第10話:嘘を真に



「お願いします! あと二日以内にスプリンクラーの修理方法を教えてください!!」


「え、えぇ……ふ、二日以内って急だなぁ。なんだってそんな急いでるんだね?」


 様々な機械のガラクタで散らかった作業場で、大声で懇願する者がいた。土下座を合わせる徹底ぶりに、中年の男性は困った様子で口元を手で押さえた。


「実は、好きな子にスプリンクラーを修理できると嘘をついてしまったんです。だから、俺はその嘘を本当にしたいんです! お願いします! 何でもしますから!」


「ん? 何でも? ふぅーん……けど好きな子のために、モテるために頑張るか、いやいや微笑ましいことじゃないか。青春か……いや青春か? けど熱意は感じる、僕も男の熱意は尊重したい。分かった、二日で君が覚えられるようになるか分からないけど、教えられるだけのことはしようじゃないか」


 不知は雪夏にスプリンクラーを修理してやると約束をしてしまった。その結果、不知はスプリンクラーの修理方法を知る必要があったのだが、異七木市は転移によって他の都市とは切り離されてしまった影響で、そういった専門知識を持っているものを探すのが難しかった。専門知識を持った者というのは、少数が広い範囲をカバーしていることが多く、代わりがいないというのもよくあることだった。


 スプリンクラーを直せる業者は複数あっても、不知の馬鹿な願いに耳を傾けてくれそうな個人の業者となると殆ど存在しなかった。


 転移の影響でインターネットも魔力ネットというものに置き換わったが、それは元の世界と繋がっているわけではないし、膨大な情報と繋がっているわけでもないので、検索しても出てこない情報が殆どだ。


 しかし、不知はその魔力ネットの検索でスプリンクラーを直せる業者を探し出した。【八童子はちどうじなんでもサービス】という何でも屋だった。店主である八童子燕児はちどうじ えんじの営む個人の店で、機械いじり全般が得意らしかった。


 不知は説明にスプリンクラーの修理可と書いてあるのを見つけて、ニヤリと笑った。魔力ネットで情報を見つけ、それからすぐにこの八童子なんでもサービスへとやってきたというわけだ。



◆◆◆



「お、驚いたな……記憶力が、物覚えが良すぎる……俺が時間を掛けて習得していった技術が一瞬のうちに吸収されてゆくのを感じる……悔しいような、気持ちがいいような……い、逸材だ……もうスプリンクラー修理で君に教えることはない、免許皆伝だ」


「憶えるのは得意なんですよ。それにしても……ここは色んな機械がありますね。見た所最新の、魔法を組み合わせた技術が使われたものが一杯ある。これ全部直せたりするんですか?」


 あっさりとスプリンクラーの修理方法を習得した不知、二日どころか半日で覚えてしまった。完全記憶能力と地頭の良さの合せ技だった。


 スプリンクラーの修理方法を習得している間、不知の悪い癖が出ていた。大抵のことは片手間で習得できてしまう不知は、修理方法を教えてもらうその最中、八童子なんでもサービスの作業場を観察してしまった。


 そこには用途不明な様々な機械があり、街に出回る既製品とは明らかに違うものだった。不知はそれを興味深く思い、店主である八童子燕児に質問をした。


「いやいや、全部直せるかだなんて、そ、そんなの、で……できるわけ……──できるんだなぁそれが!! っはっはっはっは! いや出来ちゃうんだよね僕、魔法と機械の融合した技術、どうも僕とは相性がいいみたいでね。こうやって色々自作もしてるんだ」


「これ自作なんですか!? 既製品とは見た目がまるで違うし、特殊なものだろうとは思っていたけど、全て自作……凄いな。けど、自作のものしか見当たらない、普通の、お客さんに預けられた修理品とかはないんですか……?」


「いやその……お客さんから預けられてるのは……今はないかな。最近は大きめの機械いじりの仕事はなくて、大体配管とか配線とかそういうのばっかなんだ、というかそもそも仕事自体が……少な……」


 言葉尻に向かうほど、燕児の声は弱々しくなった。燕児には仕事がなかった。


「いやいや、こんな機械を自作できる人が配管や配線ばかりやっているのは勿体ないですよ。これは、はっきり言って最新技術、異七木の最先端を行っている! みんなまだ燕児さんの凄さが理解できていないんだ! これ! これってもしかして、掃除機じゃないんですか?」


 人知れず最新技術を生み出すも、誰からも評価されていない燕児の現状に、何故か不知は憤りを感じ、どうにか燕児を元気づけようとする。


 不知は作業場の棚の上にあった筒状の機械を手に取りスイッチを入れる。不知はこれを掃除機と思ったようだが……


 ──ブオオオオオオオオオオ!!


