7節:余談
幼い少女を待たせたまま、魔女は眼の前の女性と対峙していた。
眼の前に座らせ続けられた女性は一切動じないまま赤い魔女の方を見ている。
「これはこれは。動く死体を見ることができるなんて………終わりかけの私もついているようだ。まさか、最期に同胞と話せるとは」
そう話したのはオリジナルの夏咲すみかと、ついでにその10歳のころの複製体も共に担当していた、二人の主治医。
彼女は装置を外した。
その姿はちょうど夏咲すみかから20年と3か月と29日ほどの年を重ねた姿に酷似していた。
子供と大人の違いだからだろう。
この病院の真実を知らなければ、少し似てると思われるくらいの類似性だ。
「動く死体………か。垣根を超える女に相応しい言葉ね、それ」
赤い魔女はドイツ語で魔女を意味する言葉の語源として有力な言葉を言う。
彼女は既に、すみかが扉を出た瞬間に女性の拘束は解き、音漏れ防止のための結界を部屋に張っていた。
故にこれからの会話は誰にも伝わることが無い。
赤い魔女は今こうして対峙している白い魔女に気になっていたことを尋ねることのできる絶好の機会を得ていた。
「ねぇ、どうしてあなたはすみかに右眼を移植したの?」
「なに、単なる気まぐれだよ。オリジナルをここに収容してクローンたちと共同生活を送らせるっていうのと同じく、良さそうな実験を思いついたからね。試しただけさ」
「その為だけに、あの子の願いを叶える力を借りたの?」
「眼の移植なんてそれこそ奇跡でも無ければできないからね。納得の使い道だよ。それに、はたして他人の手でも祈り手になるのかっていう仮定を試したかったのさ。決して、それ以上でもそれ以下でも無い」
雪色のくせ毛まじりの髪の毛の奥の、白い肌に穿たれた虚。
答える声の主の右目は伽藍洞だった。
「気になることはそれだけかな?」
「私が分からなかったことはそれだけ………ただ、そうね。形はどうあれここまで続けた実験を破滅に導いたあなたの心境については改めてお聞きしたいものね」
「人聞きの悪い。叶う事なら私だってこんな無様な終幕を迎えるつもりは無かったさ。ただ、停滞の為に作ったこの病院がまともに機能しなくなっていたのは分かっていたからね。殺人事件を早々に起こさせて、或る地獄が最悪な形で再演される前に最低限の惨劇で食い止めることにした」
白い魔女は自身の体に手を当てる。
「ここでの惨劇を繰り返すことは、この
この病院が建っている場所は、20年ほど前に或る実験が行われていた場所だった。
国や暗部組織が手引きし、
今よりも大規模に、宙をも巻き込んで行われていた地獄がそこに在った。
ちなみに、ちょうど白い魔女の体が10歳の頃の出来事だ。
「誤算だったのは、想像以上にこの場所に植え付けれたトラウマが大きかったことだ。彼ら患者は無意識のうちに、自分の同位体が苦しんでいた過去を追体験した。さながら前世の追体験。空っぽの彼らの人生を侵食する日々の積み重ね。つまり呪われていたのさ」
「話だけ聞くなら、ここは曰はく付きの廃病院と大差無いわね」
「全くだ。怨念に支配されていると言ってもいい。………かつて殺し合った奴らとの共同生活。あり得たかもしれない、救済のつもりだったんだがね。………まさか、もう一度殺し合うことになるとは」
「ふん。倫理観が欠如してるのは魔女らしくて大変結構だけど、こんな研究機関に協力してる時点で世話無いわよ」
「仕方ないだろう。目的達成のためには権力に下るのが手っ取り早かった」
白い魔女はそう言った後に、小ばかにするように赤い魔女の方を見た。
「そもそもさっきの君の発言はなんだ? 自分と瓜二つの少女が苦しめられているなんて言うが、君はたかだか勝手に意思を引き継いで動く死体じゃないか」
「なによ。だとしても過去のこの体の持ち主が苦しめられていたのは事実じゃない」
「まぁそうか。………やれやれ。過去の繰り返しばかり。ここの奴らはほとんど前を向けなかったな」
白い魔女は寂しそうに呟いた。
「あなたからすれば大量の失敗品、ってわけよね。ここの患者たちは」
「ああそうだ。職員にいたるまで皆、あの少女と違って未来なんて無かった」
「そんな無意味な生産を続けて。本当にどうにかなるとでも思っていたわけ?」
「さぁ。今となっては分からないな。色々試したかったが、結局孤独以外の結果は彼女を除いて生まれなかった。人が人を生み出そうとするのは寂しいからと相場が決まっているからな。同胞が一人でも多ければ良かった。そうすれば、いつかは私の魔女としての存在原理が叶うと思っていた」
魔女。
この世界において古くから存在している現象。
死を迎えた体に魂が宿り、その体の無念を晴らすことを目的に彷徨い続ける。
それがこの二人の正体だった。
「あなたの存在原理は?」
「私のは雪辱だろう。そちらの原理は復讐かな?」
「さぁね。案外違うのかも。なにせ、あなたを殺せないんだもの」
「へぇ、それはいいことだ。なら、殺さず生きていくべきなんだろうな」
「………何様のつもりよ」
「はっはっはっ。悪いな。ここの院長なんて、こんなんじゃなきゃ務まらないさ」
そうして二人は黙った。
これ以上の雑談は、二人からはありえなかった。
「そろそろお別れかな」
「ええ。こんな下らない話し合いはここでおしまい。それじゃあね」
まだ終われない魔女は部屋の扉に向かい、ドアノブに手を掛ける。
「────極北の宇宙戦争。ここで最期まで戦い抜いた、魔女になり果てる前の貴女に。………どうか祝福がありますように」
赤い魔女は、さっきまで話していた死体にそう言い遺し、部屋を去っていった。
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