26話 聖女買収


「この私に挨拶なんて百年早いわ。愚民はただただ平伏していればいいのよ」


 うあぁぁ……聖女候補に対してこんな高圧的な口を利くとか断罪ルートにならないよな?

 恐る恐る聖女アリアに目を向けると、なぜか彼女は雷に打たれたみたいにビクンッと身体を痙攣させた。それから元々よかった背筋をさらにピンと伸ばし、かしこまった様子で私を見上げる。


「……あふれんばかりの銀光に包まれた……気高く美しい人……もしかして……」


 ブツブツと何か呟いたので、聖女アリアは怒りに任せて精霊力でも行使するのかと警戒する。

 しかし次の瞬間、彼女は予想外の行動に出た。


「まさか……貴女様が夢のお告げに出てきた神の御使みつかいでしたとは! いや、その聖銀に輝く御髪……もはや女神様ご本人ですか!? これは失礼いたしましたああああ!」


 えっ。夢のお告げってなに?

 まさかの聖女さん、マリアさんの言葉通りその場で平伏してしまった。

 そして突然アリアが土下座してしまったことで、周囲の子供たちも混乱しているようだ。

 戸惑いや疑念、そしてアリアに土下座を強要した私への反発。怯えている子もいれば、なぜか一緒になって土下座しだす者もいる。

 アリアにならった子供たちは、私を崇拝するような目つきで見上げているのがちょっと不気味だ。

 

 私は助けを求めてちらりとアンに目を向けるが、彼女は『当然ですね』と言わんばかりに満足げに頷くだけだった。


 くっ……こ、これはどうしたらいいんだ!?

 いや、落ち着こう。

 これはチャンスなのでは?


 なんだか聖女候補は思っていた以上に頭がゆるそうだし、それでも子供たちの人望をそこそこ集めてはいる。

 ここで彼女を上手く懐柔できれば、今後の活動も安泰なのでは?

 そうと決まればここは流れに乗って彼女たちを傘下に治めよう。

 うん、マリアは偉ぶることだけは得意だし、どうにかなるだろ。


「よろしい。哀れで敬虔なる子羊たちに、私の威光と祝福を受ける権利を与えます」

「ありがとうございます!」


 そこで私はアンを見て頷く。


「この者らに黄金の祝福があらんことを」

「……聖銀では、ないのですか?」


 アリアがぽそりと疑問をつぶやくが、聖銀ってなに? としか思わない。

 なので適当に返しておく。

 

「聖銀の祝福に値する者ならば、その時が来たら授けましょう。さ、アン。聖なる金貨のお恵みを散らしなさい」

「かしこまりました」


 アンは粛々と金貨の入った袋パパからもらったお小遣いの口を開け、子供たちにシャワーのごとく金貨をばらまく。

 これには子供たちも大興奮で、降り注ぐ金貨へ我先にと手を伸ばす。


「金貨だ!」

「ご飯がいっぱい買えるぞ!」

「俺は剣を買う!」

「私は可愛いお洋服!」

「人形も欲しい!」

「やったああああ!」

「おい! ジャックは! もう一枚取っただろ!? よこせ!」

「それは私のよ!? 無理やり取るなんてずるい!」


 うーん。

 ものすごく下品な光景だ。


 だけど、子供の人気を金貨で買い取る。

 これは意外に気持ちいいな、うん。

 勇者時代は善行やら名声やら力やらで、孤児の兄妹から尊敬を集めていたけど……金で尊敬を買うのは、なんか楽だな!

 肩肘張らなくていいし、兄貴面しなくていいし、かっこつけなくていいし!

 やっぱ金貨しか勝たん!


 けどシロちゃんには少し悪い気もする。

 こんなところで金貨を使っちゃうのは、共有財産を勝手に使ってるようなものだよな。


 でもな、シロちゃん。

 人との繋がりは必ずお金を生むものだから。


 ユーシスから聞いた話によればこの娘は、聖女になる予定だし。聖教会にふっとーいパイプがあった方が、後から『お前の商売は異端だ!』とかケチをつけられづらいだろ?

 だって聖女さまが『マリアさんは孤児院にも多大なる寄付をしてくれていました! 彼女の商売が生み出すは、孤児たちの恵みとなる聖なる金貨です! 神も祝福しておられます!』とか言ってくれそうだ。


 はっはっはー!

 ここは盛大に、聖代にっ! 金貨の大判振る舞いだ!





「女神マリア様、このたびは子供たちに黄金のお恵みをいただきありがとうございます」

「私はただ道端をゆくありたちに砂糖を振るってあげただけよ。餌に群がる蟻たちの姿は滑稽だったわね」


 ちなみに目の前のアリアだけは金貨に手を伸ばすことはなかった。

 子供たちがいさかいながらも喜ぶ姿を、ただただ慈愛の眼差しで微笑みながら見つめていたのだ。

 この娘は本当に心根の優しい少女なのかもしれない。


「女神マリア様。聖銀のお導きの道中で、私にできることがございましたらなんなりとお申し付けください」

「…………」


 というかアリアはすっかり私を女神扱いしている。

 なんとなく、彼女は危うい気がした。

 少し思い込みが激しいというか……それでいて聖女としての力も兼ね備えていて。

 なんだか昔の自分を見ているような気がした。

 剣と戦に夢中で、王国の兵士たちを一人でも死なせないために必死で駆けずり回っていた時の私と同じで……誰かに悪用されそうだ。



「アリアはなぜ、そこまで信仰に尽くすのですか?」

「名前を呼んでいただき光栄です! なぜ、と問われますと……女神マリア様の何者にも屈しない気高さと、傲慢を律する厳しさが、すでに聖銀のお導きなのではと存じまして!」


 うん?

 何者にも屈しないというのは、さっきのゴロツキを短剣で脅したことかな?

