第25話:イキリで失敗



 不知が朱玲音と共に異七木警察署へと職業体験に行くと約束をしてから二週間、職業体験の当日がやってきた。


「ど、どうして雪夏が……」


「なに? 不知くんわたしが一緒に行っちゃぁダメだった? 先輩はいいのに、わたしはダメなの?」


 不知の疑問に雪夏はふくれっ面につっけんどんな態度で返した。


「モテモテだねぇ、黒凰君は。そういうモテる奴はもっと苦しめばいいんだ!!」


「石透さんはともかく、アタシからすれば、どうして引率がこの人なのかが一番の疑問よ」


 異七木警察署に同行する引率の教員は、海凪竜蔵だった。相変わらず自由人だが、普段はここまでふざけていない。海凪は不知や朱玲音といった、欠陥のある人物が近くにいると活き活きしだす習性があった。不知や朱玲音に対し、勝手にダメ人間同盟だと、仲間意識を持っているようだった。


「そんな疑問かなぁ? まぁあれだよ、警察署の引率、だーれもやりたがらなかったんだよね……危なそうだしね、当然だ。だから俺がやるって引き受けたんだよ。誰もがやりたがらないことを、率先してやる! それがカッコいい大人だと俺は思うからね~。ようは渋い顔して、嫌そうにしてた他の教員達はみんなダサい大人ってことだ! 俺の方が格上、なんすよねぇ~」


「うんうん、海凪先生の言う通りだ」


「不知くん! そんな風に同調したら不知くんまで誤解されちゃうよ!? 芸人が受けなかったネタを自分で解説し始めるようなダサさがこの先生にはあるよ!?」


「せ、雪夏……! そんなことを言ったら海凪先生が可哀想だろう? 確かに、他を下げて自分をあげようとするのはダサいけど……実際に良いことをしてて、カッコいいことをしてるんだから。それはそれ、これはこれで、どちらも本当なんだ」


「あぁ、あぁああああああ! 嬉しさと悲しさが同時に俺を引き裂こうとしている! このままでは、ぶ、分裂してしまうーーー!!」


「へぇー先生分裂するの? やって見せてよ」


 鼻で笑う朱玲音、見下された海凪の顔はなんとも言えない、無の表情をしていた。そうして無がしばらく続いた後……


「分裂するわけないだろうがあああああああ!! お前馬鹿か!? クソがッ! 大人を馬鹿にしやがって……いや俺が子供に見えるのか? 俺が悪いのか?」


 海凪の精神は乱高下した。



◆◆◆



「そう、とにかくまずは戦うんじゃなく、逃げるためにっていう意識が大事なんだ。だから物を投げて、相手が怯んだうちに逃げるとか、相手の弱点、目とか鼻とか、男相手だったら金的でもいい、攻撃して隙を作って逃げるんだ」


 異七木署の警官から護身に関する説明を受ける不知達だが、不知と朱玲音はまるで関心がない。なぜなら不知も朱玲音もヒーローとして活動してので、この警官が言っていることは、魔法のある現在の異七木では実行が難しいことだと分かっていたからだ。


 魔法の力に目覚めた者は、基本的には魔法に目覚めていない者よりも保有する魔力の量が多く、魔力は身体能力、肉体の耐久性を高める効果があるため、弱点を普通に攻撃したところで、まるでダメージが通らない可能性が高かった。


 この魔法が使える者が一方的に優位となる仕組みこそ、異七木が荒れる大きな要因の一つだった。人は自分が優位に立ち、自分が特別であると思い込むと、調子に乗ってしまうものだ。聖浄と違い、元々荒れていた異七木のとある公立高校では、魔法を使える優位性から調子に乗った男子生徒が、他の生徒を奴隷のように扱い、ついには殺してしまったという事件も発生した。


 圧倒的な力の差は、ある種の選民思想を生み、その思想を否定する者を力で抑えつけたなら、己の正しさを証明できたと思い込んでしまう。実際には、そういった粗暴な者を止める、反対する魔法の力に目覚めた者がいるため、どうにか秩序の完全崩壊は免れている。


 魔法の力に目覚めた者は決して少数派ではない、異七木の人口の三割がすでに魔法の力に目覚めている。最初から数が多かったからこそ、魔法を使う者を使えない者で抑えつけてやろうといったことも不可能だった。


「なるほど……警察は今風の、魔法に対応した最新版護身術みたいなのはやってないんですか? 魔法を使える人向け、使えない人向けみたいな、ねぇ?」


「いやぁその……そこらへんはまだ私共でも詰めている段階でして……先生のご期待に添えず申し訳ない」


「えっ!? 転移から一年も経つっていうのに……まだ表に出せないんですか!? 詰めてる段階っていっても、ちょろっと、少しぐらいは何かないんですか?」


「あはは……そういうのが得意な人材は……流出してしまいまして……」


「流出って……あぁ、あれか、真面目な警官を追い出しちゃって、追い出された人がヒーローになっちゃったていうアレね? 馬鹿な話だよねぇ、そんなことしたら組織自体終わっちゃうって分からないもんかねぇ」


 今自分がどこにいるのか分かっていないかのような海凪の発言に、署内の警官達の視線は一点に集まる。それは当然、海凪に向けてである。


「あ! やっべー……今のあれね? 一般論ね? 街の人らが言ってたのを言っただけね……? 俺が思ってることじゃないよぉ? ま、でもさ……そんな風に俺を睨むってことはさぁ、自覚ありってことだよね?」


(おいおい、海凪先生正気か? 話を誤魔化したかったんじゃないのか? なんで自分から掘り起こしてるんだ?)


