第20話 後半

「もぬけの殻という所か」


 右往左往する社員と捜査官や警官たちの姿を眺めながら、結城圭佑はそう呟く。


 昨日、霊安室とエリクシル社との繋がりが発覚したことから、現在エリクシル社は強制捜査を受けていた。


 エリクシル社に皇家から莫大な資金が流れたことや、その金の代わりに株式を与えていたことや、新薬等の審査についての便宜を図っていたことまで現在発覚している。


「副長、ちょっとよろしいでしょうか?」


 部下の立花涼子に呼ばれると、彼女は一台のノートパソコンを手にしていた。


「これなんだ?」


「部屋をくまなく探していたのですが、隠し部屋らしき場所があったんです」


「そこから見つけてきたわけか」


 涼子はあらゆるセンサーよりも高度な探知能力を持っている。


 その力を使えばどれほど巧妙な隠し部屋であっても、彼女の前では無意味と化す。


「とりあえず、確認してみるか」


 圭祐はノートパソコンを受け取り、さっそく立ち上げてみたが、さっそくパスワードを要求される。


「当然、セキュリティはかけているか」


 業務端末として貸与されるPCにパスワードが設定されているのは当然だろう。ましてや、隠し部屋にあったPCであれば猶更厳重になっているはずである。


「まあ、俺の前では無意味だがな」


 そう呟くと、鞄に入れていたモバイルとPCを接続する。パスクラッカーとキーロガーを併用した特別製のデバイスを使い、圭祐は鮮やかにパスワードを当ててみせた。


「スゴイです! 副長!」


「いちいち驚くことじゃない」


 褒める涼子とは対照的に圭祐はさらりと流すが、ちらりとサングラス越しに涼子に視線を向ける。


 案の定、しゅんとしていた。この程度のことは圭佑にとっては呼吸に等しいために本人は全く嬉しくはない。


 だが、自分に気を使ってくれた涼子に、圭祐は多少の罪悪感を抱いた。


「涼子」


「は、はい、なんでしょう?」


「この仕事終わったら、久しぶりに飲みに行くか?」


 無表情のままそう言うと、涼子は分かりやすく喜んでいた。


「いいんですか?」


「嫌か?」


 短い応酬ではあるが、元々端的でぶっきらぼうな圭祐らしくない気づかいがあった。


 それを知っている涼子は明らかに目が輝いている。


「お供致します」


 涼子が浮かれてそう答えると、圭祐は隠しファイルを見つけた。


「やっぱりあったか」


 万が一見つかった時に備えて、何かしらのデータを隠しファイルに入れているかもしれないと思ったが、その予想はドンピシャだった。


「今時、cloudではなく端末にデータを保存しているからおかしいとは思っていたが」


 昨今のセキュリティ事情は、データは全てcloudに保存して端末にはあくまでアプリケーションだけを入れるのが基本である。


 管理しているcloud内であれば、情報が漏洩することも紛失することもない。故に、今ではシャットダウンしたと同時にデータを削除するようにされているのが基本だ。


「よっぽど大事な情報が入っているんでしょうか?」


「おそらくな。cloudから切り離しているのは、社内管理させずに独自で管理するためだろうからな」


 見せたくない、というよりも見せられない情報が盛りだくさんなのは間違いない。


 実際、ファイルを見ていくとそこには皇家からの支援と共に、株券のやり取りが記載されていた。


「皇家がここまでこの会社に関わっていたなんて」


「一応、連中の金の流れを追っていた時にある程度は把握できていたが、証拠としてはより完璧になったな」


 皇家の羽振りの良さから、何かしらの資金源を有しているのは分かっていたが、このPCには実際に金額が振り込まれていたやり取りが記録されている。


「海外にある皇家のプライベートバンクから、経費の一部をそのまま振り込んでいたわけか。ずいぶん雑なやり口だな」


 当主である皇征十郎が政治家である手前、政治献金という名目で金を渡すこともできる。だが、その場合は所定の手続きを踏まないと違法となり、逮捕される可能性が高い。


 このPCのファイルに記録されている出金記録は、表向きには出せない裏金が載っているようだ。


「だからこそ、cloudに入っていないわけか。分かりやすいが……」


「何か問題ですか?」


 不思議そうな表情で涼子はそう言った。


「エリクシル社と皇家の金のやり取りがあまりにもストレート過ぎる。いくら、裏で管理しているとはいえ、ストレートに個人の口座に振り込んでいるのはいくらなんでも露骨過ぎる」


