傷モノ令嬢、好ましさと同時に

「公子様、こんにちは」


 カールトン侯爵家の侍女に案内されて四阿にきたロークをルシールはキレイなカーテシーで出迎えた。


「本当なら来週の予定が、急な訪問になってしまって申し訳ない」

「いいえ、仕事がお忙しいのですもの」


 ルシールの視線の先で、ロークが持ってきた花束を侍女に渡している。

 この時間を作るのも苦労しているだろうに、


(律儀な方だわ)


 フレデリックの婚約者という立場にあったため、側近のロークとそれなりの交流はあった。

 しかしロークは口数が少なく、ロークより先に他の者たちが話しかけてくることが多かったためルシールはロークとあまり話したことがなかった。


 君を愛することはない宣言はなんのためだったのか。


 最初は「妙な期待をするな」と自分に釘を刺したのだとルシールは思っていた。

 しかし急な仕事でも予定を変更して、花束片手に会いに来る律儀なロークと交流しているうちにあれは自分への気遣いだったのかもしれないと思うようになった。


「お時間を作ってくださってありがとうございます」

「婚約者の義務ですから」


(ふふふ、やっぱり面白い方だわ)


 政略的な婚約であっても交流すべきという風潮がある。

 そのため多くの貴族が月に一回くらいお茶を共にしたり観劇に行ったりしているが、あくまでも『多くの』であって全員ではない。


 実際にフレデリックは遊びに夢中でルシールとの約束はドタキャンばかり。

 ティファニーと噂されるようになってからは約束さえなくなっていた。



「なぜそんなに楽しそうなのですか?」

「公子様が面白い方だから、でしょうか」


 ルシールの答えにロークが軽く目を瞠る。


「初めていわれました」

「まあ、そうなのですか?まあ、私の個人的な感想ですので」


 そう言ってにこりと微笑んだルシールから気まずそうにロークは視線をそらす。


「無礼な奴の間違いでしょう、私はあなた以外に恋しい女性がいるのに」

「いいえ、そんなことはありません。だって、私は気にしておりませんもの」


「気にしていない、ですか?」

「ええ、結婚するのに恋も愛も必要ないですよね?」


 愛や恋はなくても、婚姻証明書に二人の名前を書けば成立する。

 

 はっきりと言ったルシールにロークは再び、今度はさっきより多く目を瞠ったが、ルシールの言葉に納得できるものはあったのだろう。


 「なるほど」と真面目にうなずくロークにルシールは軽やかな笑い声をあげた。

 

