第1話 ブレイブ・リンク・オンライン

「あんたなんか嫌い!!なんでそういつもいつもそんな顔をするのよ!!本当に不愉快!!」




その日俺が唯一信頼し、心を許していた幼馴染に捨てられた。




彼女は俺のことを突き飛ばすとくるりと回転し、足早に廊下を歩いて行った。幸い、ここは音楽室の前の一本道である。昼休みの時間にこんな場所に来る奴なんていない。よって俺が無様に捨てられ、涙を流していることに気が付く奴はいないだろう。




俺の名前は新藤陽。どうしようもなくブサイクで、冴えない中学三年生である。




俺は小さい時からどうしようもなくブサイクだった。自分の顔に自信のない奴ですら優越感を覚えるほどにだ。鼻はぺちゃんこ、目は小さい。顔がでかくて、ださい眼鏡をかけている。所々にニキビもできているし、あまりいい匂いもしない。




唯一身長は人並みあるが、ただそれだけだ。




小学校の頃から俺はいじめられていた。小学校時代のあだ名は『妖怪』。妖怪みたいに気持ち悪い顔をしているからだそうだ。そして中学校に上がるといじめはどんどんエスカレートしていった。




物を隠されるのは日常茶飯事。机への落書き、ネットでの悪口。仲間外れ、陰口、暴力。しまいにはわざと水をかけられたり、足を引っかけられたり。お金を取られたこともあった。




そんな俺を両親は煙たがった。両親は何でもできる完璧な兄さんばかりを見て、俺には一度も話しかけてこなかった。本当にごく稀に、事務的な会話をするのみだ。そして兄さんは一度もそんな俺を庇ってくれたことはなかった。




学校ではいじめられ、家では孤立した。そんな俺が今まで生きてこられたのはひとえに美鈴のお陰だろう。彼女は俺の幼馴染で同級生。俺とは正反対の美人で胸の大きさも凄まじい。スタイル抜群で頭も良く、面倒見のいい子だった。




彼女はいつもそんな俺を慰めてくれた。傍にいてくれた。庇ってくれた。美人の美鈴が俺を庇う度、俺へのいじめはエスカレートしたが、そんなことがどうでもよくなるぐらい俺は嬉しかった。この人は天使だと。そう思っていた。




でも、捨てられた。裏切られた。




二人でいて楽しかったのは、俺だけだったのだろうか?彼女が俺に見せた笑顔は作り物だったのだろうか?庇ってくれたのは、傍にいてくれたのは、単なる気まぐれとでも言いたいのだろうか?




いや、そんな事はどうだっていいんだ。もう俺には生きる理由が無くなってしまったのだから。




学校が終わると、俺はゆっくりと近くを流れる川へと向かった。今は夏真っ盛りでとても暑いはずだが、俺は何も感じなかった。




橋の上まで来た。十メートル下には大きな川が流れている。ここに飛び込めば、俺の糞みたいな人生は終わる。ようやく解放される。まさか五年流していなかった涙が、今日流れてしまうとは思っていなかったがもうそんなことはどうでもいいのだ。




