第46話:憎しみなき戦い



「──グルルルォ……」


「う、うわっ」


 火力発電所ドラゴン、アーモンドの温かい鼻息が不知を撫でた。


「君、大丈夫かい? ちょっと元気がないのかな? でもアーモンドが人のことを心配するなんて珍しいな……」


 ドラゴン管理官は興味深そうに不知の顔を覗き込み、次にアーモンドの顔を見る。


「そうなんですか?」


「アーモンドというか、どうやらドラゴンは相性のいい人にしか興味を持たないみたいなんだ。だから君はアーモンドと相性がいいってことだと思うんだ。ちょっと、アーモンドの背中に乗ってみないか? こいつもオレ以外の友達が欲しいはずだからね」


「え!? 不知、ずるいぞ……オレだってドラゴンに乗りたいのにぃ!」


 怪獣好きでもある嵐登は不知に羨み、恨めしそうにアーモンドを見つめた。


「君はアーモンドと相性が良くないから最悪死ぬよ? ほらアーモンド、彼を背中に乗せてあげてよ」


 ドラゴン管理官がそう言うと、アーモンドは腕を横に開き、背中へと続くなだらかな道を作った。不知は一人、ドラゴンの腕の道を進んでいく。


 そうして不知は突起のあるアーモンドの背中にたどり着く。


「グルルオ」


 アーモンドは不知が背中にたどり着いたことを確認すると、立ち上がり火を吹いた。その火は少し青白く、ちょっとした花火のようで、不知を元気助けようとするサプライズだった。


「青い炎……いつも赤いのかしか出さないのに……それは一体どういう意味なんだ? アーモンド?」


 ドラゴン管理官はいつもと違う様子のアーモンドを見て、ますます不知への興味を抱く。


「凄いな……空って、こんなに広かったっけ……異七木を包むドームって、まだまだ遠くて、高い空なんだな……みんなが小さく見える……声は聞こえないけど……そこにいるのは分かる」


 立ったアーモンドの背は高層ビルの屋上クラスの高さとなる。しかし町中の高層ビルと違い、コンクリートの塔ではなく、山の麓の自然を見下ろす形となる。


 不知は地上から突き放されて、視界に広がる自然、木々や川を見て、一瞬、自分が人間であることを忘れた。自分が暮らす人間社会は、異七木の中にある箱で、そんな異七木市も、今ではこの異世界の一部でしかない。そんなようなことが、不知は感覚的に、すんなり理解できてしまった。それだけ火力発電所ドラゴンのスケールは大きく、圧倒的な存在感を示していた。


(クロムラサキは銀指様だった。そんな大事なことを、普通忘れるわけがない……なのに忘れていた……でも忘れたのは……この世界にやってくる前だ……)


『何かがあった、そういうことになるね』


 クロムラサキと不知はドラゴンの背で、二人だけの会話を始める。


(俺が思い出した過去は、俺の視点だけじゃなかった。明らかに俺でなく、お前視点の記憶があった。俺は……ずっと、助けてもらっていたんだな……だから俺は、お前のことを当然のように受け入れられたんだ。銀指──)


『こらこら、今の私は銀指様じゃなくクロムラサキだろう? 不知が名付けてくれた名前だ。私はそっちで呼ばれたい、気楽に、ちょっと生意気なぐらいで接してほしいんだよ私は。そのほうが話しやすいからね』


(わかったよ、クロムラサキ)


「それにしても凄いなアーモンド。ドラゴンていうのは、こんなにも大きいんだな。体も、力も……元は人が作った発電所なのに、こっちの世界の精霊と融合して、新しい自然法則として生まれたかのようだ。しかもドラゴンはお前だけじゃなく、もう一体、水力発電所ドラゴンまでいるんだ。ドラゴン……新たな自然法則か、だとしたらドラゴンの役目も受け継がれていくのかな?」


