3節:或る地獄の再戦

 やけに寒い夜だった。

 嫌に静かで妙にうるさい暗い夜。

 私の瞼は凍り付いてしまったのだろうか。


 この子の先輩が仕事に行ってから小一時間ほど。

 そんな妄想に耽ながら私は夜を解かそうと必死に毛布で凍死していた。


 対人類最害の虐殺鬼エリミネーター

 この学園の日常にはとてもそぐわない忌み名。それと同時に、私のようなには驚くほどすんなりと交わってしまう人殺しの名称。


 ああ、不思議だ。

 もう百人の人間が手に掛けられていることには驚いた。怒りもした。恐怖だってあった。

 でも、本当に不思議。

 そんな埒外の化け物が私のすぐ近くにいることが、少しも不思議だなんて思わなかった。

 むしろ遅すぎたくらい。


 この生活を初めてもう2年以上。どうしてここまで平和でいることができたんだろう。どうして私はあの虐殺鬼のように人を殺さずにすんでいたんだろう。どうしてだれもあの子ですらも、私を放っておいてくれたんだろう。


 アイツが虐殺鬼なら、私はただの殺戮鬼でしかないのに。


 ああ、申し訳ないな。

 

 彼女はこの体の人生に、血なんて容れたくなかっただろう。


 たかだかこの子の右目に移植された私の怨念に縛られることなんて絶対に嫌だろう。

 あの病院を離れても尚見せられる地獄が、

 こうして体の主導権が奪われて行く悪夢が、

 全て私の右目のせいだとこの子が知ったら怒ってしまうだろう。


 私はこの子の同位体でしか無いのに。

 たまたま似通った地球外生命体でしかないのに。


 だから、彼女を私のトラウマで苦しめることはあっても、こうして外に出る気は無かった。


 なのに結局、このざまだ。

 笑うことなど似合わない。

 人を抱きしめるなんて持ってのほか。

 今も昔も変わらず無情で凄惨で残酷で下品な人でなしのままだ。


 だってこうして復讐の機会が訪れればすぐさま昂ぶってしまう。


 


────さぁ、そろそろ再起動お目覚めだ。


 夢は終わり、痛すぎるほど暖かい火を消した。


 大丈夫。

 またここには戻れる。

 これはその前のちょっとした一仕事。

 この子に極夜なんて似合わない。終わらない夜のうちに、決着をつけよう。


 血しぶきを浴びるまでもない。体中に血の匂いを滴らせながら扉に向かってはしたなく歩く。


 ……そういえば、何か大事なものがあったはずだ。

 安全圏のここから出る前に思いだす。

 彼女が自分のカバンの中に入れて大事に保管しているペーパーナイフ。

 それを持ち出そうか逡巡して、やめた。汚い血で汚していいもんじゃない。

 強力ではあるが、戦場においては余計なものだ。第一、私がもらった物じゃない。気にせず扉に向かう。


 扉を開けると、遠くから死骸の匂いを感知した。


 寮のいたるところで死が充満している。

 血と肉が醸し出す懐かしい香り。命乞いの声と断末魔。命の危機にひりつく皮膚。どろりと赤黒く湿った空気。


 嗅覚聴覚視覚触覚味覚。五感すべてに殺意が向かれ、生きていくことの難しさと死への恐怖を思い出させる非日常。


────ああ、まただ。毎日思い出すあの地獄と同じ。


 この子が経験した、あの惨劇にも似た世界。

 ここも時間の問題だろう。これ以上の被害が出る前に先を急ぐ。


 


