第28話 狙われる少女
カエン率いる捜索隊は縄で拘束したフジノを連れて、早朝に町を出発し山奥まで進んだ。目的地のBランク地域の手前、Cランク地域まできている。
フジノを護送しているカエンの本隊を中心に展開して、カエンの隊は一度も戦闘をせずにここまできている。
画面投げというバグ技ありきとはいえ、このあたりの魔物の強さを知るフジノにとって強硬手段をとることをためらわせる事実だ。
周辺の魔物払いをしている小隊が優秀なのは明らかだが、カエン率いるこの隊も実力は見せてないが劣らないのだろう。訓練場でグロリア達を相手に連戦連勝をしたカエンという男がいるのだから。
もしも、彼を出し抜いたとしても周辺を警戒する小隊に捕まってしまう。現時点ではフジノの逃亡は成功しないだろう。
しかし、フジノの頭の中に逃げようという考えはなく別のことでいっぱいだ。ギルド内や町中で盗み聞いた噂話、ナツキが死んだという話がいまだに頭に残っている。
フジノが噂の出処の人物達と違うのは半信半疑という点だ。山に一人で入って魔物に襲われて命を落とすなんて事をナツキがするわけないと知っている。自分一人で魔物に勝てないと戦闘は仲間頼りだったあの友人が知らないわけがない。
ありえない。何かの罠か、策略に決まっている。顔を判別するのも難しいレベルで損傷が激しいなんて噂もあったんだ。ナツキじゃない可能性だって全然ある。
何より服装が違う。緊急時にナツキが変装するはずの観光客風の特徴は一切聞いていない。遺体の衣服はいつもの冒険者らしい格好だって言っていた。だから、まだ決まったわけじゃない。
「もうすぐBランク地域です。一度休みましょう」
捜索隊のメンバーの一人のリュウノスケが先頭にいるカエンに進言する。
フジノは入山前に、縄を巻き直されて体の前で両手だけを縛られている。ここまで拘束が緩いのは捜索隊の高い実力の裏付けでもある。彼女がここまで大人しく指示に従っている理由の一つだが、最も大きいのはグロリア達三人を助けられる希望が残っていることだ。
Bランク地域までもう少し、あとは儀式場に彼らを招き入れればグロリア達は助かるはずなのだ。あれから三日経つが荷物には食料も少しあるし、そう簡単には餓死はしないはず。殺人鬼達から受けた傷が心配だが三人とも魔術師だ。休むことに徹していれば生き残っている可能性は高い。
「フジノさん。水は大丈夫ですか? だいぶ歩きましたから、カラカラでしょう」
「……そうですね。できれば、飲みたいです」
「ですよね。わかりました」
リュウノスケは町で怪物と噂されているフジノに別段気にすること無く、山中を進む間に何度か気さくに話しかけてきた。考えに夢中で無愛想な返事をしてしまったが、それでも話しかけてくれていた。
捜索隊は中央から来たということもあって、噂だけを信じることはなく怪物だと過剰に恐れることもないようだ。
若そうな見た目からして才能ある人物なのだろう。この人にも勝てないかもしれない。もっとも戦うような未来は想像できないけど。
「カエンさん。フジノさんに水を飲ませても?」
カエンが妖精を用いて各小隊に連絡を終えた後を見計らって、リュウノスケが訪ねる。フジノとしてもありがたい申し出だ。
「ブヨウ、リュウノスケ。二人はフジノを川まで頼む。少し降りればあるだろう」
カエンはその提案を受け入れてフジノの水分補給を許可した。ブヨウ、リュウノスケ、フジノの三人は隊列から少し離れて川の方へ降りていく。
フジノは覚えていないが、その川は彼女が初めて殺人鬼に襲われた夜に流された川だ。ブヨウの先導でその場所に到着し、彼は川から最も遠い位置で立ち止まった。
ブヨウは顎でリュウノスケに指示をして、ため息をついたリュウノスケは前にいるフジノに声をかけて、大柄な男を置いて川辺を二人で進んでいく。
「飲んでいいらしいです。走るのはなしですよ。怪しい行動はやめてくださいね」
フジノとしてもわかっていることだが、ここまで敵意なく接してこられると無下にもできない。
「はい。わかってます」
リュウノスケさんに、この山での会話について謝るのは三人が見つかってからだ。申し訳ないけど、今の私はそれどころじゃない。まだナツキが生きてるかもはっきりしてないんだから。
フジノは背後に二人の存在を意識しながらゆっくりと川へ近付く。フジノの足取りに合わせて歩く人物はリュウノスケだ。
川の前でしゃがんだフジノは、流れが比較的ゆるやかな上流の水を縛られた両手ですくって飲み始める。
フジノの背後にはリュウノスケがいる。万が一、フジノが逃げるのを防ぐための立ち位置だ。疑う気持ちによるものではなく受けてきた仕事柄の癖だ。
中央の高ランク冒険者の相手は魔物ではなく、主に人間相手の方が多いのだ。
「もう充分です」
フジノはある程度、水を飲んで満足した。あまり飲みすぎても後で面倒なことになる。人に監視された状態でそれはしたくない。
「おし。じゃあ戻ろうか」
リュウノスケが背後にいるブヨウの方を見るが、いるはずの人物は影も形もなかった。フジノも遅れて同じ場所を見るが大柄な男の姿はどこにもない。
その不可解な事実を飲み込んで先に身構えたのはフジノの方だ。
これまでストレスを抱え続けて神経を尖らせるのを抑えてきたんだ。もうすぐ三人のいる儀式場に辿り着く、殺人鬼が何か仕掛けてきてもおかしくはない。
「あれ? ブヨウさん?」
対応が遅れたリュウノスケは見たままの疑問を垂れ流していた。フジノより遅れて背負っている剣を抜いて戦闘態勢にうつる。
二人を狙って飛来する銀の影。リュウノスケは自身とフジノを狙った攻撃を弾き、周囲の敵を探そうとするも見つからない。地面に落ちた影の正体はナイフのようだ。
不自然な光沢から毒が塗られている可能性があるとリュウノスケは短時間で考察し、かすり傷もおってはいけないと更に集中する。
「そこにいて! 妖精、探知補助!」
背後にいるフジノに命令して、リュウノスケは妖精の補助で五感を強化して敵の襲来に備える。
次の攻撃を弾いたら駆け出すと決めて彼女にそれを伝えようとした時、次のナイフがフジノの真横の方向から飛んでくる。リュウノスケは投げナイフを剣で弾いたが、不意に別方向から強い衝撃を受けた。
「やられた……」
リュウノスケは自分を貫く短槍を見て、姿の見えない何者かに対して言った。空中に浮かぶ自分の返り血から、何の仕掛けを使ったのかを理解したのだ。
双子山に生息するミザルの皮を利用した擬態する隠れ蓑。敵は周囲の景色に溶け込んで、このときまで息を潜めていたのだろう。投げナイフは別の人物に違いない。
「逃げろ……」
フジノはリュウノスケの背中から突き出た槍を何とか回避できた。目の前の人に心の中で謝罪をして、フジノは逃走を開始する。
こうするしかなかった、逃げなければ殺される。状況からして捜索隊の中に殺人鬼がいるに違いない、だからもう信用はできない。信じられそうな人もいたが、おそらく助からない。
これでグロリア達の救出に捜索隊を頼れないと決まってしまった。全力の身体強化で逃走を開始したフジノは失うもの全てを想像して、暗い気持ちに押しつぶされまいと力を振り絞り山の中を駆ける。
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