第7話 軍隊の中へ

 魔法学院内、夕暮れのラウンジにて。ウェインとアヤナが戦場視察に行くということを告げると、エルは二つ返事でOKを出した。

「ところでウェイン、昨日はボクシング、どうだったの?」

「うん。色々あったけどね。面白い女に会ったよ」

「女?」

「肘や蹴り、魔法ありのスパーリングをやったんだが、これがもう動く動く。それに女とは思えないくらい一撃一撃が重かったし、ショートソードの心得もあるらしいから今度また会う予定。今はなんか相棒と合流するとかでどっか行ったけど」

「ふぅん。ウェインは相変わらず、色々と凄いんだね」

「いやいや。どの道もだけど、知れば知るほど自分の非力さを知ることになる。俺なんかまだまだだよ。それよりエル。戦場に出るのは初めてか?」

「普通学校の軍事教練で、後方支援で出たことが少しあるけど、魔法使い待遇だったから基本後ろにいたよ」

「まあそれでいいよ。エルもアヤナも、今回も敵の姿は見えないところで働く予定だし」

「はい」

「それじゃあもう一回聞くけど、出席ってことでいいんだな?

「うん」

「わかった。じゃあ俺は出撃の書類を学院に出してくる」


 就職課に問い合わせてみたところ、厳密にはウェインにあったのは『戦場視察』、エルとアヤナは『回復魔法使い拡充』という依頼だった。

 どちらも冒険者ギルドには依頼が出ず、学院の就職課のみに依頼が来ている。

 依頼主はレオン王国軍。しかしラクス防衛隊への要請はないようだった。

 ウェインは急いで書類を学院に作成・提出し、明後日の出発が確定した。

 いささか急な気もするが、早くしないと戦争が終わってしまう可能性があること、そして白兵戦にはならないだろうことなどを考慮。

 道中は国道を利用し付近の村々で宿泊することで、手持ちの水や食料は最低限で済ませる。貨幣はレオン王国の貨幣ならどこでも通じるが、念のため銀も用意していくことにした。道中の宿泊費は、領収書を出せば学園が半分負担してくれる。

 なによりラクス領内は治安がいい。女の一人旅もできるほどだ。


 出発は最短で明後日の朝を予定した。野宿をしないで、到着する村で宿を取る方針だ。

 ウェインは自身の学生寮に戻り、装備のチェックをした。

 ウェインは一人でラクスで暮らしている。両親は健在だが、レオン王国内の遠くの村に住んでいた。これはウェインの魔法の素質を見出してくれた両親が、成人前にウェインをラクスの魔法学院へ通わせてくれた結果だ。

 前まではお世話になった後見人の師匠が一緒に暮らしていてくれたが、仮成人の15歳を迎えた時からウェインは一人暮らしを始めた。

 とは言っても、横着なウェインだ。料理の類はほぼできない。洗濯も学院内の業者に有料で任せている。食事はいつも学生食堂か寮の食堂だし、夜中に夜食を食べたくなった時は保存食やら干し肉やらを食べている。これはラクス市内でも普通に手に入ったが、ウェインは魔法学院の購買部から仕入れている。


 要するに、ウェインは魔法学院がなきゃ生活していけない。それが現実だった。だからこそラクスに、魔法学院に、恩義を感じている。何か自分の力でできることはないかと。

「革鎧は……今回はいらないな」

 ウェインは装備のチェックで、まず最も大事な部分を切り分けた。革鎧だ。魔法学院の制服や作業着には魔法防御力が付与されている。その上に革鎧を着込むこともあったが、今回は戦場視察だ。白兵戦にはならないだろう。手回り品で持っていくのは護身用のサーベルと大型ナイフだけでいい。

 あとはバックパックの中だが、これはオーソドックスな構成にした。但し水はともかく携帯食料は本当に最低限にした。進むのは国道の予定だ。だから水も食料も途中の村で補給すれば良い。寝袋やテントの類は必要なし。たいして装備を揃えなくてもいい。旅行に行くようなものなのだ。