「グルルルオ?」


「ああ、受け継ぐっていうのは次世代とかあるのかなって。半魔体って生き物なんだろ……? だったら、いつか死んでしまうのかもしれない。その時は同じ役目を持った半魔体が自然と生まれてくるのか、それとも世代を繋いでいかないと駄目なのか、何もかも、新しいことばかりで分からないけど……水のドラドンと炎のドラゴンがいるのは、もしかしたら世代を繋ぐためなのかもなってさ」


『不知お前、ドラゴンの言葉が分かるのか?』


「まぁなんとなくだけど? 分かるみたいだ。変な事言ってると思うだろうけど、相性がいいってよりは、俺はアーモンドと仲間っていうか、同族意識みたいなのがあるんだ。なんでドラゴンに対してそんな同族意識があるのか謎だけど……」


「ルルルオォ!?」


「え? その発想はなかったって? え、ちょ待て待て、あっちにも都合があるし、いきなりはマズイだろ!」


『いきなりどうし……? って、ええええええええ!?』


「アーモンド、水のドラゴンに会いに行くって、お前、急過ぎるってえええ!! 出会い厨かよ!!」


 ──ドスン、ドスン、ドスドスドスドス。


 アーモンドは走り出す。地響きと共に、巨体を揺らし、同族へと会いに行く。



「うわっ、アーモンド!? 急にどうしたんだ!?」


「っあ、不知くんからメール! ドラゴン管理官さん! 不知くんがアーモンドに水力発電所ドラゴンの話をしたら、アーモンド……水のドラゴンに会いたくなっちゃったんだって! だからきっと」


 地上に残された者達は急展開に困惑する。もちろん不知も混乱があるだろうと思ったからこそ、雪夏にメールを送ったわけだが。


「あーほんとだ! あっちは、アーモンドが向かっている方角は、前にアーモンドに話した水力発電所ドラゴンのいる方角だよ! あの時はあんまし興味なさそうだったのに、どうして急に……けどやっぱり、あの少年、不知君と言ったか、彼は只者じゃないみたいだ。アーモンドと完全に通じ合っている、きっとオレよりも」



◆◆◆



「ルオオオオオオオオオン!!」


「グルオオオオオン!!!」


 山と山の境界で、二体の大怪獣、火力発電所ドラゴンと水力発電所ドラゴンが相対する。どちらのドラゴンも共鳴するかのように、自然とその場へと集う。二体のドラゴンの通り道にあった建物は半壊、死者は出ていないものの、それは災害と言えるものだった。


「異七木上空から緊急中継です! これは一体どういうことなのでしょうか!? 突如として、この街の電力を担う、二体の発電ドラゴンが向かい合い、今にも戦いが起こりそうです。ああ! た、戦い始めました!! わ! ちょ、あぶなっ」


 異七木テレビの中継班を乗せたヘリコプター、その横スレスレをアーモンドの火球が掠めた。もし当たっていたなら、ヘリコプターは焼失、乗っていたものは即死していたことだろう。


 万事休すといったのもつかの間、ヘリに追い打ちをかけるようなタイミングで次は水の超高圧力カッターがヘリの着陸装置を切断し、ヘリの足は地上へと真っ逆さまに落ちていった。


「ひ、ひぃいいいい!! これ、狙われてませんか!? 邪魔だと思わているんでしょうか? スタジオの安藤さん、半魔体の専門家である安藤さんから見て、これはどういった状況であると予測できますか?」


 異七木が異世界転移して、初めての自然災害と言えるようなこの状況に、異七木の人々は不安と恐怖を懐き、異七木テレビの興味深く見ていた。しかし異七木テレビのスタジオにいる半魔体の専門家とやらは、急ごしらえで、実際にはあまり半魔体に詳しくない者だった。半魔体研究で最先端を行っていた肋木堂馬ことダントウはナイトメア・メルターとの戦いに破れ、正体も露見、表舞台で出ることができなくなった。そのため半魔体研究で肋技の助手をしていた安藤が引っ張りだされた。


 しかしこの安藤という男は元々は材料工学方面に行きたがっていた者で、半魔体のようなオカルト物質マシマシな研究にはあまり興味がなかった。しかし大量の研究予算に釣られて渋々研究をすることにした、そんなやる気のない人物だった。


