第17話 後編
曽我十郎にとって、皇家とは言わば絶対的な忠誠を誓う主家であった。
代々、皇家の剣術指南役を務める曽我家に生まれた彼は、皇一門は無論のこと、霊安室の中でも並ぶものがいないほどの剣士であり、家中では誰もが憚ったほどである。
霊力を駆使し、殺気や気配を消して速やかに相手を倒す。霊力を使わなくても驚異的な身体能力で正面から打ち負かす力はずば抜けていた。
剣を取れば無敵である曽我ではあるが、そんな彼が唯一挫折を味わったのが、国家保安局での特務捜査官試験であった。
剣術には優れていても、学力には秀でていない彼は名門私立大学をエスカレーター式で卒業したが、その頭の弱さを特務捜査官試験の不合格通知によって突きつけられた。
体力面は無論のこと、各種法令を学び、捜査活動での頭の回転力と知恵と機転を求められる試験に不合格だったことは、曽我のプライドを大きく傷つけた。
その強さから特別枠での採用が決まったとはいえ、楚は剣術しか取り柄がない無能。不合格者という蔑視を受けることになる。
自分よりも弱いはずの相手が、やすやすと自分が合格できなかった試験をクリアし、正式な特務捜査官となっている中で、霊安室における曽我の居心地は決して良くはなかった。
無論、全てが捜査官としての資格を持っているわけではないのだが、有能な人間ほど資格を持っているために、曽我は無資格者からも有資格者の両者にも距離を置かれていたほどである。
そんな中で霊安室が追い込まれ、代わりに元素系・念動力系の能力者が多い、所属する捜査官全てが有資格者であった特捜室の活躍についても、曽我のプライドを大きく傷つけることになる。
強さだけではどうにもならない現実に鬱屈を感じた時、彼は悪魔のささやきに乗った。
今以上の力を手に入れるという提案を。
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「お前本当に大馬鹿野郎だな。ベラベラ重要機密話してくれたことには感謝するが、それじゃ流石に捜査官試験は百年かかっても合格できないだろうな」
「私を馬鹿にしているのか!」
吸血鬼としての再生能力をフルに生かし、焼け焦げたはずの曽我は即座に復活していた。
「ありのままを口にしているだけだぜ。そうやって簡単に挑発に乗るのもそうだし、余計なこと口にして機密をうっかりしゃべるとか、お前は捜査官には根本的に向いていないんだよ。頭の出来は言うまでもないけど、それ以上にお前は重要な素質がない」
その一言がむかついたのか、曽我は宗護に切りかかってくる。しかし、擬態で弱ったフリをしていた時とは違い、
「捜査官は常に冷静でなくてはならない。でなければ真相にたどり着けず、悪事を見逃すことになるからだが、お前にはそんなこと以上に欠けてるものがある」
「何だと?」
太刀を受け止めた宗護は曽我の腹を思い切り蹴り飛ばした。
「捜査官に必要な素質は戦うことじゃない。戦えるに越したことはないが、それ以上に大事なのは一般市民だ」
「それがどうしたというんだ?」
「まだ分からないのか?」
呆れてしまい宗護はため息をつくが、つくづくこの男は捜査官としての気質が無い。
「内務省特務捜査官は命を守るために犯罪へと立ち向かう。この守る命とは俺たちのことじゃない。罪なき一般市民のことだ。守るべきものを理解せず、その為に戦わない。だからお前は失格なんだよ」
蹴り飛ばされた曽我をデルタスーツ越しに宗護は侮蔑の視線を向けていた。
一般市民を守る捜査官が、吸血鬼になり一般市民を襲うなどあまりにもばかばかしい喜劇でしかない。
本来悲劇のハズが、喜劇になり果てていることに腹が立ってくるが、その感情すら制御してみせなければ捜査官としての資格はないと宗護は考えている。
正義感は必要だが、事件の真相を追求し、一般市民を守るにはその正義感すら時には真実と使命を背けてしまいかねない。
「そんな心得すら理解しない縁故採用のお前に説教した所で、猿に芸を仕込む方が楽かもしれないがな、お前に矜持が少しでもあるなら逮捕で済ませてやるよ」
怒りを抑え込み、使命に忠実になろうとする宗護は唐獅子と金獅子をしまい込んだ。
「それがどうした、それが、どうしたというんだ!!!!」
怒りを文字通り爆発させ、霊力をむき出しにして曽我は四尺太刀を振るうがその太刀筋は虚しく空を切っていた。
「何?」