 それでも念を入れて装備をチェックすると、その日はウェインは早く眠ることにした。


 翌日、昼。ウェインは教室に集まったエルとアヤナの装備をチェック。事前に伝えていたのだが、過不足ないことを確認した。

「水も食料も、寝床も、現地調達を基本とする。二人とも手持ちで、レオン王国の紙幣とは別に銀をいくらか持ってったほうがいいな。何かの時に交換できるように」

 実際のところレオン王国は安定している。貨幣の価値が急変することはないだろうが、何かのために用意しておけというのはウェインが師事した師匠に言われたことだった。


 各種手続きや準備などをして、翌朝には3人とも出発の準備ができていた。

 装備は全員、ほぼ同じである。魔法学院の制服と、それを隠すマント。それに帽子。

 ウェインとアヤナは腰にサーベルと、後ろの腰にナイフを差している。アヤナのサーベルは『家の倉庫にあった』ものでデザイン重視で持ち歩いているらしいが、どうも刀身に強い魔力が帯びている逸品のようだ。

 エルだけ訓練された武術がないので、彼女は杖を持っている。

 背中にはバックパック。水と食料は途中で補給できるのであまり多くは持っていない。なにせレオン王国領内だ、たいした装備は必要ない。それより財布とその中身が重要だった。今回は野宿を想定していない。たいした経験もないのに野宿をすると翌日の行軍に響く。ただでさえ体力が低く足の遅いエルが行軍速度を引っ張るだろう。そこはアヤナの回復魔法に任せることにしている。

 最悪なのは、現地についたら戦争が終わってた、ということだ。もしそうなったら、単位も宿泊費もどこまで学院は面倒を見てくれるか……。


「軍服は現地で貸してくれると思うけど、私の場合、階級章はないと面倒かも」

 アヤナは首元に階級章をつけていた。レオン王国軍の、尉官のもののようだ。

「ほう。アヤナはレオン王国軍の軍籍持ってるのか?」

「貴族だし騎士だし、魔法使えるからね。予備役だけど、一応」

「貴族……はともかく、騎士階級?」

 ウェインが聞くと、アヤナは不思議そうに肯いた。

「まあ書類上は」

「おぉ……女騎士だ。レアかと思ったら、こんな近くに存在していたとは」

「いやいや、いやいやいや。本当に書類上だけだよ。私、馬の上で魔法使うと馬が怯えて暴れるもん。馬術も魔法もどっちも水準以上になってないんだよ」

「オーク対女騎士というのは、一部の界隈じゃ立派な1ジャンルになってるわけだが。アヤナはオークに勝てる? 負ける?」

「戦ったことも、見たこともないわよ。……なにその界隈」


 名目上のこととは言え、言われてみればアヤナは騎士階級だ。なるほど、それで派手な魔法を欲しがっているわけだ。戦場でそれが使えれば士気に関わる。

「ま、ともかく。それじゃあニール王国との国境線に向けて、しゅっぱーつ!」

 徒歩行軍。国道では多くの人や馬車とすれ違った。旅人もだが、特に商人の数が凄い。

 ラクスの街では剣や鎧に魔法の力を付与し、それを輸出しているのだ。その他にも各種マジックアイテムを輸出している。それがラクス経済の要であり、だからこそそれを流通させる商人の数が多いということになる。


 ラクスの街から離れるほど、村々の規模や宿泊施設は小さくなっていく。最初は専門の宿屋だったが、次第に民宿になり、国境付近では宿泊施設がなく教会を借りようとしていたところを、一般家庭に泊めてもらった。


 体力のないエルの足はやはり遅かったが、想定以上に頑張ってくれたおかげで、予定より一日早くレオン王国とニール王国の国境線までやってこれた。


 幸いにして、というか、国境付近での小競り合いはまだ続いていた。ウェインは兵士に魔法学院からの書類を手渡す。エルとアヤナを、怪我人の治療要員として使ってくれというようなことが書かれている。それと、ウェインの戦場視察と。


 ポールという名の中尉が、ウェインたちにつくことになった。

「はじめまして。ポール中尉です。皆さんがたの戦争参加を歓迎しますよ」

「はい。存分に働かせてもらいます。但し、特にこの二人は前線には出さないよう」

「心得ております。後方でヒーリングの術をしていただるだけで戦況に影響を与えるのですからね」

 堅牢で有名なドライ砦で戦っているのかと思っていたが、度重なる連戦連勝でレオン王国は東へ東へと領地を広げ、今では更に東のアンドル司令部というところから指揮されているらしい。双方の武力衝突が始まったのもその近辺とのことだ。

「ポール中尉。ドライ砦で戦闘は行われていないのですね」

「はいウェイン殿。ドライ砦は現在物資の集積・中継場所となっております。もちろん守備隊はそのままいますが、なにぶん彼らの仕事がありませんね」


 そこでウェインとエルに階級章が配られた。アヤナは自前で持っている。

「それを首元の見える位置へと着けてください。また、今より貴方がたの軍籍はレオン王国軍のみに限定されます。ラクス防衛隊や他国の階級がありそちらを使いたい方は挙手を」

