと突っ込みがハモってしまった。


「直球にもなるわよ。ちゃんと説明しとかないとあなた達が危ないんだし。」


 先輩はこほんとわざとらしく咳をして話を戻す。


「とにかく、それさえあれば、隕石が直撃してこのへんもろとも吹き飛ばない限り生きて帰ることはできる。大事なのは、その生存者が三人になるのか四人になるのかどっちかってこと」


 そして、最後に私たちに向き直って先輩は言う。


「三人には改めて言います。……本当にごめんなさい。私達組織が不甲斐なかったばかりにここまでの被害を出してしまった。挙句の果てに、あなた達の先生を犠牲にすることにした。この件に対する誹りはいくらでも受けます。だから二人とも、」


 先輩は呼吸をして言葉を贈る。


「絶対に帰ってきなさい」


      *      

      

 長い階段を上り切り、私たちは地上に戻ってきた。

 地上に近づくたびに分かってはいたことだが、私たちが元居た場所は迫りくる隕石のせいで振動が止まないでいた。


 まるで、災害。まるで地震がずっと続いているよう。先生は何をしているんだろうか。かわいい教え子が迎えに来るというのにまだ仕事を終わらせていないのだろうか。まるで世界の終わり間近だった。


 そんな空の下でも私たちの考えは変わらない。


 橘さんと皇さんと私。三人で腕を突き出して手首にリボンを巻く。


 絶対に無事に帰ることを約束する。恐怖なんて微塵もない。大丈夫。さっきまで戦っていた男の狡猾さに比べれば恐れるまでも無い。



 ふと、私の中知らない彼女から問いかけられた気がした。


 答えは決まっていた。

 私はそのまま投げかけられた質問の意味も分からぬまま進む。


 案の定、エレベーターは使えない。所々崩落している外階段を上って最上部を目指すほかなかった。


 状況はひっ迫。だけど、独りじゃなく三人で臨む。


 大切な教師を助けるために、これより、私達は高さ830メートルのを踏破する。

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