4節:再戦

 死の暗がりを抜け、さらに前へ。 

 私たちは既に敵の魔術師の牙城の中。体力を消耗しすぎない程度に急いで走る。

 前が橘さんで後ろが私。

 何が待ち構えているか分からない。多少の痛みを我慢して眼に魔力を流し、周囲を視る。


 現在私たちがいる地下の最下層。その中央に、降りてきた階段に螺旋状に囲まれた大きな柱にが集中しているのが分かった。

 間違いなく敵の本拠地。あの男の気配も感じる。

 戦闘を予感した橘さんの体に魔力が装填されていく。


 まもなく戦場。

 向かう途中で時折、地下全体が振動した。

 地上よりはるか下層だろうに、いまだ隕石の勢いは衰えず、着実に近づいているようだった。


 冷静に私達がやらなくてはいけない事を整理する。

 目的はあくまで去られた皇さん達の救出。そして組織へ連絡し、あの隕石諸々の異常事態を何とかしてもらう。

 あの男との戦いは、私達がどうしても乗り越えなくてはいけない壁だ。

 もしかしたら、そろそろタワーのてっぺんに隕石がぶつかり私たちの死はすぐそこに……そんな不安を頭の中から追い出し今は先で待ち受ける戦いに集中する。


────そして、相変わらず視界の両側に広がっている惨状をいくらか通り抜け


 中央の柱の入り口から中に入った。


「夏咲さん、あれ────!」 


 柱の中は大きな空洞になっていた。

 半径はおよそ50メートル。

 足元には用途不明の機会のコードや管が絡まっていてさながら大樹の根のようだ。

 その床の上────入口から離れた部屋の中央部に、寮で取り逃がした男は血にまみれた格好で佇んでいた。


 一瞬だけ、そのに怯む。

 この空間の壁一面にも、ここまで見たものと、床に張り巡らされている物と同じ管が張り巡らされていた。

 時折から虚ろな声と共に滴る血を視認する。

 その血は床に落ちると同時に、床に染みわたり、管が生き物のように脈動した。


 目線をゆっくり上に上げる。

 大きな柱の中の空洞部分の中央にも柱が天井へ伸びていて、その高さ数十メートルほど。


 柱には、


「────大当たりだね」


────攫われた何十人の聖籠女学院の人間が乱雑ににされていた。


 教科書で見たキリストの磔刑の絵を思い出す。

 見るからに痛そうな、釘で体の節々を固定された絵。

 惨いのは、攫われた人たち……生徒や先生……は手首や喉。足や最悪の場合には喉元や心臓部といった急所などをとにかく乱暴に、くっつけばいいといった無礼な発想のもと固定されていた。


 そんな雑な処置をよしとしているのは、恐らくどの人達にも刺さっている白いによるものだろう。

 心得が無くても直感する。


『虐殺機関っていうのは使役するための力ではなく、力なんだよ』


 夢で聞いたかもしれない情報が脳に押し込まれた。

 この情報が確かなら、ああして彼らはどんな苦しみの中でも生きながらえるように、あの男の生命力で苦しみながら生きている。

 

 この空洞の直前に展開されていた惨状の中にとらえられていた人たちもそうに違いない。ここに捧げられている犠牲者すべてが何らかの大規模魔術の生贄であり、

 

 仮にこのタワーが植物と同じ仕組みならあの血は、彼女たちの遺伝子はどこにいくのだろうか。

 そんな考えに耽り、上を見上げると、


 複雑に絡まっている人達の中に、


 磔にされている皇さんを発見した。


「……待っててね、皇さん」


 彼女は負けていなかった。苦しそうで泣いていたけどその表情は絶望していない。


 頭が沸騰しそうになるの抑えて、自分の役割を確認する。

 私はあくまで後衛。

 直接やり合うのは────橘さんだ。


「後悔しろクソ野郎!!!」

 

 橘さんがコンマ0秒の速度で男までの距離を詰め────一発。

 怒号と共に、重いストレートを顔面にお見舞いした。


「夏咲さん!計画通りに!」

「わかった!」


 ストレートにより入口から左方向に吹き飛ばされた男とは反対方向に、私は”ナイフ”を取り出しながら走り出す。

 計画ではあの男の無力化とこの状況を引き起こしているだろう仕掛けの攻略を同時に遂行する手はずだった。


 だが、正直言って状況は芳しくない。敵の能力が正しく作用するならあの男は橘さんがいくら殴ろうが倒れない。

 バックアップが無数にあるようなもの。仮にあの男を何とかしてもすぐさま柱の子たちを使い、蘇る。

 無力化はあきらめるしかない。


 そう、殺さなくていい。


 あくまで橘さんは陽動。

 私はこの『虐殺空間』の攻略に専念する。


 全力で走り、周りを見ながら思考を加速させる。

 あの柱に捉えられていた人たち。階段を下りた先で吊るされていた人たち。そのどれもがあの男にとっては、儀式にとって必要な養分のはず。


 例えるなら、儀式において欠かせない魔法陣を稼働させる魔力。

 養分であるのなら、養分が必要なのであれば必要不可欠な絶対に削ぐことは許されない必須項目ウィークポイント


 それはどこだ?養分が集まっている場所。集める場所。集めた養分をどこかに放出するポイント。

 ────もし、このタワーが植物なら、養分を上に運ぶ? 下から……上に。


 だとするなら、怪しいのはあの柱だ。

 ……もしかして、あの柱から上空に?


