第34話 複雑
「あら」
シアが声を漏らすと、それに気づいたフィオナがシアが見つめている先を向く。
そして、フィオナもダンスフロアで踊る彼女に気づいたようで、パッと顔を明るくさせた。
「あれ、お姉ちゃんだ」
「え? どれどれ?」
セレナがキョロキョロと見回すとフィオナがダンスフロアを指差す。そこにはとても幸せそうな表情で踊るアンナの姿があった。
若草色のドレスが目を惹き、親としての立場の欲目もあるだろうがフロアの中の誰よりも美しく輝いて見えた。
「とっても素敵ね。若草色のドレスがアンナの美しさを引き立てているわ」
くるくると曲に合わせて踊るアンナは、ドレスの色味や生花などの髪飾りも相まって、妖精が舞っているかのような美しさ。
久々のパーティだからか、それとも相手のハロルドのおかげか、いつもよりも幸せそうな表情で踊るアンナの姿は、幸せのお裾分けをしてもらっているような錯覚を覚えた。
「うん。お姉ちゃん綺麗」
「さすが、私の妹ね! 見て見て! 他の誰よりも綺麗じゃない!? ハロルドだっけ? アンナを見初めるだなんて、相手の男は見る目があるわね」
「……お姉ちゃんにはそういう相手いないの?」
「煩いわね! 余計なお世話よ!」
「こらこら。こんなところで言い合ってたら、ご縁が逃げちゃうわよ」
セレナとフィオナの小競り合いを仲裁していると、不意に隣に立っているレオナルドは険しい表情でアンナ達を凝視していることに気づくシア。
むしろ、険しいを通り越して射殺さんばかりの眼光の鋭さに、思わず「レオナルドさん?」と声をかけると、レオナルドはハッとした様子でシアのほうに向き直った。
「どうした?」
「あ、いえ。すごい顔でアンナ達のことを見ていたので」
「……あー、いや。そんなつもりはなかったのだが」
「やっぱり男親的には愛娘が他の男の子と一緒にいるのは複雑な感じですか?」
「…………まぁ、そうだな」
レオナルドは黙り込み、なんとも言えない表情をしたあと認める。そして、再びレオナルドはアンナのほうを見るが、その瞳はどこか遠い目をしていた。
「こうして目の当たりにして実感したが、アンナもそういう年頃になったんだな」
「アンナだけでなく、セレナもですけどね」
「……そうだな」
言い合いの内容的に、セレナは今すぐどうこうという相手はいなさそうだが、それも時間の問題だろう。
「こうして家族で一緒にいられるのも、そんなに長くないということか」
「そうですね」
シアが頷くと、気落ちしたように肩を落とすレオナルド。頭ではわかっていながらも、やはり気持ちとしては複雑なようだ。
「だからこそ、今いる時間を大切にしないと。ただ無為に過ごしたらもったいないです。限られた時間かもしれませんが、みんなが楽しいと思える思い出をこれから一緒に作っていきましょう?」
「そうだな」
シアが励ますと、レオナルドの表情が和らぐ。
「だが、私はそういうことに疎いからな。思い出を作るといっても具体的には何をすればいいか」
「そうですね。日常生活やパーティーもそうですが、普段と違ったこととなると、ピクニックとか釣りとか乗馬とか観劇とか……? 私も若い子の最近の流行りには疎い部分もあるので、子供達に何したいか聞いてみてもいいですね」
「なるほど、それもそうだな。……それにしてもシアにも疎いことがあるんだな」
レオナルドが意外そうに笑う。
何でも卒なくこなすシアにも弱点があったのが意外なようだった。
「そりゃもちろんありますよ。私、二十七ですからね? 十代の子達の流行りなんてわかりませんよ」
「二十七なんて、私からしたら若いがな。そういうものなのか」
若い、と言われてちょっと面映くなるシア。
普段から母に「いい年して」と言われてきたのもあってちょっと嬉しくなるも、緩みそうな口元をキュッと引き結んだ。
「そういえば、レオナルドさん。さっき一つミッションクリアしましたね。おめでとうございます」
「そういえばそうだったな。と言っても、ただ食事しただけだがな」
「それでもミッションはミッションですから。頑張ったの偉いです!」
「そう褒められると、悪い気はしないな」
ちょっと頬を染めながら頭を掻くレオナルド。どうやら照れているようだ。
「次のミッションはダンスだったか?」
「えぇ、そうですね」
「では、踊るか?」
不意にシアの目の前で跪き、手を差し出すレオナルド。まるで童話に出てくる王子様のような動きに、今までそんな経験をしたことなかったシアはカッと頬を染め、目を白黒させた。
「あっ、えっと、その……ダンスを踊りたいのは山々ですが、今ダンスフロアに行ったらアンナとかち合っちゃいますから、ちょっと時間を置いてからのほうがいいかもしれません」
「そうか。それもそうだな」
シアの言葉に、納得して立ち上がるレオナルド。
シアは今すぐダンスを踊らなくて済んだことにホッとしつつも、内心やってしまったと焦る。
(あー、咄嗟に言い訳しちゃった。せっかくいい感じに誘ってくれたのに、私のバカ!)
実を言うと、心の準備ができてなかったためアンナを言い訳に使ったのだが、せっかく乗り気になってくれたのに失敗だったと自省する。
とはいえ、言ってしまったことを今更撤回はできない。
「そういえば、喉渇きません? 私ドリンク持ってきますが、いる人はいる?」
とりあえず気持ちを落ち着かせるためにも、この場から一時離脱したいとシアが立ち上がる。
そして、未だにくだらない言い合いをしているセレナとフィオナに声をかけた。
「私飲む」
「私も」
「私はいい。というか、私が持ってこようか?」
「いえ。私が行ってきますから、レオナルドさんはここで待っててください!」
「そうか? では、頼んだ」
「はいっ。行ってきます」
半ば強引にレオナルドの申し出を断ると、シアは一人でドリンクがある場所へと足早に向かった。
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