第32話 殴り込みからの返り討ち

 




「佐々木。後ろ、尾けられてる。多分工業の連中」


 不意に、阿久津が呟いた。

 野生のカンとでもいうべきか。

 雅を家まで送ってすぐのことだった。


 目線をさりげなく背後へと移す。

 すると、この辺では見慣れない学ラン姿が後ろからついてきているのが分かった。


「……いつからだ?」


「多分ファミレスを出た辺り」


 なるほど。

 敵さんもいよいよ実力行使にきたようだ。

 やっぱり雅を家まで送って行ってよかった。

 荒事にギャルを巻き込むわけにはいかない。


「舘坂、送って行ってよかったな」


 太一も同じことを考えていたようだ。



「…………まぁ、あの状況だったら、誰でも同じようにするだろ」




 ――――――七海の一件の後、雅は落ち着かない様子だったが、彼女なりに状況を整理し、把握し、納得しようと頑張っていた。


 でも、それはか。

 目の前に七海がいればすぐに助けに行く。

 俺だけじゃない。他の3人も同様だ。


 何とかしたい。

 しかし、それには情報が圧倒的に足らなすぎる。

 それに自分達にできることにはがある。

 それを雅はちゃんと分かっているからこそ、苦しんだと思う。


「2人……、いや3人か。佐々木、どうする? 俺いくか?」


「頼んだ、阿久津。ほどほどにな」




 ~割愛~




「くそ……いてぇ………!!」


「うっ……ごほっ」


「何なんだよ、コイツ………」


 またまた死屍累々。

 どこかで見たような光景だけど、今回は『ほどほどに』したらしい。

 みんな顔ボコボコなんだけどね。

 案の定、尾けてきていたのは工業の連中だった。学ランに校章が付いていた。

 薄暗い路地に入ったら、急に距離を詰めて殴りかかってきたので、こちらも反撃した。


 ………阿久津が。





「阿久津……お前、ほどほどの意味を知ってる?」


「喋れるくらいの気力は残してやってる」


 おぉ……。

 こいつなりに基準があったのか…………。

 でも、3人中2人はノビてるんですけどね。



「……では、喋れる?らしいから、色々と聞こうかな。ちょっといいですか」



 太一は、辛うじて会話ができそうな一人の金髪に話しかけた。



「んだよ…………」


「単刀直入に。誰の差し金??」


「言うかよ……! 馬鹿が!!」


「へぇ…………、阿久津」


「(バキボキ)」


 阿久津はこれ見よがしに、それはもう手が折れているんじゃないかというほど指を鳴らす。

 単純だけど今しがたボコられた連中には効果てきめんだったようだ。

 喉を「ヒッ………」と鳴らし、やがて話し始めた。



「…………蒼汰さん、だ」


 蒼汰…………。

 聞いたことはない。


「それって、工業の?」


 続ける太一。

 ちょっとずつ情報を引き出すにはスモールステップ。

 細かく質問を重ねることが重要であることを知っている。


「…………あぁ、俺もよく知らねんだよ。急に○○高校の佐々木って奴をボコせって」


「…………」


「グループLINEに写真つきで。佐々木ってお前だろ? すぐに分かったぜ」


 なるほど。

 もしかしたら。


「………その蒼汰ってこの人?」


 俺はスマホを取り出し、アルバムを開く。

 その中からお目当ての写真を選び、金髪の前に見せた。

 ――――――いつかの陽菜の喫煙写真。

 その隣に写っている工業の生徒。


「………あぁ。そうだよ、蒼汰さんだ。何でてめぇがもってんだよ。こんな写真」


 ………ビンゴだ。

 コイツが俺の排除を命令したとなれば、その指令の大本は間違いなく陽菜だろう。

 陽菜とこの蒼汰って奴は

 そして、蒼汰とかいうこの男は、工業高校の不良を動かせるだけの影響力をもっている。

 工業のトップ。

 番長、とか今言うのか?

 疑惑が徐々に確信に変わる。


「そのグループのLINEに送られてきた写真って………?」


「…………………これだよ」


 一瞬ためらうそぶりをみせたが、阿久津が睨みを利かせているため、やがて観念したかのようにスマホを差し出した。




 スマホにはが写っていた。




 普段の俺じゃない。

 バカみたいに笑顔を作り緊張しながら歩いている俺。




 ――――――陽菜とのデートの日。




 彼女ができてとにかく浮かれている一人の冴えない高校生。

 騙されているとも知らずに、精一杯全力で青春を謳歌しているを思い込んでいる一人の冴えない馬鹿。




 ………決まりだな。


 写真の提供者は塚原陽菜。


 その協力者は、蒼汰とかいう工業の男。



「………その蒼汰ってやつはどこにいる?」


「……知らねぇよ。そんなに会ったこともねぇし」


「そうか…………」


「……でも、………これは噂だ。本当かどうかは知らねぇけど」


「…………?」


「最近女拉致って遊んでいる、らしい」










 …………は?

 …………いや、聞き間違いか?



「お前馬鹿か? 普通に犯罪じゃねぇか!」


 阿久津が珍しく正論をぶちかます。

 確かにコイツの言っていることは突拍子もなさすぎる。


「だから、知らねぇよ!! でもなんか知らねぇけど蒼汰さんは!!」


「……は?」


「こえぇ人なんだよ! 人じゃねぇこと色々してる!! クスリとかもやったり、女犯したり、でも全然捕まんねぇんだよ!!! あの人は!!」


「だから意味が分からん!!! どういうことだよ!!」


「…………佐々木」


「あぁ……」


 今のところ、は実行できそう。

 ここまでは


「最後にいい?」


 再度、金髪に先ほどの喫煙写真を見せる。


「………この隣の女、知ってる?」


「……知らねぇけど。でも、蒼汰さんにはずっと女がいるって言う話はよく聞く」


「…………」


「佐々木、もっと色々と聞いとくか?」


「…………あぁ、でも、ちょい待ち。考えを整理したい」

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