「────まさかここまでついてくるとはね。多少の時間を犠牲にしてでも、あの学園の人間全員を連れてくればよかったと後悔しそうだよ、この僕は!」

「うっっさい!さっさと倒れろ!!!」


 二人の戦いの声で、入り込みすぎていた思考がリセットされる。

 柱の向こう側で繰り広げられている戦いでは、どんなに殺そうとも死なない男と拳を振るいまくる橘さん、二人の戦いが展開されていた。


 一見、橘さんが優勢のように見えて、その実男は彼女の打撃をいくら食らっても動きを緩めていない。

 想定外に開いている実力差に、思わず作戦の無謀さを痛感する。

 大丈夫。橘さんを信じるんだ。

 私にできることは戦う事じゃない。


「本拠地がここだと当てたのはお見事。でもさぁ、詰めが甘いんじゃないのかい?」 


 一切調子を崩さず話し続けるその様子はまるで虫にいくら刺されても動じない、さながら自分が圧倒的に相手よりも優れていると確信している化け物そのものだった。

 なるほど。どうりでイラつくわけだ。

 私達は完全に舐められている。


「────対人類最害このぼくを誰だと思ってるんだぁ!!」


 男は腕から瞬時に刃を露出させ、それを彼女に向かって放った。

 激突。

 血しぶきの音と骨と刃がこすれる不快で甲高い音が響いた。


「橘さん!?」


 彼女は刃を両腕でくらい、男からはるか後方、この空間の壁まで吹き飛ばされていった。

 急いで加勢しにいくべきか一瞬体が迷う。


「……だいじょうぶ!」


 彼女はそんな私の不安すらはねのけるように大声を出した。


「いっつ……体から自在に出せるのね、それ。ほんっと厄介」


 大丈夫、傷は浅い。

 体への強化魔術のおかげで刃が少し食い込んでいるものの致命傷は避けているようだった。

 男は体内で骨を生成し、それを刃にすることも外に出して使うこともできる。

 では、皇さんの喉元に骨を突き刺した。

 武器としても脅威、自由を奪うアンテナとしても厄介。


 その脅威を彼女はとっくに認識したはず。

 橘さんは刺さった刃を抜こうとしながら、すぐに体を起き上がらせ臨戦態勢に入った。

 私も使命を果たそう。

 彼女たちから眼をそらし、少しでも磔になっている人たちを救うために柱に体を向かわせる。


 男は────イラつくおしゃべりを続けた。


をこれ以上消費するわけにはいかないからさ。自分の力だけで戦わなきゃいけないのが難点だけど、ファーストが出ないんだったら……ただのガキには負けられないなぁ?」


 耳元に届くほどの鬱陶しい雑音。

 汗が下たる。

 なにか、嫌な予感がした。


「さっきから……くっ?!………な…に、訳わかんない事言ってんのよ、アンタ」


 苦しそうに喘ぐ橘さんの声が聞こえた。

 彼女の様子がどうしても気になり、視線を向ける。

 

「……ハッハッハッ。さっさと抜いたほうがいいぞー」


 

 男は何が楽しいのか、彼女を嘲笑う。


「ハッハッハッハッハッ!!!!こりゃあ間抜けだぁ!!!!」

「………………う、そ」


 橘さんの驚愕に呼応して、おおげさに、勝利を確信した男はにやりときたならしく笑った。


「良いからさっさと抜いてみろよなあああああああ、バーーーーカ!!!」


 合掌。

 男はその二つの白い掌を合わせた。

 途端に、電撃が走ったように橘さんの体が痙攣する。


「────────虐殺機関incLude,含有my dear


 戦況が…………一気に変わった。


 男が何かの合言葉をつぶやいた瞬間、橘さんの戦闘態勢は解かれた。


「……な、そんな!?」


 橘さんの顔は焦燥感でゆがみ、よだれを垂らしながら無理やり背筋を整えられる。


「がぁっ!?あ、あ────かっ」


 体の主導権が握られ、喋ることすら許されない。

 許されたのは呼吸だけ。

 橘さんはたった一瞬で男の軍門に下った。

 男は手を雑に叩きながらおしゃべりをやめない。


「ハッハッハッ。くだらないくだらないくだらないなぁ!?ファーストッ!!!僕的にはたいっっっへんありがたいが、このままだともらっちまうぞぉ!!!」


 全く眼が笑っていない男は橘さんから視線をずらし、私に視線を向けた。


 


 そう男の表情は笑った語った


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