仙術の書 2 

ぢんぞう

第1話「白血病」


 だれか、あたしの病気、治してくれないかな……



 ❃



 バキッ!

 秋、北海道の山の中で”ひょうたん“が割れた。

 

 ひょうたんの中から何かが出てきた。

 透明などろっとした物だ。

 それは、徐々に大きくなり半日ほどで人の形になった。


「やれやれ、ずいぶん封印されていた気がする」

 

 裸の男が周りを見みると、割れているひょうたんがいくつかあった。

「なんだ、オレより先に出てる奴がいるじゃないか……」

 男の目線の先に何かいる。

 熊がじーっと見ている。


「仮面!」

 男が仮面と叫ぶと空間から仮面が現れた。

 長い鼻の赤い仮面である。

 その仮面をかぶると、背中に大きな羽根が生えて体も大きくなった。

 裸で羽根をばたつかせる男。


「服!」

 男が叫ぶと空間から山伏の装束が現れた。

 服を着る男を熊が襲ってきた。

 鋭い爪、体重は300kgはありそうだ。

「熊、お前も腹ぺこか? 風!」

 男が風と言うと熊に向かい風が吹き熊の突進を止めた。

 しかし、熊は、また男に向かって来た。


「人の形になる前だったら、お前に食われていただろうがな……竜巻!」

 そう言うと、竜巻が熊を持ち上げて、どこか遠くにいってしまった。


「オレも腹ぺこだ。なんだ、このガリガリの体は? 今の熊を焼いて食えばよかったな〜失敗した。しかたない、町に行って何か食うか……」


 山伏の姿で赤い仮面をつけて背中の羽根をゆっくり動かした。

 徐々に浮かび上がって下を見る。

「山の中に封印されていたのか……よ〜〜し、行くか!」

 男が大きく羽根を動かした。


「ぐあっ! ぁぁぁ……背中が、背中が……痛い、痛い、痛い!!」

 背中の筋肉が固まって動かない!

「何だこれは!」


 こむら返りのように男の背中の筋肉は引きつって動かなくなった。


 「まずい! 動けん!」


 男は空高く飛び上がったものの、動けなくなり落下した。


 ❃


「二郎ちゃん。巨大化してもいいんだよ」

「お前如き、このままで十分だ! オレの錫杖しゃくじょうに耐えた者はおらん!」

 男は鉄の錫杖を凄い勢いで振り回している。


「八大天狗の内、七人はすでに封印した。も封印した。あとはお前だけだ!」

「なに? 七人の大天狗を倒しただと? 日様もか……」

「お前ら魔物は再生力が強くて、殺すのが難しいから“ひょうたん”に封印してやった。お前もひょうたんの中で気の固まりとなって眠っていろ」


「お前が『おづぬ』か!? 妙な術を使う仙人が魔物を退治していると言う噂は耳にしていたが……」

「いかにも、我が名はおづぬ。わしの仙術は、まだ負け知らずだ! お前のような化け物でも封印してやるぞ!」


「非力な仙人が、オレを封印すると言うのか? おかしくてへそで茶を沸かすわ」

「たしかに、力では、お前ら大天狗にはかなわないが、我が仙術は無敵である!」


「仙術など使う前に、その首を落としてやる!」

 大天狗は錫杖を振り回し、おづぬに突進した。


臨兵闘者皆陣烈在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん 行! 金環きんかんの術!!」


「うっ!? なんだ、これは! 体が動かない」

 大天狗がおづぬの術で動けなくなった。

「お〜い、普通に戦え! こんな術は卑怯だぞ、おづぬ〜〜っ!!」



「お父さん、目をさました!」

 少女が叫ぶ。

 男が目を覚ますと見知らぬ家で寝ていた。

 

「あんた、森の中で倒れていたんだ。修験道の人かい? このへんじゃ修験道の人は見ないけど修行中かなにかかな?」


 男は、天狗の赤い仮面が取れて人間の顔になっている。山伏姿で身長は170cmくらいで50歳代の普通のおじさんである。


「体が弱ってるみたいだけど救急車呼んだほうがいいかい?」


「きゅうきゅうしゃ?」


「病院行かなくて大丈夫かい?」

「びょういん?」


(あたまが混乱してるのか? 修行中なら病院代も持ってないか……行者さんなら家にしばらく置いても悪さはしないだろう……)