「──ギャアアアアアアア!!! なんだこれはあああああ!!」


 筒の機械のスイッチを入れた瞬間、筒の先から炎が巻き上がり、不知は燃えてしまう。


「わ、わわわ! ちょ、それはバーナーだって! って、えっ、君……なんで傷一つないの……?」


 炎で燃えたはずの不知だったが彼は殆ど無傷だった。


「いや、眉毛と髪が少し焦げましたね。そうか、これはバーナーだったんですね。ってきり掃除機だと思いましたよ。これは魔力を使ったバーナーなんですよね? 俺は魔力量が異常に多いので、魔法によるダメージは余程のことがない限り受けません」


「そうか、魔力が多いから……いやいや、おかしいって。だってそのバーナー、ヴィランを退治することを想定して作ってたから、魔力が高い人でも普通に死ぬはずだけど……」


「そんな危ないものをこんな誰でも手に取れそうな場所におかないでください!!」


 燃えてもキレなかった不知だが、人を殺す、殺せるほどの危険物の安全管理がなっていないことにはキレた。


「ふーむ、けどそれで死ななかったってことは、不知くんの魔力量は本当に馬鹿げた量なんだろうね」


「これ一体どういう仕組みなんですか? 既製品のバーナーとは仕組みが違いそうですけど」


「ああそれね、今の異七木で普及してる機械製品て大体は精霊の力が宿ることによって、それっぽく動いてるらしいんだよ。でも、実際には精霊だけでなく、神、邪霊、人間、そして半魔体というのがあって、それらの力でも機械は動かせるはずなんだ。でさ、異七木の火力発電所と水力発電所、あれが半魔体になって、まるでドラゴンみたいになっちゃっただろう? 強すぎる力が、精霊と混ざって命が生まれたんだよ。僕はあれにロマンを感じちゃってさぁ……火力発電所の抜け落ちた爪を拾ってそのバーナーの素材にしたんだ」


 燕児の言うように転移の影響で異七木市の火力、水力発電所はそれぞれ発電能力を持つ生きた存在、発電ドラゴンとなってしまった。まさに怪獣のような圧倒的な力を持つ発電所達だが、人間に対して何故か協力的で、今も問題なく異七木の発電能力を担っている。


「え、ええええええええ!? じゃあこれは……火力発電所の爪の炎? 確かに、火力発電所の炎なら、ヴィランだって普通は死ぬ。凄い……それを使って道具にしてしまうなんて……俺、そんなの聞いたことないですよ? 半魔体の力は、半魔体本人しか使えないって聞いたから……」


「ふっふっふ、まぁ色々やり方や条件があるのさ。というか、お偉い先生方は、第一条件をクリアできず、まともに研究できなかったんじゃないかな。なんだっけ、魔法研究だと肋木堂馬あばらぎ どうま博士だっけか。武道も一流の文武両道の天才だかなんだか知らないけど、僕から言わせればてんでダメだね……だって半魔体に嫌われてるし……半魔体は自分と波長の合う存在にしか手を貸さないんだよ。彼らには意志が、自我があるからね。そして、あの火力発電所は善良な人間にしか力を貸さない、仲良くなろうとしない。逆に言えば、このバーナーの力を使えた不知くんは、火力発電所に認められているってことだ。無論、それは僕も同じだ」


「うわぁ凄いな……半魔体の力を使った道具は、元からある種のセキュリティロックを持っているってことか……悪い人が悪いことに使えない、盗み出すような人には使えないから、こんな適当な所に置いて、安全管理もしなかったんだ……全ては計算の上だったんだ」


「う……いや、その……これからは安全管理をちゃんとするよ。悪い人じゃなくても、事故的に危ないことは起こるものだしね。君がいい例だ、君が丈夫じゃなかったら僕は人を殺したようなものだった……うん、やっぱり君には見どころがある。だから君には……ここでしばらくバイトをしてもらおうかな?」


「え? バイト……?」


「だって不知くん、最初に言ってただろう? スプリンクラーの修理方法を教えてくれたら、なんでもするってさ」


 不知はこうして八童子なんでもサービスのバイトとなる。しかし、思惑があったのは燕児だけではなかった。


(この男の力は使える。俺がクラックタイルを倒し、雪夏を守るための力となるはずだ。そのためには、まずはこの男のことを、燕児のことを調べる必要があるな)


 まるで悪党のような、人を利用してやろうという考え、恩人を試すような考え、良くない考えが、正義の名のもとに、正当化されようとしていた。


 どんなに腹黒く、利己的に見えても、不知の考えはただ一つ、シンプルな場所にたどり着く。雪夏を守りたい、その行く先が幸福であることを、不知はただただ祈るだけだ。



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