 犠牲になった人間の総数としてはやっぱりちょうど。

 私の早とちりでもあり、救いがあるとすれば全員を殺すつもりはないようだという事。


 死骸の楽園ではなくアイツにあやかって虐殺劇場といった方が正確だったか。すぐに殺さないのは回りくどいが、おおかたさらなる虐殺のための贄といったところだろう。

 精々有効利用して捨て去るのが眼に浮かぶ。


 街で百人。ここでも百人。アイツらしい丁寧さだ。


 敵はこの寮の隣の寮にまで来ている。道中、私はそいつを殺すための武器を食堂で手に入れる。


 食堂に入りさらにその奥。調理場を適当に探し私の殺人スタイルに合ったを手に取った。

 少女の体でも体の使い方ひとつで誰でも殺せるこの学園において貴重な武器。この子の日常においては暖かく世界を切り開いてきた家庭用調理器具。

 刀身は怪しく心細気に光り、私という殺戮鬼の到来と迫りくる敵の存在を疎ましく思っているようだった。


 ナイフを五度、十の方向に刹那で振るう。


 少女の体が悲鳴を上げる。想定内とはいえやはり、体が私の力に追い付いていないのは、この先の殺戮において少々の不安材料だったが気にしないことにする。魔力による身体強化も長期間は無理だろう。

 なにせこの体は魔術もろくに使えないよういじられた体だ。やはり、短期決戦しか望めない。


 ……本当なら、あの男が持っていたようなサバイバルナイフの方がよかったが仕方がない。備蓄されている中から10本ほど拝借し歩を進める。

 今の私に切り裂けるか。もちろん切り裂ける。私はそういう人生だ。


 


 右眼が疼く


 元々いた寮から隣の寮へ。

 外に出た瞬間に感じる何らかの大規模魔術の気配。

 なるほど。生贄はそのためだったか。やけに念入りな下準備をするものだ。

 アイツはよほど凄惨な虐殺を望んでいるらしい。


 ……大丈夫。ここで殺しさえすればまだ間に合う。この子の日常はまだ崩れない。

 だから、ここが瀬戸際だ。


 殺すことに関しては専門家だ。私が責任を持って殺さなくてはいけない。


 


 ……入口から玄関に入った瞬間にソレは分かった。

 先ほどまでよりも数段濃い死の匂い。

 邪魔な管理人は殺されていた。数人の生徒の死も確認できた。

 肌で感じる。

 これより先、死が当たり前に在る世界。何人もの人間が叫んで逃げて蹂躙されている。

 

 そんな地獄に、もいた。


────瞬時に体に魔力を最大風速で駆け回らせる。


 致命的なラインを瞬時に越え、血管という血管。体中の通り道という通り道を裂いて体を走らせ、殺戮機器として己を作り変える。


 瞬歩。一歩で玄関から階段までの10メートルほどの距離を詰める。殺すべき敵は上。壁を蹴り、勢いを殺さずに壁から壁を走る。


 一、二、三、四、五、六歩め────発見。


 三階の廊下に到達したと同時に殺すべき敵を補足する。


「────────────────お前は」


 一閃。

 首にナイフを走らせ臨界点に達したと同時に右腕とナイフを強化し最大能力で首を切り裂く────! 


 眼を合わせるよりも前に私のナイフが首を捉える。

 敵の首は真っ二つに吹き飛び、血しぶきが廊下を埋め尽くす。

 相手が普通の人間であれば今ので殺せたのは間違いない。


 私が体を滑空させ先ほどまでいた場所の反対側に体を降ろしたのと同時に、


 切った首がくっついてた。


 正確には、切断された首地に落ちる前に、首から伸びた赤い繊維が胴体に結合したた。


 一度首を切り裂いたくらいじゃ殺せない。数回殺した程度なら生き返ることができるしぶとさを持っている。

 どおりで生き残っているわけだ。 

 