『誤魔化している間に、ムカついてきて自分を抑えられなくなったんじゃないか? 変わり者だが、正義感は強い男のようだしな』


 クロムラサキの解説に不知は納得したらしく、不知はやれやれと、海凪を見守ることにした。何か事が起これば、自分が守る、その心構えをしておくと。


「いやぁ先生? あなたはここに護身の術を学びに来てらっしゃる……んですよね? 聖浄学園の生徒達に、そういった態度を取るのが正しいと教えているんですか?」


「はぁ? 教えてるわけねぇだろ!! 子供を馬鹿にするな!! 子供は俺が馬鹿なことをすれば馬鹿だと思うし、面白いことをやったら笑ってくれる。俺が教えなくとも、何が正しくて、間違ってるか、分かってる奴はいっぱいいる。俺よりずっと賢くて、社会適合率も高い! だけどな……それが正しいことだと分かっていても、表に出せないのさ。言って変に目立ったら嫌だ、裏で何か言われたら怖い、そういう気持ちに従うのが、正しいことだって、社会が、大人達が言うからだ。そんなもんはゴミだ!! 大人が正しい保証なんてどこにもねぇ!! 現に俺は常に間違い続けている!! でも、だからこそ俺は言いたい! 間違えたとしても、自分の考えを言える勇気は、いつか折れない、まことの信念を創造するってな! 聞こえるか? 信念のない、腐敗したゴミ共が!!」


「ブウウウウウウウウウ!!??」


 海凪の早口で熱い演説、不知は驚きのあまり、吹き出してしまう。朱玲音と雪夏は海凪のことを心配そうに見つつも、他人のふりをするように、静かにその場を立ち去ろうとしていた。


「こ、黒凰君!? そんな驚くほど!? えぇ……? 俺良いこと言ったと思うんだけどなぁ……」


「いや悪口を本人の前で言ったら殴られるのは自然の摂理というか……この場で言うのはちょっとね……」


「いやいや、君そんな殴るだなんてしないよ。我々も、腐っても警察だよ? そんなことするわけないじゃないか」


 警官は笑顔で不知にそう言った。怒りを隠すような張り付いた笑顔は不気味で、喧嘩が起こりそうな嫌な雰囲気が、空間を充満していた。


「──まぁでも……ヴィランがやってきても、助けてあげる義理もないよねぇ。腐敗した警察なんて頼るべきじゃないだろぉ?」


 警官達は一斉に自分達のデスクに向き合い、各々の仕事を始めたり、コーヒーを啜ったり”これから起こるそれ”と自分は一切関係がないとでも言いたげに、茶番劇を始めた。


 ──カチャ。


 署内の奥の部屋から、入れ墨をした筋肉質な強面が出てきた。それは明らかにマフィアかヴィランな見た目で、見た目だけでなく纏う雰囲気も裏で生きる者特有の剣呑さを帯びていた。


「やっちまったなぁ先生。悪党がいるって分かってたんだろう? なんだって、生言っちゃうのかねぇ? ああ、お前らは署の外で死んだってことにしておくから、よろしくな」


「や、やっちまったぁ……こんなの俺……クビになって当然だ……まさかここまで警察が腐敗してるなんて思ってもみなかった……」


(いや思ってなかったのかよ!!)


『いや思ってなかったのかよ!!』


 不知のクロムラサキの心の声がシンクロする。


「チッ……流石にこんな馬鹿げた事態になるなんて予想外だわ……やるしかないか」


 朱玲音が自身の右手で顔を覆うと、腕から白色の粘液が染み出し、粘液は腕から顔へ、顔から体へと流れて、朱玲音の全身を覆った。白い粘液の濃度が薄い髪の部分は、朱玲音の赤い髪と色が重なって混じり、ピンク色となっている。


(これが論道先輩のヒーローとしての姿、ラディカル・ミックス。なんというか、いいんだろうか……水溶き片栗粉でスーツを作ったような見た目だけど……水溶き片栗粉って、人によってはアレな感じに見えるらしいから……)


過激ラディカルなってそういう意味なのか?』


(いや単に先輩の性格のことを言ってるんじゃないか? もしかしたらダブルミーニングかもだけど……どのみち先輩が自分で付けた名前じゃないだろう)


「不知くん……! 先輩が、真っ白に……か、勝てるのかな?」


「雪夏、俺達は先に逃げよう。足止めは先輩と先生にしてもらって」


「えぇ!? でも!」


「ここにいたって先輩の足を引っ張るだけだろ? 心配なのは分かるけど、素直に逃げるのも人助けだ」


「わ、分かった……」


 不知は雪夏を庇う立ち位置を取りつつ、雪夏と共に異七木警察署から脱出を試みる。警官達は逃走の妨害をすることはなかったが、完全に見て見ぬふりを決め込んでいた。


(悪いが先輩……今、俺の正体が警察にバレるのはマズイんだ……姿を隠せる場所とタイミングさえあれば……)


 不知は雪夏と共に走る、無力を演じながら。


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