「んーそうですねぇ……半魔体のことは正直な所分かっていないことがほとんどなんです。一つ言えるのは、彼らは彼らの感情というか反応に従って生きているので、この行動は彼らの意思であるというのは間違いないと思います。あれやれこれやれって言っても、言うことを聞かないんですよ、だから研究が中々進まない」


 スタジオのキャスター陣も安藤の投げやりな言い方に、やる気の無さを感じ取り、こいつ大丈夫か? と不安を募らせる。


「ですから、彼らはどういった意思で、目的があって戦ってるんですか? あの赤いドラドンと青いドラゴンは!」


 メインキャスターが詰めるような言い方で専門家、安藤に問う。


「そう言われましてもねぇ……まぁあれじゃないですか? 似たような感じの、こう動物がこうアレだと……まぁ交尾とかじゃないですか?」


「ちょっと安藤さん!? 適当なこと言わないでください! どんな根拠があって言ってるんですか!? 半魔体の専門家なんですよね?」


「うるさいなぁ……半魔体が何考えているかなんて分かるわけないでしょう? 私達は人間で、あっちは未知の生命体、別の生き物だ。ただ……あれらも生き物であるなら、そういったこともあるかもしれないと思っただけですよ。ツガイっぽいのがいたらさぁ? 交尾とかするでしょ? 君たちの業界ってそういうのが流行ってるんじゃないの?」


 安藤のとんでもない態度に絶句するスタジオの者達、彼を呼ぶと提案したアシスタントディレクターは絶望の表情で頭を抱えていた。


「お、おれ、なんて人を呼んでしまったんだろう……」



「なっ……ではあのドラゴン達の戦いで懸念されることとか、そういったことはありませんか?」


 メインキャスターが強引に話をまともな方向に引き戻そうとする。


「懸念点? まぁ半魔体は基本的に人に危害を加えないので、そんな危険はないと思いますね。あったとしても巻き込まれ、近づかなければ問題ないでしょ。ただ……確かあそこのドラゴンて何回か狙われてるんですよね」


「安藤さん、狙われているっていうのはドラゴン管理官に対する襲撃事件のことでしょうか?」


「そうです、それです。あれってドラゴン管理官を襲ったって言ってるけれど、実際にはドラゴンの力が欲しかったから、ドラゴン管理官を使って、間接的に操ろうとしたんじゃないかって言われてましてねぇ……結局襲った奴らは下っ端で誰の命令でやったとか、そういうのはよくわかってないんです。喧嘩にしろ交尾にしろ、ドラゴン達に大きな隙ができる今この状況は、そういった輩からは実に好都合、狙うのに最適なタイミングと言えるんですね?」


「あの巨大なドラゴンを狙う……? あんなの大量のミサイルとか戦闘機とかないと無理そうですけど、そんなドラゴンを捕まえようっていう馬鹿げた組織が異七木に存在すると……?」


「さぁねぇ? だって私はあくまで半魔体の専門家ですから、そこら辺はさっぱり。だけど、こういう最先端の、大きな力を扱う所っていうのは、結構ドロドロとした利権とか、権力とかが関わってくるので、あってもおかしくはないかなと思いますね」



◆◆◆



 赤と青のドラゴンの巨体がぶつかり合う、その衝撃は空間を伝わり、木々を大きく揺らす。


「ここからはよく見えるな……それにしても大きいな、立ち上がると80mぐらいはあるのか? 普段は4足歩行だもんな……」


 不知はアーモンドが水力発電所と戦い始めるその前に、アーモンドによって近くの山の山頂に降ろされていた。アーモンドも不知を戦いに巻き込むのは危ないと思ったらしい。


「不思議な感じだな……アーモンドもあっちのドラゴンも、大きな力を振るっているのに、怖い感じがない。この戦いに怒りや憎しみの感情がないからなのか? お互いを理解するためのものだから……これがドラゴン流のお見合いか」


「グシオオオオオオオオオン!!!」


 アーモンドが一際大きな咆哮を上げる。アーモンドの背に巨大な炎の翼が展開され、アーモンドを地を蹴って飛翔した。


 ──バサ、バサァ!