 少女の父親は森で倒れていた男を家に連れ帰ったが、見慣れない山伏姿の男性で修行中に倒れたのだと思った。

 少女の父親は、とても信心深い人で山伏姿の人をほおってはおけなかったのだ。


「おじさん誰?」


「俺か? 俺は大天狗様だ!」

「はははははっ、大天狗様! 面白い。テレビで見たよ!」

 少女は山伏姿の男に興味があるようだ。


「体力が戻るまで家に居てもいいけど、本当に救急車呼んだほうがいいんじゃないかい?」

「きゅうきゅうしゃというのはわからんが、これくらいの傷は寝てれば治る」

「そうかい、具合が悪くなったら言ってくれよ」

 

 少女の父親は山で『いたや食堂』と言う定食屋をしていた。

 山の中だが国道の走っている道にある店なので、そこそこ繁盛していた。特に味噌ラーメンが美味いとトラックドライバー達が言っていて、わざわざ遠くから味噌ラーメンだけを食べに来る人もいるくらいだった。

 少女の父親は男に食事も出してくれた。


「これは蕎麦そばか? い〜い匂いだな」

「これは味噌ラーメンだよ」


 じーっと味噌ラーメンを見ている男。


「おじさん、遠慮しないで食べてよ。お父さんの作る味噌ラーメンは美味しいんだから!」

 少女が食べるよう勧めるが、男はじーっと見てるだけで動かない。


「食べたいんだが……両手が動かないんだ……」


「それじゃー、あたしが食べさせてあげる」

 少女は寝ている男の体を起こし味噌ラーメンを食べさせた。

 男は自力で食事も取れないほど弱っていた。封印されていたので体もガリガリである。落下の衝撃で骨も何ヶ所か折れているようだ。


「旨いな! 汁も旨いが、このシャキシャキした白い野菜と肉の小間切れが絶妙だ!」

「これはモヤシと豚のひき肉だよ。お父さんの味噌ラーメンは皆んな美味しいって言ってくれるの」

「味噌ラーメンって言うのか、大陸の料理みたいだな」

「大陸? 大陸って南極?」

「大陸から帰ってきた仏仙ぶっせんがいてな、これに似た物を作ってくれたことがあったよ」

「南極の料理人かな? 前に映画があったね。ぶっせんってわかんないけど、お菓子かなにか?」

「仏仙は仏教を修行して仙人になった奴だ。法力で物を動かしたり病気を治したりする」


「へ〜〜っ、そんな人がいるの!? それなら、あたしの病気も治してくれないかな……」

「なんだ、お前、病気なのか? 元気そうじゃないか」

「いまは、まだ元気なんだけどね、ドナーが現れないと死んじゃうかもしれないんだって」

「どな〜?」

「あたし、白血病なの」

「はっけつ? けつが白くなるのか?」

「バカ! おやじギャグ!」

 少女は味噌ラーメンを食べさせながら、男の背中を軽く叩いた。


「血液のがんなんだって」


「がん?」

「ドナーが現れて血を入れ替えたら治るかもしれないって言ってた」

「血を入れ替えて治るなら、俺の血をやるぞ。もう少しして元気になれば、お前の小さな体になら多少の血をやっても大丈夫だろう」

「ありがとう。でも型が適合しないとダメなんだ」

「なんだ、血に型があるのか?」

「いっぱいあるんだって。一致する型の人から骨髄にある血をもらえれば、あたしは生きられるかもしれないの……」


「もらえなかったら、どうなるんだ?」


「その時は、徐々に免疫がなくなって死んじゃうんだって」

「めんえき? その“めんえき”という物があればいいのか?」

「うん、免疫があればね……」


「よ〜〜し、オレ様は、この土地神の大天狗様だ! 手に入らない物などない! そのとやらを持って来てやる!」


「はははははははっ、免疫は物じゃないよ。体の中にあるの……でも、ありがとう。嬉しいよ」

 少女は腹を抱えて笑っている。


 体の中にある物?

 

 あの仏仙の法力なら、この病いを治せるんじゃないか? あいつ、どこかにいないかな?

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