序章 くりかえす戦争は終わらない
罪に与えられた猶予
校門を出て少しした夕暮れの中、閑散とした公園を歩いている時の事。
まだ学校敷地内の賑やかな生徒の声が耳に残っている。
高校の近隣にあるその公園はかなり大きく、複数のエリアに分けられているほどだ。
木々や草花に囲まれて帰路につく、これが日常の光景。
秋になるときれいに紅葉し、一層華やかになる。そうやってまた一年を過ごしていく。
そう思っていた。
───だが、どうやらこの世に当たり前は存在しないらしい。
いつもの道、いつもの光景、そんな当たり前に過ぎていくと思っていた、そう思っていたかった日常がその日......終わった。
─────────
──────────────
「ん────」
意識が戻り、目が痛い。と脳が唸りを上げた。
視界も頭も真っ白に埋め尽くされている。
虚ろで焦点が定まらず、ぼやける視界も思考が出来ず、何も出来ない現状も次第に回復していった。
ここは?
当然の疑問だ。真っ白で明るい見知らぬ部屋で椅子に縛られているのだから。
その部屋には自分と自分を縛り付けている椅子、そして対面にもう一つ椅子がおいてあるだけ。
それ以外の情報はなにもない。
......怪我は無い?
少し冷静になってきて初めて、自身の身体に意識を向けた。
すると驚くことに、擦り傷切り傷の一つもないどころか、体のどこも痛くないのだ。いや、正確には縛られている場所は多少痛みを生じているのだが。
そして、体が微塵も動けない理由もわかった。それはこれでもか、というほどに縄で縛られていたからだ。体を椅子の形に矯正するかの如く厳重に。
無機質で何処か不安感を煽るこの部屋で一人きり、余計なことを考えないようにと記憶の整理を始めた。
何故こんな場所にいるのか分かるかもしれないと、一縷の望みを掛けて。
───すると下校中より先の記憶が無い事が分かった。
あの公園......じゃぁ俺は? つまり何だ───
いや、いつも通り歩いて............何時から記憶がない? どこで途切れてる?
公園内での最後の記憶が曖昧で、時系列に齟齬が起きてしまう。
恐らく何か大事な決定的記憶が抜け落ちて、その結果、それに関係する記憶が曖昧なのだろう。
分からないなら分からないなりに、どうにか思い出そうと俯き思考を巡らしていると───。
「答えは出たか?」
「ッ────」
誰だ? いや、どこから? いつ?
その言葉に巡らせていた思考は壊れ流された。
今はただ、そこにいる男への疑問がグルグルと繰り返し巡り続ける。
「初めまして
「......」
その男は音も無く、気づけばそこにいた。壁に寄りかかりこちらを見るその顔から感情を感じられない。表情は和らげなのに目の奥が笑っていない、何処か能面の様な印象を感じた。
男は目算180cmを超える高身で、スーツのような服を着ていた。
頭の中には、ただ不可解という文字が浮かんでいる。
しばしの沈黙の後、何も理解できていない肴成の対面にある椅子に男が腰掛けた。
「君は何故、このような状況に置かれているか答えられるか?」
「.........」
正直な話、心当たりはあった。
なら何故答えなかったのか、男が怖いから? 変な意地を張っている?
どちらも否だ。なら何故か? 簡単だ、話せば認めたことになる。そうなれば終わりだ。
こんな状況に置かれる理由があるなら二つだろう。
単なる愉快犯か、過去の清算か───。
恐らくは後者。
「反応が無いと進まないのだが? 答えがわからないなら頭の中全部話せ」
「────お前、何なんだよ......」
「...端的に言えば政府直属の異能力者だ、これで絞れたか?」
男はまるで心を読んでいるかの様な言葉を放った。
それにより確信した。知っているのだろう、この男は。
───あの事件を。
俺の過去を────全て。
その瞬間、得体のしれない感情が、
そしてそれに反応するように脳がこの男はダメだ、危険だ。と忌み嫌った異能を拒み封じた力をぶち込めッと命令してくる。
恐怖が込み上がり。
この後俺はどうなる? と。焦り、疑問、畏怖......。混ざり合う感情が遅れて蝕んでくる。
生殺与奪を、自身の運命を相手に握られている感覚。
たった五度口を開いただけで、たった五分にすら遠く届かないような短い時間で、壊された。
「続きを話せ、質問には答えてやる」
「.........」
ぁ、ぇ、と静かな部屋で聞こえるか聞こえないかほどの小さな呻きを上げるだけで、喋ろうとしない。
「ァッと......くて───ッぇ...ぁ────」
「.........」
いや喋れ無いのかもしれない。だがそんなことは関係無い。
男は表情を変えない。この部屋に入ってきてから一度も、ずっと、ずっと、ただ見ているだけだ。そこに感情は無い。何も感じていないのだ。
ただの作業でしか無いと言わんばかりに───。
何分立っただろうか、ついに肴成の姿にしびれを切らし。
パンッ
と手を叩き。
告げた。
冷酷に。
無慈悲に。
確実に希望を摘んだ。
「よく平然と日常を送れたな...二十人殺し」
その言葉を聞いた瞬間、視界が─────。
気づいた時には耳鳴りが甲高く鳴って......流れ出す忘れもしない
鮮明に、過去の自分を追体験している様に───。
─────────
鈍い痛みを頬に感じて、瞼を開きぼやける視界。
自分の意志とは関係なく視線が上へと上がる。
男が顔を掴み、こちらの目の中を覗き込んでいる。
「無駄に時間を取らせるな」
揺らぐ視界の中、男の顔だけははっきり見えた。
どこまでも冷たい、絶対零度の目の奥が──。
「───じゃない」
「ア゙?」
「俺じゃない───」
とっさに出た言葉は否定だった。
俺じゃない、俺の意志じゃない───俺はやってない。
そんな否定の言葉だけは、この後もすんなりと口から出る気がして......実際話すとその他の言葉も出るような気がした。
「た、確かに......俺はその場にいた。俺の異能だった──でも、違う......俺じゃない、違うんだ。気づいた時には......もう────」
話せた。
それはいい、だが、自分でも何がなんだか分からなくなった。
その後も喋った、頭に思い浮かんだことを、全部、全部、男に言われるがままに。
その間、何度同じことを繰り返し言った? グルグルとしつこすぎるほどに。
重く、重く、のしかかる沈黙の重圧。
時間が進むたびに精神が崩れていきそうだ。
「証拠も根拠も無い願望はいらないのだが? 檮昧で愚鈍、するならまともな言い訳にしろ」
いい表しようも無い絶望が侵食してくる。
呼吸が粗くなり何も考えられない。
汗がダラダラと垂れ、俯き、放心状態から一転、動き出した。
必死に繋ぎ止めている意識も、もう限界が近い。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ───────────。
と拒否反応を起こした脳が必死に流れ込む記憶を掻き消そうとするが、意味は無かった。
止まらない。
終わらない。
繰り返し繰り返し──────。
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し
あの光景が、匂いが、感覚が、感情が、トラウマが、顔が───。
消えない。こびりついて。
脳を焼く。狂い死にそうだ。
カタカタと縛られ動けない体が揺れ、必死に抵抗しようとしている。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ─────。
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