第25話 鬼が生まれた場所
フジノいる洞窟内に響く小さな揺れ。外で何かあったのだとフジノは急いで外へ向かう。
出口に近付くほど振動や響く音で戦闘の激しさが伝わる。訓練場での魔術師同士の組み手なんて比にならない。これは手加減なんて感じられない本気の殺し合いだ。
(みんな……!)
「妖精。画面出して」
『了解』
すぐに戦えるように準備しておく。遺体袋が至るところにある大きな空間を抜けてもうすぐ洞窟の外も間近という時、地面に誰かが強く叩きつけられた衝撃音を最後に戦闘音が止んだ。
フジノは既にランタンを捨てて両手に画面を持ち、洞窟の闇の中から見覚えのない人間めがけて画面を投げた。
「おっと」
しかし、その人影は地面に仰向けで倒れていたグロリアを乱暴に持ち上げて盾にしてくる。フジノは慌てて画面の軌道を制御して狙いを外す。
その画面は一対の柱のうちの一本を切り裂いて、フジノの手元に戻ってくる。
鬼の仮面を被った人物の盾にされているグロリア。セイドウとコトネの側にも似たような仮面をした人物がいる。敵は三人でフジノは一人きりのようだ。
「やはり友人ごと切れないか。儀式をくぐったわけではないみたいだね」
鬼の仮面を付けた人物の声は魔術で加工されているようで誰なのかは判別できない。だが、何度も相対してきた殺人鬼と同じだとフジノは直感で判断した。
どうして、こんなに来るのがはやい? このタイミングで奇襲なんて最初から付けられていたとしか思えない。
「状況はわかるだろう? 山の怪物。武器を全部おいてもらおうか。刀に短槍、その画面もね。ゆっくりだ」
グロリアを掴む殺人鬼の脅しに呼応して、仮面の男達はセイドウを強く踏みつけ、コトネの首を掴んでいた。フジノは全ての武器を一つずつ手放す。
「両手を開いたまま顔の横に上げろ。後ろを向け」
どうすればいいか必死に考えるが解決方法が浮かばない。怒りと不安、悔しさ、恐怖、いくつもの感情が入り混じる心の中はぐちゃぐちゃだった。
主犯格である殺人鬼がグロリアの首根っこを片手で掴んだまま、首を僅かに動かしてそう言う。仮にフジノが見たとしても仮面で目線は読めないが、彼女がさっき切断した柱の残骸を見ているのだろう。
「一時はどうなることかと……でも、これでようやく終わりだ」
勝ちを確信しているのか殺人鬼はべらべらと話し続けている。
仮面越しにセイドウとコトネの命を仮面の男達が握っていることを確認した殺人鬼は、グロリアを捨てて背を向けるフジノに向かって大地を強く踏みしめて加速。
殺人鬼はフジノの後頭部を掴み、洞窟の入り口近くの岩壁に叩きつけた。
「っ……!」
うめき声をもらすフジノ。思わずケガをした顔をおさえようと手を動かしかけるが、そんな余裕もないほどの苦痛が頭を中心に広がっていた。
脳内から生じる痛みと違和感、内にいる妖精の存在感が急激に薄くなっていると、苦しみのなかで感じ取った。
「君の技は画面を投げるとかいうダサいものだが、僕のは違う」
自分の内側から何かが引っこ抜かれたような感覚。殺人鬼がフジノを岩壁に押し付ける手を離し、彼女は背中から地面に倒れ込んだ。
フジノが弱々しい声で内なる妖精に呼びかけても返事がない。それどころか体の疲労とは別の強烈な眠気がおそってくる。
どういう方法かはわからないが、この殺人鬼は他人の妖精に干渉できる。妖精に頼っている人間にとっては最悪の敵だ。倒せる機会を逃した事が悔やまれる。
フジノは落ちかける意識を気合で持たせて一つの決意を抱く。山火事のあった夜に持つことができなかった感情だ。
「僕は奪える。他人の妖精をね」