「────妙な気配がすると思ったら。どういう、ことだ……なぜお前が生きている?お前はあの時殺したはず」


 眼の前の宿敵は首を無理やり繋ぎながら私という脅威を視認している。

 殺しそびれたが依然として私の殺戮圏内だ。

 生殺与奪の権はこちらにある。


「…………なるほど、か。あの病院のクローンに、魂が結びついたんだな」

「察しがついたようですね。さすがあの戦争のトップランカー。まぁ、ワーストのシラキくんに手こずる程度の力ですけど」

「はっ。言ってくれるじゃないか、ファーストの分際で」


 敵は男だった。

 人間なら大体40代ほど。

 全身白くどんな極寒ですらも生きていける皮膚と強力な魔力適性を有しているといった二側面の特徴の体を持つ、私達宙人ソラビトの基本スペック。


 彼はその中でも魔力の扱いに長けており、加えて前腕の外側の皮膚から双剣とも言うべき鋭利な骨の刃を露出させている。


 この世界に現存する数少ない宇宙人の一人。かつて、この地球のどこかで行われた極北の宇宙戦争においての人間宙人両方の敵。


 私を殺した宿敵。


「今は右眼だけなのかい?」

「はい。縁がありましてね。今の私は死骸から移植されたこの右眼だけです」

「ははーん……奇妙な偶然もあるもんだな。だが、お前がいるなら話は別だ。僕はここいらで逃げさせてもらうとするよ。まさか同胞がいるとは思ってなかったから大した再開の喜びに合う言葉が無くてさ。すまないね。ああほんとうにまいった」

「良いですよ、別に。どうせここで殺すんですから。そのしぶとさ。不死ってわけじゃないんですよね?」

「白状するとね。お前の見立て通り何度も刺し殺されればさすがにオシマイ。僕にとって厄介なことは、お前ならそれを一瞬で実現してしまうところなんだけどさ」


 敵の妄言を聞き流し、周囲に意識を向ける。

 死んだ人間のほかに、虐殺機関として酷使されている人間。すでに危害を加えられ動けなくなっている人間。部屋の中に閉じこもっている人間と様々。

 皇さんは部屋に一人。

 確かルームメイトが一人いたはずだったけど、居ないってことはもう殺されてしまったのかもしれない。

 でも、皇さんはまだ生きてる。


────安心した。


 この子の貴重な友達は無事だ。


「────ってことでさ。さっさとここから立ち去って準備しなきゃまずいわけ…………って聞いてた?」

「当然聞いてなかったです。いいですよ。もう一度説明してもらって。」

「いや、遠慮させてもらうよ。なんせこいつらを連れて────さっさとここから立ち去らなきゃいけないからね」


 敵が右手を

 その瞬間、廊下に散乱していた生徒が強制的に立ち上がり、私に対する攻撃命令が下された。


 ナイフを構える。

 すぐそこまでに敵の虐殺機関死の群れが迫る。


 人間の限界を強制的に超えさせ、まともに相対すれば余裕で人体を引きちぎるほどの力で彼女らは走り出す。

 狙うは私の命。

 敵の軍団が私の命の為だけに自分たちの命を削らされている。


 の特殊能力────虐殺機関。

 自身の血肉や骨を対象に埋め込み、そうして生まれたを使って対象を操る力。


 数は12人。

 

 誰もかれもが意思を乗っ取られ錯乱状態に陥っていて取るに足らない泣き顔だ、苦痛と恐怖でどうにもならないのだろう。救済を求める叫び声ばかり気に留めるほどの絶望じゃない


 余分に使えるナイフは8本、いや9本使える。

 その9本を瞬時に操られている人間に投げ、そのままの勢いで残りの三人も殺し、敵を殺す。

 相手の手札をすべて潰し完膚なきまでの殺戮を完工する。

 大丈夫 実行してみせる。


 殺戮工程を練った私の元に、この瞬間にも12の虐殺機関が体すべてを摩耗させられ向かってくる。


 


 戦争での地獄が、罪のない人たちに振り下ろされていた。



 そんな襲い掛かってくる哀れな女生徒を私は瞬時に殺

─────────────────────────

─────────────────────────

─────────────────────────

─────────────────────────

───────────────さない。


 自然、次の瞬間に少女の体の限界をはるかに越えさせられた破滅の手の雪崩なだれが私を襲う。


 二、三の手が私の体に爪を喰いこませ、肉をえぐるその途中。

 その抉りが致命傷に達する前に、劇薬の魔力を体内部に循環させ瞬時に体を強化し、はるか後方に飛ばした。


 私と敵の距離がリセットされる。

 殺しを一瞬躊躇してしまったことで勝負は分からなくなってしまった。


 殺しを、


「……………はぁ、はぁ、はぁ」


 躊躇?


