第7話 目の悪い装備屋

「クレドさん……」


 エリーシェの体が火照っている。そんなに熱っぽく見つめられたら理性を保つので精一杯だ。


「あのな、エリーシェ」


 彼女の目を真っ直ぐに見て、言う。


「自分の体はもっと大事にしなきゃ駄目だ。いや、自分自身を大事にすべきだと俺は思う」


「私では嫌ですか?」


「そういうことじゃない」


 俺はエリーシェの頭をそっと撫でてやった。ちょっと癖っけのある金髪。


「私、まだ汚れてないですよ?」


「そういう話でもない。自分で判断がしっかりできないうちは、俺は抱くつもりはないよ。もういいから、服を着るんだ」


 エリーシェは下着の上からエプロンドレスを着る。そしてまたうとうとと眠りについてしまった。



「ああ、昨日ったら、私、なんてことを……」


「お酒の失敗は誰にでもあるよ。でも、もう飲むのはやめておこうな」


 エリーシェはあれ以来、むすっとしている。俺が抱いてやらなかったのが悪かったのか、自分自身を恥じているのかはわからない。


「でも、クレドさんがいい人で良かった」


「そうかな。そうでもないと思うけど」


 前世では親に迷惑かけまくってたしな。


「今日はどこへ行くんですか?」


「今日は装備を整えに装備屋に行く。まあ、エリーシェには必要ないかもしれないが」


 そう言って、装備屋の扉を叩く。

 

 コンコン。


 まだやってないのかな。


「あんだあ、兄ちゃん。まだ朝だぞ。……まあいい。おっと、何だその恰好」


 店主は禿頭の、丸眼鏡をかけた筋骨隆々のおっちゃんだった。作業着を着て、眠い目をこすっている。


「すみません、起こしてしまって。今日は大事な用事があって来ました」


「大事な用事? そういうのは昼間に来てもらわないと。まあ入れ」


「失礼します」


 エリーシェの方がよっぽどコミュニケーションが取れている。俺は所詮前世では引きこもり無職だったのだからしょうがないのだが。


「何だい、嬢ちゃんの武器でも見繕って欲しいのか?」


「いえ、そういうわけではないんです」


「じゃあ何の用だい?」


 店主の丸眼鏡がキラリと光り、こっちを見る。


「えっと、とりあえずこれを見てほしい」


 俺は黒光りするずっしりと重い拳銃を店主に差し出した。


「へえ、こいつは面白いね。レア度10、最高ランクの武器だ」


 彼は手に取って調べ始めた。銃身を丁寧に観察し、シリンダーを開けたり閉じたりする。


「俺もこんなのを見るのは初めてだ。銃っていうのかね。攻城兵器で大砲は聞いたことあるが、これほど小さく精密な火器はそうあるものじゃない」


「どうやら魔法で起動するみたいなんだが、何か心当たりはある?」


「魔法……王都の魔法研でだが、魔術大砲は研究段階でとん挫したらしい。何でも、凝縮した爆発力を砲弾の推進力にする際、大砲自体が壊れたらしいんだな」


「じゃあ、この銃は特別性……?」


「レア度10ならそりゃそうだろうよ。お前さんが着てるものもざっと見、レア度9~8は下らないぜ」


「そんなにすごい装備を、どうして俺が持っているんだろう」


「さあな。その銃で本当に弾丸が撃ち出せたら、すごいと思うぜ」


「その弾なんだけど、量産ってできるかな」


 懐に入った鉛弾を一つ、店主に手渡してやる。


「あー、これね。鋳造すればいけると思うが、いくつ欲しい?」


「とりあえず200発」


「オーケイ。まずは鉛を入荷して、一週間もあればできるぜ」


「じゃあそれで頼む」


「兄ちゃん、名前は?」


「クレドだ」


「よろしくな、クレド。あんた、きっとすげえ冒険者になるぜ」


「ありがとう。頑張るよ」


「でもなあ、兄ちゃんの顔、どこかで見たことがあるんだよなあ……」


 店主と握手する。握力が少し痛い。


「俺はダンデ。昔は冒険者だったんだが、目を悪くしてしまってな。今も近くでしか物が見えん」


 そう言ってダンデは自分の眼鏡をクイっと上げる。


「今じゃしがない鍛冶屋だ」


「目を悪くした?」


「本の読み過ぎでな」


 ダンデは机の上にある分厚い本を指さして言った。


「『白薔薇の戦乙女』って本なんだが、何度も読み直してる。この都市じゃ聖典みたいなもんさ」


「聞いたことあります、それ」


 椅子に座ってくつろいでいたエリーシェが口を挟む。


「戦乙女ステラは魔王ムンドゥスの軍を撃退し、世界に平和をもたらした」


「そう。そしてこの交易都市ディバンを作り、王国との戦争でも果敢に戦った。良く知ってるな、嬢ちゃん。名前は?」


「エリーシェです。えへへ……」


 エリーシェははにかみながらこっちをチラチラ見ている。褒めて欲しいのだろうか。


「お母さんが出ていく前に、よく読んで聞かせてくれましたから」


「そうかい。兄ちゃんは知らないのか? 戦乙女ステラの伝説を?」


「俺は知らないな……」


 転生されてすぐなのだから知る由もないが、この世界のことをよく知っておくのも悪くはないか。


「じゃあな、エリーシェ、クレド。戦乙女の祝福の元に」


 俺はその戦乙女何とかより鉛弾の出来の方が気になったが、黙って店を出た。



「いいおじさんでしたね」


「ん? ああ、そうだな」


 フレンドリーな感じがして、無愛想な鍛冶屋のイメージが変わった。

 エリーシェは上機嫌でクルクルとスカートを揺らしている。

 心なしか会った時より明るくなった気がする。


「なあ、エリーシェ、なんか美味しいものでも……」


「そこの男、止まれ!」


 気づけば大通りで、甲冑を着た男たちに囲まれていた。


 何事?


「抜剣!」


 衛兵たちが剣を抜く。困ったな、一対複数じゃ弾も足りないし、今の魔法使いのレベルでは勝てそうもない。


 エリーシェは怯えて声も出ない。かなりまずい状況だ。


「その少女を解放してもらおうか」


「人さらいめ! 大人しくしろ!」


 どうやら、俺はエリーシェをさらった誘拐犯として手配されていたらしい。


 この服装じゃどうも目立つしな。


 さて、どうしたもんかね。


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