 空気を溶かすかのような熱風が、アーモンドの炎の翼から地上へと吹き荒れる。しかし、不思議なことにその熱風は木々を燃やすことはなく、水を蒸発させることもない。


 そして、アーモンドと相対する水の発電所ドラゴン、サフィアもまた水の翼を展開し空中を泳ぐように飛んでいた。


 それぞれの属性のブレスが、魔力をまとった爪が、肉体がぶつかり合う、水と炎の極限の力がぶつかり合い、その凄まじい闘気は空間すら歪めた。


 湾曲した空間の隙間に真空が発生し、その真空の歪に超威力の魔力電磁波が現出した。



 ──パゴオオオオオン!!



 空間の歪みは強すぎる魔力電磁波の力に耐えられず爆発、その魔力電磁波に当たった植物達は構造を変化させてしまう。半透明になったり、水や火の魔力を宿したり、結晶化、あるいは巨大化した。


『なんという力だ……これは……異七木の環境が変わってしまうな。それが良い方向に向かうならいいけどねぇ』


 強大な力によって異七木の構造変化を起こすドラゴンにクロムラサキは不安を募らせる。


「いい方向に向かうに決まってる。アーモンドも、あっちの水のドラゴンも、悪い感情で戦ってるわけじゃないし、人のことを思っていてくれているからな」


『そうだね……とはいっても不知、お前がそう感じても、他の人間達はどう思うかな? 人間達は自分のことばかり考えるのが得意だから』


「そんなヤツばかりなら、俺が人のために戦うことはなかったさ」


 不知は人間がそれほど好きではなかった。けれど、それでもと言えるだけの理由ひとに出会えたから、不知は人のために生きることができた。


 それは裏を返せば、不知が良き人々と出会うことがなかったなら、不知も歪み、悪に染まることもありえたということで、不知にとって守るべき人とは、不知の人間性を守る、最後の砦だった。


「人である理由が消えたら、俺はきっと……」


 不知は拳を握りしめる。不知にそうさせたのは恐怖心だった。守るべき人を失うことが怖かった。守るべき人がいるから人間でいられる、不知がそんな考えを持ってしまうのは、不知の心の中で、激しい怒りと悲しみの感情がずっと燻っていたからだった。


 両親と離別し、祖父とは死別、愛した少女も悪党に殺され、無様に敗北した。不知にはどうしようもなかった、仕方がなかったこと。けれど不知はどうしてもそうは思えなかった。


 不知の中で囁くもう一つの声がある。


【どうして? なぜ? この痛みはどうすれば消える?】


【痛みを与えるモノをころせば解放されるのか?】


 人、モノ、運命さえも、己に理不尽を与える存在全てに、不知は強い怒りと憎しみを抱いていた。その憎しみは不知にとって唯一の、己が為の感情だった。人の為に何かをしたいと考える不知が唯一、自分のためだけに動いてしまう感情。


 不知はもうずっと疲れていた。痛みから解放されて、楽になりたかった。考えたくないから、ただ敵を殺せば解決すると思い込みたかった。


 それは皮肉にも朱玲音の得た気づきと逆を行くものだった。朱玲音は雪夏の無謀とも言える行動を見て自分自身の思考の檻に気づいた。しかし朱玲音とは反対に不知は目的と手段の逆転と、前提条件の断定を行ってしまっていた。


 不知は雪夏を守ると言いつつも、雪夏を守ることよりクラックタイルを殺すことに執着してしまっている。それはクラックタイルを殺さなければ雪夏を守ることはできないという前提条件を不知が勝手に設定しているからで、不知はなぜ自分がそんな選択をしてしまうのかを理解していない。


 不知は自分自身が思うよりも、深刻に心を疲弊させていた。楽になりたかった。自分や周囲の人間が幸福になることよりも、ただただ、苦しみから抜け出したかった。



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