「・・・・・」




何も言い残すことはない。言い残せる人もいないのだから当然だ。俺は柵に足をかけ、体を乗り出した。後もう少しだ。もう少しで・・・・・




「待った待った!ストップ!」


「?」




突如現れた男はそう言って俺の制服の裾を無理やりに引っ張って、柵から強制的に引きずりおろした。




「自殺はよくないな」


「誰だ・・・お前・・・?」




目の前には茶髪の好青年がいた。見た目の年齢は俺と同じのようにも見えるが、顔の出来は正反対だ。とても整った顔立ちだ。もちろん眼鏡なんてかけていない。




「俺か?俺はケイトだ。よろしくな!」




そう言ってケイトは俺に右手を差し出してきた。俺は柵から引っ張られたせいで尻もちをついているんだった。忘れていた。




だが、俺はこのイケメンの手を取るわけにはいかない。俺がこの世で最も憎いのは、こうして俺の事情なんてお構いなしに正義の味方面してお節介を焼いてくる偽善者だ。




「なんのつもりだ・・・」


「何って。落ちようとしてたから止めた。それだけだよ?」


「勝手に言ってくれる。誰が止めろなんて頼んだ?」


「誰にも頼まれてないね」




俺は怒り心頭といった表情と声でケイトを威嚇した。今も物凄い表情をしているのだろう。ブサイクが余計ブサイクになるなんて滑稽な話だ。




「じゃあなんで止めた?何も知らないこの偽善者が!」


「それは悪かったね。勝手に止めてしまって。でも死のうとしている君をみたら居ても立っても居られなくなってね」


「は?お前には関係ないだろうが!」


「関係なくないさ。だって今の君は昔の俺みたいだったからさ」


「昔のお前・・・?」


「そうさ。昔の俺も今の君みたいな目をしてた。この世に幸せなんてない。あるのは絶望だけだ。いっそ死んでしまったら楽になるんじゃないかってね」




簡単に言ってくれると思ったが、ケイトの沈痛な面持ちを見るにあながち嘘ではないようだ。俺は威嚇をやめ、黙って話を聞くことにした。




「俺は小さい頃に交通事故で親父を亡くした。その頃の記憶は一切ない。まだ幼かったってのもあるかもしれないな。その後からお袋はおかしくなっていった。一日中酒に溺れ、ロクに生活しようとせず、しまいには俺にまで八つ当たりしてくる始末だ。笑えねえ話だよな・・・」




ケイトは苦笑いしながら腰に手を当てた。気が付けば頬に一筋の涙が伝っていた。




「それからお袋は薬の大量服薬で自殺したよ。俺がまだ五歳の時だ。その時は流石の俺も死のうと考えたぜ。お袋の後を追ってな。まあその後なんやかんやあって今ここまで生き続けているって話だがよ」


「お前はどうやってその苦しみから逃れたんだ?俺は一体どうしたらいいんだ・・・?」


「俺は養子縁組で引き取られたんだ。そこの親父とお袋は優しくてな。俺のすさんだ心は幾分か安らいだってわけよ。だからさ、君も居場所を作ればいいんだ。どこでもいい。心の拠り所をね」


「心の拠り所?そんなのリアルにあるわけないじゃないか!俺は別に親が死んで養子縁組に引き取られるわけじゃない!それにどこに行ったって俺のこんな醜い顔見て、助けようなんて思う奴いるわけが・・・!!」


「いるじゃねえか。ここによ」




そう言ってケイトは右手の親指を立てて、自分に向けた。先程まで頬を伝っていた涙は気が付けば消えていた。夕日が差し込んできて、少し眩しい。




「お前が・・・?」


「ああ。俺が君を助ける。助けたいんだ。それに心の拠り所はリアルだけとは限らないぜ」


「リアル以外で・・・?」




ケイトはポケットからスマホを取り出すと何かを検索し始めた。そして数十秒後、俺にスマホの画面を見せてきた。




「ブレイブ・リンク・オンライン?」


「そう。居場所はゲームの世界に作ればいい。丁度明日から発売だ。土曜日だし、一緒にやらないか?」


「そうやって甘い言葉をかけて、俺に荷物持ちでもさせようってことか?それとも肉壁か?都合の良い駒にでもしようってことか?」


「違う!そうじゃない!俺はただ純粋に君と一緒にプレイしたいだけだ!それ以上も以下もない!」




先程までとは打って変わってケイトは声を荒げた。俺が余計なことを口走ったからだ。いつもそうだ。親切で折角誘ってくれたのに俺はこんなことしか言えない。最低だ。屑だ。




「ごめん・・・少し言い過ぎたよ。親切にしてくれてたのに酷いよな。俺って」


「こっちこそいきなりごめんな。いきなり現れて一緒に居場所を作ろうなんて言ってくる奴とか信用できないよな。だけど、俺は本気だ。君と一緒に居場所を作りたい!学校では冴えない奴がゲームの世界では最強の戦士って呼ばれる夢を叶えたい!一緒に居場所を世界を、そして伝説を作ってくれないか?」




そう言って初めのように俺に向けて右手を差し出してきた。相変わらず夕日が眩しい。俺はその手を取って立ち上がった。ケイトが強く俺を引っ張った。




「これからよろしくな!相棒!」


「ああ。こっちこそよろしく!ケイト!」




夕日を前に俺達は固い握手を交わしたのだった。




ブサイクとイケメン。決して相まみえることのない名コンビはこうして誕生したのであった。




彼らは後にこう呼ばれることになる。




『始祖』




と。

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