第19話 前編

 久しぶりに死に直面した真希子は心臓の鼓動が止まらずにいた。


 国家保安局の精鋭、アーマード・デルタ。その中でも対魔族のスペシャリストであるミラージュ。


 白銀の牙という異名は、まさに対峙した獲物に食らいつき、容赦なく牙を突き立て引き裂いて屠る姿を見事に表していた。


「逃がさないわよ」


 二丁拳銃を乱射しながら、グールは無論のこと、吸血鬼も容赦なく白銀の魔弾を浴びせていく。


 ミラー粒子によって形成された弾丸は、魔族の細胞そのものを破壊し、手足であっても血液からミラー粒子を循環させてしまい、肉体を崩壊させていった。


「ピンクの吸血鬼ちゃん、どこ行ったのかしら?」


 銃を乱射しながら、獲物を探し続けるミラージュの姿は飢えた野獣そのものである。


 しかも、乱射といってもしっかりとグールたちを仕留めているだけに、余計にたちが悪い。


 ミラージュとは絶対に戦うなと吾妻に言及されていた真希子は、瓦礫の中で必死に気配を消しながら息を殺して隠れ続けていた。


「可愛いピンクの吸血鬼ちゃん~出ておいで~しっかりとお救いしてあげるから」


 悪ふざけのように、ミラージュは自分を探し続ける。見つかった場合、間違いなく殺されるだろう。


 今ここで死ぬわけにはいかない。父を助けるという使命を果たさずに死ねないのだ。


「ピンク髪の吸血鬼~レアモノだから可愛いね~仲良くしたいから遊びましょと」


 ふざけながらも、殺気は一切消えていない。むしろ増しているかのように思えるミラージュに真希子は吸血鬼の姿から人間の姿にもどり、両手で必死に口を押えて声を出さないようにしていた。


 お願いだから、立ち去ってほしい。そう願い続けて真希子はミラージュが去るのを待っていた。


「なんだ、ここにいたのか?」


 唐突に別の声が聞こえてくるが、今度はミラージュと同じく戦ってはいけない相手が姿を現す。


「あ、荘龍。悪~い吸血鬼ちゃん達にお仕置きしてたの」


 赤いデルタスーツ、アーマード・デルタの隊長である、ドラケンまで現れたことに真希子は心臓を握られているような気分になった。


「とりあえず、これぐらいにしておいてくれ。吸血鬼は大分駆逐できた。後は、一課に任せよう」


「え? 嫌だ」


「なんで?」


「旦那様との素敵なデートをぶち壊しにした輩に、正義の鉄槌かましきれてないから」


 レイはわざとらしくビスクドールを見せつけるが、まだ怒りが解けていないらしい。


「吸血鬼達の相手は一課で十分対処できる。というか、それ以上に面倒なことになったんだ」


「面倒なことって何? 吸血鬼の親玉でも見つかったの?」


「まあそんなところだが、通信聞いてなかったのか」


 やや頭をがっくりとさせるドラケンの姿と、聞こえてきた内容に真希子は耳を疑った。


 吸血鬼の親玉、すなわち支配者ドミネーターは自分であるはずだ。にもかかわらず、親玉が見つかったとはどういうことなのだろうか?


「今回の事件の親玉が霊安室だったってことが分かったんだよ」


「マジ?」


 あまりの事実にミラージュは突きつけたビスクドールを下した。


「吸血鬼になった奴が霊安室の奴らでな。そいつがベラベラしゃべったのを宗護と冬が録音していた。今、圭祐と涼子が霊安室の抑えに向かってる」


「敵は霊安室に有りってことね」


「そういうこと。だから、とりあえず俺たちの仕事は一課に引き継ぐ」


 二人の会話に耳を傾けていた真希子は、思わず唇を嚙み締める。霊安室の陰謀が発覚したということはすなわち、エリクシル社にも捜査の手が及ぶということ。


 父もこの陰謀に加担したとして逮捕されるかもしれないことを考えると、途端に真希子は体が震えてくる。


「ということで、撤退だ。一旦本部に戻るぜ」


「はーい、その前に……」


 機嫌が収まったはずが、ミラージュは瓦礫に向けてビスクドールを発射する。

 

 超高速で放たれたミラーコーティング弾は、一瞬で瓦礫を吹き飛ばし、その下に隠れていた真希子の姿をさらけ出していた。


「この子、仕留めなきゃね」


 淡々としている口調に、真希子は心臓を鷲掴みされているような気分になった。


「逃げても無駄だし、今更足掻いても無駄。あなたはもう詰んでるんだからね」


 威圧感を与えながら、真希子は一歩ずつ近づくミラージュが死神に見えた。


 心臓を鷲掴みにされるような恐怖の中で、真希子は必死に生き残るための方法を考える。


 どうすれば、この怪物から生き延びることが出来るのか、必死になって頭を動かすが、そこで「待てよ」という言葉が聞こえてきた。


「レイちゃん落ち着けよ。殺気丸出し過ぎるわ」


 その一言でミラージュは再び銃をホルスターに納める。


「なんで?」


「あの子、本当に吸血鬼なの? ただの一般市民だったらどうするんだよ」


 予想もつかない会話に真希子は一瞬混乱するが、同時にその一言で自分が生き残るための答えをはじき出すことが出来た。


 もはや、その手しか自分が生き残る術はないだろう。


「でもこの辺吸血鬼だらけだったし……」


「グールはもちろん、吸血鬼になった奴でもやたら好戦的になるだろ。あの子、ずっと隠れてたよ。力に溺れた吸血鬼は何故かやたら好戦的になるからな。隠れているっていうのは一般人の可能性がある」


 吸血鬼になった者は、その超常的な力から好戦的になる傾向にある。幾度か戦ってきた経験則から荘龍はそれを指摘した。


「吸血鬼の傾向上、大人しく隠れるっていうのはどうも理屈に行動なんだよな。アホの八神ですら、力を得てからは俺たちの力を理解しているにも関わらず喧嘩売ってきた。まあ、徹底的にぶちのめしてやったが、あの子が吸血鬼なら隠れもしないでバトルが始まっているはずだ」


「それも、そうかな」


 荘龍に説得される形でレイは変身を解除する。


「それじゃ、私が面倒みていい?」


「お任せするよ」


 荘龍が答えると、レイは瓦礫の下にいた真希子の元に向かう。


「大丈夫だった? ゴメンね、変に殺気向けちゃって」


 先ほどまでの殺気むき出しの表情とは裏腹に、レイは優しさ溢れる表情でそう言った。


 その雰囲気に安堵した荘龍は、懐から葉巻を取り出して一服する。


「私、保安局の捜査官なの。ケガしてない?」


 手帳を見せながら、レイは真希子を気遣う。


「って、埃スゴイね。一人でここに隠れてたの?」


 瓦礫の中で埃まみれになっていた真希子の汚れを落としながら、優しくレイは微笑んでいた。


「もっと早く来ていれば、こんな怖いことにならずに済んだのに。ゴメンね」


 優しく声をかけ、レイは彼女を慰める。


 父親以外に優しくされたことのない14歳の真希子は思わず、涙を流す。


 さっきまで殺されそうになった相手とはいえ、自分に優しくしてくれる存在に真希子はなぜか安堵し、そのままレイに抱き着いて泣き続けたのであった。


 

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