第3話:俺氏、転職の相談を受ける

 さっきからこの女には負けっぱなしだ。

 自分の言い分が全く通用しない。

 少しでも言い返さないとな。


「あ、この会話は録音されてますのでご注意くださいね」

「こっちのセリフだよ、俺はお前の勤務態度が心配だよ」

「おかげさまで減給しちゃいました(笑)」

「笑いごとじゃねぇーよ! しっかりやれ」

「自分で言うのもなんですけど、この会社は繋ぎなんです」


 さっき録音されてるとか言ってたが大丈夫なのか?

 それから思いつめるような声が聞こえてきた。


「何かイイ仕事ってありませんかねー?」

「イイ仕事か。ちょっと待ってくださいねー。って、待て待て。俺は転職エージェントかよ」

「どうもいただきました、ノリツッコミ」


 パチパチと、拍手が聞こえてきた。

 大御所タレントがバラエティ番組に参戦したときかよ。


「別にやりたくてやったわけじゃねぇーよ」

「まぁまぁ、少しは落ち着いてくださいよ」

「俺の言葉な、それは。てか、お客様に転職先を聞くな」

「そうですよね……ハッピーセットにおもちゃが入ってなかっただけで、ブチギレ電話を掛けてくる人に聞いても……」


 頭の中でプッツンと音が鳴り響いた。

 多分これは堪忍袋の尾が切れたからだろう。


「あぁ〜分かったよ、俺が相談に乗ってやるよ」

「やっぱり優しい人なんですね。一目見た時から思ってました」

「だから、どこで見たんだよ、俺を!!」

「さぁ〜どこで見たんでしょう〜か?」

「クイズ形式みたいにするんじゃねぇ〜よ」

「あ、あの……」


 電話の主は、大変申し訳なさそうな声で続けて。


「もしかして怒ってます?」

「あたりめぇーだろ。こっちはイライラして電話掛けてんのに、お前みたいな奴と喋ってもっとイライラだわ!!」

「だよねぇ〜。私もそう思うぅ〜。うんうん」

「学校終わり女子ギャル井戸端会議ファミレスかよ。てか、お前はお前とどうやって喋るんだよ!!」


 絶対にこの電話の主は、俺を煽ってるな。

 てか、俺をバカにして、楽しんでやがる。

 だが、一度相談に乗った身である。

 ここで降りるわけにはいかない。何としても。


「そもそもどうして転職しようと思ったんだよ?」

「いやぁ〜。私は別に気にしないんですけどねぇ〜。私が電話対応したお客様が、私にお怒りになってるみたいで」

「いや、気にしろよ。お前はもっと気にしろ。お前が電話対応したお客様がキレるのも納得だわ」

「自分で言うのもなんですけど、そういう星のもとに生まれたのかもしれませんね。ポジティブポジティブ!!」

「ポジティブになるのは構わないけど、周りの意見をしっかり聞こうな。これマジで大事だから。冗談じゃなく、マジで!」


 それに、と呟きながら、電話の先に居る女性は続けて。


「ハンバーガーを毎日食べるって辛くないですか?」

「別に食わなくていいだろ。辛いなら」

「ワールドバーガーはバイトにまかないが出るんですよぉ〜。こんなの知ってて当然じゃないですかぁ〜」


 あの有名なコピペが脳裏に浮かんでくるぞ。

 童貞を卒業するのは小学生までだよねぇ〜と。

 畜生、この女は自分中心に世界が回っていると勘違いしてるな。マジで、さっきから喋っててウザさしかないぞ。


「てか、お前毎日バイトしてるのかよ」

「少しでも食費を浮かそうと思って」

「自分から食いに出かけてるじゃねぇーかよ!」

「でも、最近胃が変な感じがするんですよねぇ〜。もしかしたら、私が今まで食べてきたバーガーの呪いでしょうか?」

「ただの胃もたれだよ。毎日食ってたらそうなるだろうよ」

「それに夢の中でも、毎日バーガーが出てくるんです」

「職業病ってやつだな、それは」


 俺もパン工場で働いてた頃は、毎日パンの夢を見ていた。

 ベルトコンベアーで運ばれてくるパンを左から右へと動かすだけの単純労働を、夢の中でさえやっていたからなぁ。


「私を食べようとするバーガーがね」

「お前、どんな夢を見てるんだよ。てか、バーガーってモンスターかよ」

「私にとってはモンスターみたいなものですね」


 電話の主は過去を思い返すように重々しい口調で。


「これ以上食べちゃダメだと分かってるのに」


 悔しそうに言葉を濁らせてから。


「それでも、やっぱり食べちゃうみたいな」

「ただの食いしん坊エピソードじゃねぇーかよ!」

「で、体重計を見て、あぁ〜失敗したと思うんです」

「ただのダイエットあるあるじゃねぇーかよ!」


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