痛みと眠気からノロノロと地面の上で姿勢をかえ、殺人鬼の方を見るフジノ。その手の上で水色の光を放つ小さな玉が自分の妖精だと確証はないがわかった。
「妖精。ステータス画面だ。鎌鼬の再現といこう」
殺人鬼はフジノがやってきたように、妖精のステータス画面を出して掴もうと手を伸ばす。そのあとの未来を想像したフジノは殺人鬼を睨むのをやめて、重い頭を地面に下ろす。
フジノの中には自らの死への不安や仲間を心配する気持ちもあったが、最も強い感情は攻撃的なものだ。
お前もズルい技を持っていたんだ。でもお前と私は違う。私は人は殺していない。お前なんかを人間と認めるんじゃなかった。あの時、ちゃんと殺していれば……。
「だめか……すり抜けるな」
残酷な末路を想像していたがその未来は来なかった。殺人鬼には私の技を扱う資格がなかったらしい、とフジノは眠りかけた体で笑おうとして、歪な笑みを浮かべる。
魔力の制御も練習してないんだろう、妖精任せのクソ野郎が。もしも生き残れたら、お前は、必ず殺す。どんな手を使っても。
暗い殺意を胸にフジノの意識は落ちていった。
フジノが使っていた画面投げが使えないとわかり、興味をなくした殺人鬼は少し考えてから言葉を発する。
「じゃあ、いらないか」
殺人鬼はその手の光の玉を握り潰しガラスが割れた様な音が一度響く。欠片が散らばって地面に落ちては煙の様に消えていく。
フジノの目の前に落ちた光の欠片もすぐに消えてしまう。意識のないフジノに反応はないが、満身創痍のグロリアがその様子を目撃していた。
「……ぅ……」
喉の負傷でまともに呼吸するたびに痛みが走る状態なのに声を出そうとしてしまったグロリア。殺人鬼達は手慣れた様子でグロリア達三人を無力化し、その時にできた傷だ。
外で見張りをしていた時、隠れていた仮面の男達にセイドウとコトネは一瞬で倒され、背後に忍び寄る気配を唯一察知したグロリアも初撃で喉にダメージを受け、叫んでフジノを呼ぶこともできずに一方的に負けてしまった。
「さて、いつもなら殺すところだが今回は特別だ。一緒に来てもらおうか」
すでに意識もなく動かないフジノの腕を後ろに回して拘束した殺人鬼は、彼女を荷物のように肩にかつぐ。
倒れたままのグロリアはフジノが連れて行かれるのを最後まで目で追っていた。かすかに動く右手の先をフジノの方へと伸ばそうとしても何もできない。
消えていく友人に動かない体、その内側からわく無力感と悔しさに耐えきれずに彼女は目を閉じた。
「他の奴は本当にこのままでいいのか?」
「問題ない。ここまで小娘のバグ技頼りで来た奴らだ。自力でこの地域を出ることもできないだろう。餓死か魔物に殺されるかだ」
殺人鬼は仮面の男達の疑問にそう答える。ここは既に知っている人間に招かれて辿り着ける場所。冬の間の数カ月間、南大門にとどまって秘密を知る連中に探りを入れたがイレギュラーはフジノだけだった。
「前もこんな風に運んだのを思い出すなあ。あいつが止めなければ、あれで終わっていたのに。まったく……」
動けなくなるまで痛めつけた三人の若い魔術師達を置いて、儀式場を出ていく殺人鬼達。気を失って拘束されたフジノを肩で担ぐ殺人鬼、仮面の男二人は無言であとをついていく。
「こいつが意外と人間でよかったよ。僕の妖精の分析は当たっていたね。やるもんだろう? 僕達は」
彼らは南大門の町にある冒険者ギルドへ向かって帰っていく。隠れることなく堂々と山を降りて。
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