「バカが」
一瞬で曽我の背後を取ると、宗護は振り向いた曽我の顔面を炎の拳で殴りつけた。
よろめいた隙に更なる拳が何発も曽我の顔面を焼き焦がしながら命中し、打ち砕いていき、再び宗護は曽我を蹴り飛ばした。
「所詮、お前の剣術はただのチャンバラだ。単なる人殺しの技でしかない。だから何の重みもなく、全てが薄っぺらで軽い」
「私を愚弄する気か?」
「ありのままの真実を言っているだけだぜ。人間を辞めて、吸血鬼になり、膨大な霊力と身体能力まで手に入れた。だが、そうやって手にいれた力はその程度の代物に過ぎなかったっていうことだ。俺一人倒せないどころかボコボコにされるためにその力を得たのか? 悪魔に魂を売ってまでな」
「貴様らに何が分かるというんだ! 資格持っているからというだけで私を蔑み、見下し、愚弄する。私はこれほどまでに強いというのに」
散々切られ、刺され、燃やされるという吸血鬼としての特性がなかったら死んでいる状況の中でも、曽我はまだ自尊心を失うことはなかった。
「貴様のようなエリートには分からないだろうな! 日陰者の気持ちが」
「何が日陰者だよ、縁故採用の癖に。捜査官としての資格持っていないのに特別待遇で国家公務員になってる時点で日陰者どころか好待遇だろう。真面目に訓練と座学を受け、試験に合格した人間からすれば同じ扱いされる方が不平等だろう。だから試験に合格できないんだよ。お前はな」
「違う、そんなことは……」
「違わないんだよ。お前もそれなりの努力をしてきたんだろうが、お前の努力なんてものは、能力者じゃない特務捜査官以下なんだよ。比較することすら失礼なぐらいにな」
曽我の太刀筋と剣術の技量は大したものだが、所詮はそこまでだ。技を超えた術や創意工夫が何一つ見受けられない。
そこから宗護は曽我の人となりをある程度察していた。
「お前の本質は怠惰で努力が嫌いな快楽主義者だ。剣術の稽古もお前にとってはただ楽だからやり続けてきただけだろう」
図星を突かれたのか、分かりやすいぐらいに曽我は怒りで体を震わせている。
「私を馬鹿にするな!!!」
激昂して曽我は再び切りかかるも、宗護の一刀一槍の構えにて再び受け止める。霊気外装された体であったとしても、気力を巡らせデルタスーツと愛刀と愛槍を十二分んい使いこなしている宗護は一切たじろぐことはなかった。
「お前らなどに私は負けない! お前達などに、お前達などに! 私を馬鹿にした奴ら全員を見返すためにな!」
「それが本音か。つくづく、お前は自己愛と我欲だらけだな。太刀は大きくても、心が小さすぎる」
曽我の本音が出てきたところで宗護はもはや曽我を無力化することをあきらめていた。
これ以上やっても曽我が降参してくることなどありえない。自分の欲に負けたような男であるならば、やることはたった一つしかない。
相棒である朝倉冬弥は、特捜室室長の加納明之をして二刀流を振るう姿は戦車の装甲と主砲を持った戦闘機と評されていた。
そして、一刀一槍に構えた宗護は海も陸も移動可能な戦艦と評されている。
愛刀と愛槍が赤銅色に染まり、主以外の全てを燃やし尽くしそうなほどの熱量を放出していった。
だがその高熱を意にも介さずに曽我が再び挑んできたが、宗護は泰然としたままであった。
「死ね! 死ね! 死ね!」
怒りに染まった曽我の態度とは対照的に、宗護はまさに動かざること山の如くである。
「隙だらけだぜ」
侵略すること火の如く、一瞬にして金獅子が曽我を十文字に切り裂き、その破片を唐獅子が全てを突き刺し、一つの塊として串刺しにしていた。
「ま、まて私はまだ死ぬわけには」
「この状態でまだ生きていられるのか? しぶとさだけは大したもんだな。だが、俺は何度も猶予を与えたぞ。いくらでも降伏するタイミングはあったはずだ。つくづく、お前は頭が悪すぎる」
ため息をつくと、さらに宗護は熱量を上げていった。
「六合星心拳、士魂葬送」
凄まじい火柱と共に曽我は単なる炭素となり、風によってその死骸は吹き飛ばされていった。
「骨すら残らなくなったな」
馬鹿な奴ではあったが、多少の憐れみから片手で拝む。そして、宗護は手に入れた証拠をさっそく全員へと共有する準備を始めたのであった。
悪魔のような計画を白日の元に晒すために。
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