 傲慢を律する厳しさというのは、アリアたちに頭が高い、立場を弁えろと頭ごなしに命令したところかな?

 やっぱりこの娘は危うい。


「だから私も、一歩でも女神さまのお傍に近づきたいのです! 必ずや聖銀のお導きにふさわしい人物になってみせます!」


 元気一杯にそう宣言するアリアだけど、そもそも聖銀のお導きってなんだろう。

 聖教の教えにそんなものはない。

 彼女にしか感知できない特別な神の啓示とかなのだろうか?

 よくわからないな。

 そもそもこの娘の危険度を見極めるためにも、彼女に何ができるのか把握しておく必要があるかも?

 だったらここで一つ課題を出してみるのはどうだろうか?

 神の試練だ、なんだと言えば……彼女は簡単に首を縦に振りそうだ。


「ではアリア。私は金細工に秀でた【岩飾りの娘ドワーフィン】と、鍛冶に秀でた者を探しています」

「女神様が見つめている者たちは……いずれ聖人と讃えられる人物ですね!?」


「……まだ確定ではありません。アリアの信仰心で、私の探し人を見つけられたら新しい祝福を授けましょう」

「はい! 私、全力でがんばります!」


 そう言って太陽のごとく眩しい笑顔を浮かべた彼女は、なぜか精霊力を発動しはじめた。


「————天より降り注ぐ光よ、数多あまたの地上に目を光らせよ、汝らの目は我が眼、求める者を照らし出せ————」


 へえ……この娘、伊達に聖女と祭り上げられそうになっているだけはあるな。

 これほどまでに精霊と深い交信ができるのはなかなかいない。しかも【光精霊ライト】の中でも力の強い、【陽光の導き手デイ・リュミエール】と完全以上・・に共鳴できている。

 太陽の光の下を全て見通せる【陽光の導き手デイ・リュミエール】に、これほど親密なお願いができるのはやはり珍しい。


 私もある程度は感知できるけど、実のところ私は【光精霊ライト】とはあまり相性がよくない。どちらかと言えば陰の光、星々や月などの力を宿す【闇精霊ダークネス】と相性が良い。

 だから彼女が探れる範囲はケタ違いで、私の十倍ほどあるかもしれない。


「女神マリア様がお探ししている人物かどうか定かではありませんが……最近【岩飾りの娘ドワーフィン】の奴隷を大量に仕入れた奴隷商がいました」


岩飾りの娘ドワーフィン】は王国内でもかなり少数だ。

 それを大量に、となると当たりかもしれない。

 1年後、社交界を賑わす金細工師も【岩飾りの娘ドワーフィン】の奴隷上がりだ。そして現時点では仲間と一緒に売られるも、これから散り散り買われるのではないだろうか?

 だとしたらいち早く私が彼女を買い取って、一流の金細工師として育て上げた! という功績にしてしまいたい。


「【岩飾りの娘ドワーフィン】はどちらにいるのですか?」

「はい、【鋭利なる巨石スティングストン】子爵領の奴隷市場にいます」


鋭利なる巨石スティングストン】子爵領……【凍てつく青薔薇フローズメイデン】伯爵領の隣か。

 しかし彼女が金細工師としてデビューするのは、【深緑を守る大鹿バラシオン】伯爵が主導で立ち上げた宝飾店だったはず。

 つまり奴隷市場で【深緑を守る大鹿バラシオン】伯爵家の手の者が【岩飾りの娘ドワーフィン】に目をつけて購入するかもしれない。

 ならば彼らよりも早く見つけ出さなければ。


「……急がないとね」

「女神さまは亜人の奴隷にも慈悲深いのですね」


「お世辞を吐く暇があるなら、優秀な鍛冶師の居場所を言いなさい」

「それが、鍛冶師は大勢おりまして……女神様がどのような鍛冶師をご要望なのか判断がつかず……申し訳ありません!」


 まあ、鍛冶師の方はまだまだ必要ってわけでもないから私が適当に見繕えばいっか。

 私はアリアに情報の対価として銀貨を数枚渡しておく。


「あのっ女神様、これは一体?」


 突然の報酬にキョトンとするアリア。

 それから報酬を固辞するよう、銀貨を私に戻そうとしてきた。


「私にこのような物は必要ございません! 私は女神さまのお役に立てるだけで胸がいっぱいですから!」


 やっほーい!

 使い勝手のいい奴隷みたいな労働力を確保した!

 と、大喜びにはならない。

 これをしてしまえば、多くの戦友を使い捨てにしてきた憎き姫様と同じになってしまう。


「……アリア。よく聞きなさい。労働には対価が発生するの。これは何人なんぴとたりとも侵せない聖なる教えよ。貴女の能力も、積み上げてきた技能も、貴女自身も、その価値を自ら否定するのは許しませんわ」


「そ、それは……」


「もし仮に貴女のことを軽んじる者が現われたなら容赦してはなりません。いい様に使われてはなりません。それが兄妹を守る一歩だと肝に銘じなさい」


「兄妹を守る、一歩ですか?」


「ええ。信仰だけではお腹は膨れませんもの。労働の対価として、必ず聖なる銀貨や金貨をその手で掴み、兄妹たちを導いておやりなさい」


「は、はい! 聖銀の教えの一説だと、この胸に深く刻みます!」


 それから喜々として銀貨を自身の胸に手繰り寄せ、私に祈りを捧げるマリア。

 彼女は澄んだ笑顔のまま瞳を閉じる。


 なに、この子……いい子すぎる。

 良くも悪くも真っすぐなこの娘は、誰かに騙されそうでやっぱり怖い。

 だからこそ私は思ってしまった。


 同じ孤児院しゅっしんの兄妹として————

 守りたい、この笑顔。


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