「────驚いたな。いくらただの同位体とはいえ勝てるわけないと覚悟していたんだが……どうやら僕の誤算だったようだな」


 体がさらに悲鳴を上げる。そろそろ血が噴き出すころだろうか。膝が震えてきた。本当にこの体は、弱くて優しい。


────殺せばそこで終わったのに、どうして私は躊躇したのだろう。


 その意味を、こんな時だというのに悠長に考えていた。


「やる気がねぇなら遠慮なく喰ってやるよ。かつての同胞────!!」


 敵がさらに虐殺機関を放ってくる。

 救えるかもしれない12の人間を向かわせてくる。


 その12人の顔は、いつも見てきたただのクラスメイトだった。


「────────そうだ」


 本当に、私は弱くなった。

 夏咲すみか《この子》の日常を守る為に、ここで少しでも死人を出したくないと思ってしまった。

 私は人も簡単に殺せないほど弱くなった。


────この戦いは夏咲すみかの日常を守る為の戦いだ。


 なら、人は殺せない。


 道楽私情


「僕の目的の為に、そのまま死ねええええええ!!!」


 迫りくるかわいそうなクラスメイトを救うために、体を落ち着かせる。


「………ここで殺すのは最害あなたのような化け物だけだ」


 この日常の異物、狙うはあの男だけ。


「────っ!」


 跳躍。

 操られている彼女たちが私の殺戮圏内の10メートルに入った瞬間、横にある窓をけ破り、極寒の極夜の闇に体を飛ばす。

 それを追って窓からさらに人間が投げ出された。

 

 このままいけば私は地面に叩きつけられるよりも前に、上から降り注ぐ生徒たちによって殺される。あの男の虐殺機関に私は負ける。


 このままでは地面にたたきつけられる危険を顧みず、彼女たちは上空から私を突き刺す槍となる。


 


 壁に足を振り下ろし、回転。体に降りかかる重力をはねのけ前へ。

 夏咲すみかこの子にはできない芸当が私にはできる。つまり、この子の世界を守れるのは誰よりも私だった。


────もうおねえちゃんが居ないこの子にとっての、未来を守ってあげられる代わりが私。


 だから、命を懸けて、殺さずに目の前の事態を対処する。

 目前に迫るに対し、前から彼女たちを抱きしめる。


「くっ……うおおおおおおお────────!」


 そのままの勢いで窓の向こう────彼女たちのいるべき寮の廊下に返す。

 まとめて12もの体が廊下にて一まとまりになる。

 しかし、まだ終わりじゃない。

 これ以上、彼女たちを戦いに巻き込ませないためには、この虐殺機関の縁を切り裂くほかない。だからすぐさま手を動かした。


 虐殺機関に埋め込まれている男の体の一部は、長く操るために体への負荷が少ないかつ、簡単には制御が外れないようなところに埋め込まれている、はず。だから、虐殺ではなく、。 


 それは当たっていた。


 そして、彼女らの頭や足、背中などの各部位にアンテナのように差し込まれていた骨を、私はさっき視認した12人すべての虐殺機関たらしめる部位をすべて摘出した。


 残るは、向こうでおびえている宿敵だけ。


「────ハッ!!?甘くなったなファーストッ!!!そんなことしている暇があって僕を────」


 そして、


「────余裕」


 

 なんの障害も無い廊下を一瞬で駆け────


 一閃────それを五度。

 敵の体をばらばらに十一分割。


「ぐはっ────?!」


 これ以上の抵抗はありえない。

 この学園にて唯一殺していい私だけの敵。

 

 今からコイツを完膚なきまでに殺す。

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