「言われてみれば確かに」


「普通は間に何か一つ噛まして、金の出どころと送り先を曖昧にするのが裏金の基本だ。これだと、このPC一つで全部が分かってしまう。それに、ここまで露骨だと俺たち以上に国税や東京地検特捜部辺りが根こそぎ検挙する」


 国税や東京地検特捜部はこうした不正を暴き、巨悪を逮捕するのを生きがいにしている。


 それだけに、その捜査手腕は徹底して秘匿されて気づいた時には捜査官や検察官たちに囲まれ、そのまま御用となる。


「まるで、皇家とエリクシル社の関係を暴露してる感じですね」


 涼子がなんとなく答えると、圭祐は思わずサングラスを外し、紫に染まった生気のない瞳で虚空を捉えていた。


「ど、どうしたんですか?」


「お前の言う通りかもしれないと思った」


 生気を感じない紫の瞳はある事件で失った生身の目を補うための義眼である。


 本物の目と変わらないほどに鮮明に、同時に録画やターゲット表示、透視機能まで内臓している高性能義眼だが、カメラレンズなどよりも機械的に見えるために、圭祐はサングラスを愛用している。


 だが、集中して物事を考える時や何かを閃いた時、圭祐はサングラスを外す癖があった。


「何か分かったんですか」


「今回の事件、エリクシル社と皇家だけの問題じゃない可能性があるな」


「ええ?」


「考えてみろ、皇家はエリクシル社と共謀して吸血鬼騒ぎを起こした。ところが、実際はどうだった?」


「最終的には自分たちのところで対処できなくなって、ウチに泣きついてきましたね」


 思い出しながら涼子はそう答えたが、口にした瞬間に圭祐が何が言いたいのかが分かった気がした。


「そう言えば、なんで皇家というか、霊安室は失敗を重ねてきたんでしょう? 自分たちの手柄にするなら、失敗しないようにするべきなのに?」


「当初はそのつもりだったんだろう。だからこそ、初めは奴らで対処可能なレベルに持っていった。ところが、次第に吸血鬼やグールの戦闘力が奴らでは対処不能なレベルになっていった」


「でも吸血鬼達を作っていたのはエリクシル社ですよね。それだと責任問題になるんじゃ?」


「互いに相手との信頼関係があっての真っ当な取引ならそうなる。だが、これは裏取引だ。信義なんてものは端から存在しない。想像を超えていた、吸血鬼の制御ができなかったとか、適当な理由を付ければなんとでもなる。それに、単なる復権だけでこの事件が起きたわけじゃないしな」


 圭祐が言うように、この事件には霊安室とエリクシル社との間には決して親密と言えるような関係が築けていない。


 実際、損をしているのは霊安室であった。


「で、銀座の一件で霊安室とエリクシル社との繋がりが暴露された。アレがなかったら今頃エリクシル社は一人勝ちしていた。霊安室にしても、うかつにエリクシル社を突けば自分たちの繋がりまで暴露されかねない。それを考えると、今回のはかなり悪辣に立ち回ったことになる」


「犯人って、それは霊安室とエリクシル社じゃ」


 涼子の疑問に圭祐は首を横に振った。


「奴らは利用されていただけだ。このPCといい、全てがエリクシル社と霊安室との繋がりを強調させているに過ぎない。普通はどちらかに繋がりを持たせないようにするはずだ」


「それってつまり……」


 思わず涼子は息を飲むが、それは圭祐がかなり大胆な推理をしているからに他ならなかった。


 エリクシル社と霊安室、その両者の証拠を放置し、繋がりを隠すどころか放置している理由は一つしかない。


「第三の存在、つまり本当の黒幕が存在するということだ」


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