「あ、俺ラクス防衛軍に参加したことがあります」

「存じております。ウェイン殿」

 ウェインは普通学校でラクス防衛軍に参加し、そこの予備役になっていた。

 これらは国内に二つの軍隊・指揮系統があるように見えるが、


 レオン王国軍:通常の軍隊。正規兵。基本的に国外からの防衛や攻撃を行う。

 ラクス防衛隊:魔法都市の周囲に展開する部隊。基本的に国内の治安維持を行う。


 と役割が別れていた。同時に二つの軍に在籍はできないが、階級はほぼ相互乗り換えとなる。

 レオン王国としても、わけのわからない魔法の事件などにいつも駆り出されては困るという事情があった。だから魔法都市ラクスは税金だけレオン王国に納入し、後は基本的に独立していた。商売のほとんどもそうだ。ラクスが独自にやっている。それで儲かっていて、レオン王国に充分な税金が入るのだから、レオン王国は無闇な口出しをしない。

 しかし優秀な魔法使いで軍人を目指す者は、地元ラクス防衛隊への入隊を優先させる傾向にあるのでレオン王国軍の魔法使いの絶対数は他国と比べてもさほど多くはない。

 それが、怪我人の治療などを公募している理由だろう。


「手持ちの階級章を見てください。ウェイン殿は中尉待遇、エリストア殿は上等兵待遇で、それぞれ本作戦へ参加するようお願いします。アヤナ殿は准尉ですね」

「俺、昔、ラクス防衛軍に参加した時は少尉の待遇でしたが」

「はい。ただウェイン殿は当時は魔法学院の生徒だったはずです。現状、非公式ではあるが教授相当の待遇を考えるとそれになるかと」

 色々と世の中は回っているようだ。

「アヤナの『准尉』って、どのくらいの位置です?」

「曹長の上、少尉の下です。士官学校の生徒を使う時になりやすいですが、まあそれくらいの位置づけです。アヤナ殿は貴族階級ですが、実戦経験のなさや軍隊参加の少なさから准尉扱いのままですね。その気になれば少尉待遇まではすぐ出世できますけど……」

「ご配慮、感謝します」


 アヤナが言う。その返事はウェインが知っているいつもの声と少し違った。凛としている。

「さて。本作戦に参加するにあたり、全員がガルナ陸戦協定、フェノン条約、ファース条約に同意していることが必要です。同意いただけない方は挙手を」

 こういうのはよくわからないが、戦時下の捕虜の扱いとかで揉めないための施策だということぐらいはわかる。組織での戦いにおいて不満があるなら『そもそも来るな』というスタンス。


 ポール中尉は肯くと、書類にサインを入れてそれぞれに配った。

「その書類をお持ちください。それらは発行から一ヶ月有効ですが、軍隊内部のあらゆる事柄をレオン王国が保証するものです。それから用意されている軍服にお着替えください。それで階級章をつけて晴れて、公式の戦争参加が認められます。今着ている服はロッカーに入れていって構いませんが、大事なものであれば手持ちで運搬なさってください」

「わかりました……けど、俺らココに一ヶ月もいないですよ? 数日から一週間で帰っちゃう予定なんで」

「はい。まあ決まりごとですからね」

 言われるがままに、一旦そこで解散しロッカールームへと向かった。サイズが幾つか用意されている軍服の中から、一番自分に合ったサイズを選んで着替える。ウェインは魔法学院の制服はロッカールームに置いていくことにした。

 レオン王国の軍服に身を包み、三人はポール中尉のもとへと集合した。

「ああ、皆さんよくお似合いです。さあウェイン中尉殿は『先任』中尉の私の指揮下に入っていただく形になります。あとのことはご自由に」


 自由にしろと言われてもウェインにはどうしたいいかわからない。

「砦。戦場。自由にしろと言われても……なんだかね」

 アヤナはキョロキョロとドライ砦の中を見回している。

「あっちに怪我人がいるわ。私達は……?」

 エルが一方を指差すが、ポール中尉は首を振った。

「ここまで後送されている兵士ですから、大丈夫、砦の戦力で間に合います。皆さんには更に東のアンドル司令部近隣に出向いてほしいのです」

 ウェインは聞いた。

「戦況はどうなっているのです」

「一進一退、という報告を受けています」

「ここからの距離は?」

「ざっと一日ぶんでしょう。馬を出しますよ。仕事はアンドル司令部でお願いします」


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