「ほら、やっぱりソニック公子様は面白い方ですわ」

「私も、あなたは面白い人だと思います」


「まあ、そんなこと初めていわれましたわ」

「どちらも初めてですね……俺のことはロークで。君も、ルシールと呼んでもいいかな?」


 婚約に対して前向きといえるような態度になったことに、ルシールはずっと疑問に思っていたことを訊ねた。


「ローク様、どうして婚約を受けいれたのです?ずっとは無理でしょうが、しばらくは婚約しなくても大丈夫だったともうのですが」

「厄介な親戚がいてね。まあ、俺も結婚しないは許されないとは思っていたんだが」


 恋に破れて自棄になっていた。

 先に続く言葉を理解して、自棄っぱちゆえの行動だと分かっているようで一安心した。


 公爵家の唯一の子どもであるロークに結婚しないという選択肢は許されない。


 他の家ならば廃嫡して親戚筋から養子をとるという選択ができるが、王家の血を保護する役割をもつ公爵家の場合は血のつながりと濃さが重要である。



「毎日毎日結婚相手はどうすると聞かれ続け、ずっと無視していたところで最終兵器が投入された」

「どなたですか?」


「祖母だ。俺の代わりに自刃して天に詫びると、実際に短刀の切っ先を自分の喉にあてて脅してきた」


「まあ、素晴らしい胆力ですね」

「そこ、感心するところか?」


 曾孫を己の命で脅す祖母を「素晴らしい」と称賛するルシールにロークは呆れる。


「君は祖母と気が合いそうだ。そう言えば、先日の母との茶会はどうだった?」

「とても美しい謝罪を見せていただきました」


「何が、どうして、そうなった?」


「婚約式のときの私たちの会話をご存知で」

「ああ、なるほど。それで謝罪」


「あのような美しい、腰を直角に曲げた美しい謝罪は初めて見ました。流石、社交界の花といわれるセラフィーナ様ですわ」


「いや、なんでそこでウットリするのかな」


 コロコロと笑う楽しそうなルシールは、ロークが「そっとも十分おもしろい」と苦笑しながら呟いていたことに気づかなかった。


 ***


 ロークとルシールは三ヶ月間を婚約者として過ごして結婚式を挙げた。

 異例ともいえる早さだが、二人の事情は周知されているので『いまさら』という判断だった。


 両家ともに高位貴族、身内だけの婚約式と違って結婚式の規模は大きかった。

 その盛大さにロークは呆れたが、「自分の結婚式でもあるから」とできる限りの準備に参加するロークの律義さにルシールは心が穏やかな気持ちになった。


 特別に想われているわけではない。


 しかしフレデリックに長く無碍に扱われていたルシールにとっては義務感による行為でも心が温まった。


 ルシールとロークの結婚は互いの領民にも歓迎された。


 二家とも善政で領地を治めており、優しい領主だったが甘やかしていなかった。

 つまりルシールとロークの結婚を商売のチャンスととらえるくらい鼻のきく領民だった。


 結婚式で特産品をアピールしようと彼らは奮い立ち、教会に飾る花からパーティーでふるまう料理の材料まで、全て二つの領地で手配して王都に運ばれた。


 真面目な彼らは成長に余念がなく、互いの領民たちは結婚式の準備を通して交流する中で特産品や技術を融合させた。


 「どうでしょう」という新商品をルシールは採用。

 花嫁のヴェールは、カールトン侯爵領の絹にソニック公爵領の装飾師たちが腕によりをかけて刺繍をほどこしたものだった。


 花嫁衣装の最終確認に同席したロークの祖母は涙した。

 自刃騒動を起こしたとは思えない上品なご夫人だと思いながら、結婚を強要したことは間違っていなかったかという目でルシールをチェックする彼女の目にロークと同じ律義さを感じた。


 結婚式の会場は赤、白、ピンクの可愛らしい仕上げになった。

 クールで口数の少なく、怜悧な美貌の花嫁たちが浮いてしまうくらいに。


「うちの特産品が苺ではなく、ブドウやレモンならよかったのですが」

「君には可愛いよりも美しいのが似合うだろうが、こういう雰囲気も似合うと思う」


(やっぱり律儀な方だわ)


 ウエディングドレスから披露宴用のドレス姿に変わったルシールをロークは褒める。


「ありがとうございます。わたくしも花嫁のジンクスには人並みの憧れがありましたの」


 初めて聞く言葉にキョトンとするロークに、ルシールは「借りたもの」「新しいもの」「古いもの」「青いもの」を身につけた花嫁は幸せになれるというジンクスを教える。


「そんなものが……あ、いや、ただ、その俺は花嫁ではないから」


 ルシールの説明に対する己の反応が結婚式に興味がないように聞こえてしまったのでは?

 そう思ったらしく慌てて言い訳するロークに、やっぱり律儀だとルシールは笑う。


 ルシールは自分が着ているドレスを見下ろす。


「侯爵夫人のデビュタントのドレスを借りたんだったよな?」


 『借りたもの』。

 ルシールにとって憧れのドレスで、幼い頃からデビュタントでこれを着たいと思っていたが、フレデリックが準王族の品位に合わないと反対されて着ることができなかった。


「伝統的な意匠が刺繍されたヴェールによく似合っている。それじゃあ、新しいものはその靴かな?」

「先ほど兄から贈られました。まだ準備途中なのに、靴を慣らすために歩いておいでと部屋を追い出されてしまいました」


 そう言いつつもルシールは嬉しそうに微笑む。


「さっきから背筋がゾクゾクするのは令息と侯爵のせいだな。『嫁に出すのはまだ早い』と泣いているのだろう」

「嫁入りといっても馬車で三十分、互いの領地も隣同士だというのに」


 大事に守ってきた者が他の男のものになる複雑な心境はルシールには難しかった。

 逆に義父になる侯爵から「一人目はぜひ娘を」といい笑顔を向けられたロークはそれを理解し苦笑していた。


「やっぱり嫁にやらんとなったら戦争が起きるな、うちも君を大歓迎しているから」


 ロークの母セラフィーナがルシールに贈った首飾り。

 彼女が自分の祖母から譲られたアンティークの首飾りが「古いもの」だと直ぐに気づいたロークの言葉にルシールは嬉しくなる。


「その青い耳飾りは、ソニック領の職人のものか?」

「はい。セラフィーナ様の首飾りに合わせて作られたものだと公爵閣下が」


 次期公爵夫人が身につけると聞いて職人は気合を入れたらしい。

 大きな青いサファイアがはまった耳飾りはそれなりに重く、


「張り切り過ぎだ。全く、耳たぶが伸びてしまっているじゃないか。痛くないか?」

「大丈夫ですわ」


「それじゃあ、ひとつは俺の耳につけよう。シンプルなデザインだし、男の耳についていても不思議はないだろう」


 そう言ってロークはルシールの答えを聞く前に、ルシールの右耳についていた耳飾りを外して自分の右耳につけた。


 「やっぱり重いじゃないか」というロークの気遣いに心が温まると同時に、ひとつのものを分けて対になっていることにルシールはそわっとした。



(これって、なにかしら?)

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