第37話 来瑠々と晩御飯

 二人の決意が固まってからの行動はものすごく早かった。

 早速援軍の来瑠々ちゃんに電話をかけると、


「もちろん行きマース! 私が晩御飯フルコースを作ってやりマスから任せてくださーい!」


 と、頼もしい返事が返ってきた。

 

 すぐに準備をして、みんなで学校帰りの古川さんのあとをつける。もちろん、バレても全く構わないので、今回は堂々と。


「……あのね、あなたたち。いい加減にしなさいよ。私のあとをつけたくらいじゃ廃部は覆らないわよ」


 古川さん行きつけのスーパーが目の前に差し掛かったところで、彼女は歩みを止めた。

 あからさまにあとを付けているので、さすがにいたずらだと思ったのだろう。


「それはわかってるよ。今日の私たちはそういう考えで動いているわけじゃないし」

「……なおさら意味がわからないんだけど? とにかく、スーパーまでついてくるのはプライバシーの侵害だからやめてくれない?」


 古川さんが突き放すように言ってくる。私はこのタイミングだと思って、隣りにいた雫ちゃんを肘で小突いた。

 すると、雫ちゃんが意を決して温めていたセリフを言い放つ。


「あっ、あの、希空ちゃん!」

「……なによ」

「ば、晩ごはん、一緒に食べませんか? 昔みたいに……、ほら」


 なんとか振り絞りながら雫ちゃんは言葉を紡ぐ。それまでぶっきらぼうな態度だった古川さんは、少しため息をついて強張っていた表情を緩めた。


 その昔、まだ古川さんのお母さんが存命だった頃。既に父子家庭だった雫ちゃんは、お父さんの友達である古川さんの家に預けられることが多かったらしい。

 二人暮らしだった雫ちゃんにとって、古川さんの家は第二の実家みたいなもの。時の流れでいつの間にか疎遠になってしまっていた二人ではあるけれども、どちらも当時の温かい思い出というのは忘れていないようだ。


「あのときは希空ちゃんのお母さんにすっごくお世話になった。本当は希空ちゃんや妹たちのことも構ってあげなきゃいけないのに、私にも優しくしてくれた」

「……そうね。そんなこともあったわ」

「だからね、遅くなっちゃったけど、その恩返しをしたいなって思ったんだ。最近の希空ちゃん、ものすごく大変そうだし……」

「そんなことをしても、ワンダーフォーゲル部の廃部は……」

「わかってる、わかってるけど、このまま放っておいたら、部活より大切なことを忘れてしまいそうで……、だから……」


 雫ちゃんの瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。

 感情が高ぶってくると、嬉しい悲しい問わずどうしてか涙のコントロールができなくなる。そんなところまでシズカに似なくてもと思いつつ、私は雫ちゃんの肩に手をおいた。


「……深雪さん」

「まあまあ落ち着いて雫ちゃん、頑張ったね。――そういうわけで古川さん、今までのことはちょっと忘れて、今日ばかりは私たちに家のこと手伝わせてくれないかな?」


 私は雫ちゃんの言葉を後押しするように古川さんへお願いする。

 不躾といえば不躾かもしれないけれども、恩返しを拒むほど古川さんは冷酷な人間ではない。それくらいのことはここにいるみんながよく知っている。


「……わかったわよ。どうせ断ってもまた同じようにあとをつけられるでしょうし。バレバレの尾行をシカトするのって、結構気を使うのよ?」


 古川さんは肩をすくめながらやれやれとそう言った。雫ちゃんも、良かったといって表情が明るくなる。


 そうと決まれば徹底的に古川さん一家をもてなすのみ。

 いの一番に来瑠々ちゃんがスーパーへ駆け込み、買い物かごを手に取る。

 まるでキャンプの買い出しみたいな賑やかさでかごに食材を買い込み、レジへと並んだ。

 古川さんが財布を取り出してチャックを開けるが、来瑠々ちゃんがそれを制した。


「支払いは任せてほしいのデス」

「賄賂ね」

「いいえ、接待交際費デス」

「……まあいいわ、お言葉に甘えましょう」

 

 古川さんは諦めた表情で財布を閉じる。

 その瞬間、彼女の財布の中に三角形の赤い樹脂製のものが入っているのがちらっと見えた。

 まさかと思ったけれど、私は何も言わないで置くことにした。


 買い物を終えて、私たちは古川さんの自宅へお邪魔することにした。


「おかえりー!」「おかえりなさーい! あれ? 雫ちゃん……? それと、お姉ちゃんのお友達……?」


 ドアを開けるなり、賑やかな妹たちに出迎えられる。

 顔見知りの雫ちゃんのみならず、見慣れない面々がいるのだが、古川シスターズは怖がる様子もなくずいぶんテンションが高い。

 それもこれも私達が女子高校生だからだろうか。前世のままおばさんだったならば、こうはいかないだろう。


「ただいま。今日はお姉ちゃんのお友達と一緒に晩ごはんを食べることにしたの。それでもいい?」

「いいよー!」「やったー!」

「じゃあご飯作るから、それまでみんなと遊んでいてちょうだい」

「はーい!」「はいはーい!」


 そう言って古川さんはエプロンを手に取りキッチンへ立とうとする。そんな彼女の行動を来瑠々ちゃんは見逃さない。


「待つデース! 晩ごはんは全部私にお任せするのデス!」

「マグワイアさんが……?」

「こう見えて料理には自身がありマス。なので希空はシスターズと一緒に遊んでいてください。あと、私のことは来瑠々でオッケーデス」


 来瑠々ちゃんは笑顔を見せながら、目に見えない異様な圧で古川さんをのけぞらせる。

 観念したのか、古川さんはつけたばかりのエプロンを外し、来瑠々ちゃんへ手渡した。


「わ、わかったわよ。じゃあお言葉に甘えてお願いするわ、来瑠々さん」

「『さん』付けも不要デスが……。まあ、そのうち慣れるでしょうネ」


 来瑠々ちゃんがキッチンに立つと、買い物袋から食材を取り出す。

 たまご、春菊、焼き豆腐、しいたけ、しらたき、たまねぎ、そしてマグワイアマネーで買った牛肉……。

 今日のメニューはなかなか豪勢になりそうだ。

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