第6話 後輩ちゃん、添い寝ーる

【場所 放送部部室】


 ピコピコとテレビゲームの音楽。


「く、この! いい加減に……!」


「むははっ、バナナしか手に入らないなんて寂しいですねぇ!」


「やった! キラーゲットォ! しゃおらー! どいたどいたー! 後輩ちゃんのお通りだー!」


「よっしゃー! 差し切ったー!」


「後輩ちゃん、大勝利! ……え? その前に10戦くらいやって、やっと1勝しただけだろ……? ふんっ。いいんです。ワタシのモットーは、勝ち逃げ上等、終わりよければすべてよし! 最後の1ゲームに勝てれば総合的にワタシの勝ちなのです!」


「……なんですか? その生暖かい眼差しとほほえみは。もっと悔しがってくださいよ! せっかくワタシの勝ちなのにー! むーん」


「まあいいや。ゲームはこのくらいにしておきましょうか。えーと、今の時間は……」


「わ、結構遅いですね。うーん、そろそろ寝ます? はい、そうしましょっか」


「えっと、先輩。お布団とソファーがあるじゃないですか。先輩はどっちを使います? え? ワタシが選んでいいんですか? うぇへ、ありがとうございます」


「じゃあ、ワタシはソファーの方を使います! ん? 布団じゃなくていいのかって? はい。このソファー結構広いですし、ワタシ一人寝るくらいなら十分なのです。それにワタシ家ではベッド派なので、こっちの方が落ち着くなって思って……」


「別に先輩に気をつかってとかそういうのはカケラもありませんので、どうぞ先輩はお布団をお使いください!」


「えっと、掛け布団は……このブランケットを使いましょうか。はいどーぞ、先輩の分です。それじゃあ、電気消しますよー」


 後輩が部室の電気のスイッチを消す、パチっという音。


 しばらく沈黙。

 部室内にザーザーゴウゴウと暴風雨の音が響く。


「先輩、まだ起きてます?」


「ふふっ、よかったです。安心しました」


 またしばらく沈黙。室内に響く暴風雨の音。


「雨……すごいですね……」


「ねえ、先輩」


「もしこの雨がずーっと止まないで、この学校以外、世界の全部が水に沈んじゃったらどうします?」


「え、なにアホなこといってるんだって……? うぇへへ、そうですよね。でも、ほらすごい雨の音ですよ。真っ暗な部屋の中でこの音を聞いていたら、なんだかそんな気分になってきちゃいません?」


「お母さんもお父さんも、仲のいい友達も皆いなくなっちゃって、世界にワタシと先輩だけになっちゃったら――どうします?」


「……一人よりは二人のほうがマシ……? うぇへ、そうですね。ひとりぼっちになるよりはいいですよね。まったくワタシも同感です」


 またしばらく沈黙。室内に響く暴風雨の音。


「ねぇ、先輩?」


「あの、その……」


「一生のお願いがあるんですけど、聞いてもらってもいいですか……?」


「その……」


「やっぱり、ワタシもお布団に入っていいですか?」


「いえ、その……ソファーと布団を交換したいっていうわけじゃなくて……そのぅ……」


「うー先輩のバカァ。ワタシが先輩のお布団の中にオジャマしていいかって聞いてるんです! それくらい察してくださいよぅ」


「ワタシも流石に自分が変なコト言ってるってわかってます……いつもみたいに先輩をからかおうとか、そういうのじゃないんです」


「あの……部屋が真っ暗になって、先輩の姿が見えなくなったら、その……不安になっちゃって……先輩がいなくなっちゃったらどうしようって……怖くなってきちゃって……」


「そんなわけないだろって? モチロン、自分でも分かってるんですけれど……」


「いえ、そうですよね。ゴメンナサイ。忘れてください。大丈夫です、きっと台風のせいでちょっと不安になっちゃっただけですから。気にしないでください」 


「それじゃあ、先輩。おやすみなさい……」


 沈黙。

 部室内にザーザーゴウゴウと暴風雨の音が響く。



「……え?」


「ホントですか? いいんですか……?」


「先輩……」


 ソファから後輩が起き上がる音。

 後輩があなたのもとに近づいてきて、布団の中に潜り込む音。

 間近で感じる後輩の気配。

 以降、あなたの耳元で後輩の声が聞こえる。


「うぇへへぇ……先輩。ありがとうございます。ホントに嬉しいです」


「……この布団、二人で入るとやっぱりちょっと狭いですね。でも、あったかくて、ワタシはこっちのほうがいいです。とっても安心します」


「……先輩、その体勢さすがに窮屈じゃありません? もっとそばにきてください。ね?」


 ガサッと布団の中で動く音。

 後輩の体に触れる感触。


「あっ――」


「い、いえ、なんでもありません。大丈夫です」


「うん、いい感じです。うぇへへっ……先輩の匂いがする……すんすんっ……え? こそばゆいからやめろ? はーい」


 後輩があなたの胸元や上腕を触る感触。


「先輩って遠目で見てると痩せてみえますけど、実は結構筋肉あるんですねぇ。うぇひ、ちょっと力こぶつくってみてくださいよー。ダメ……? ケチ……」


「……先輩。すごいドキドキしてますね。心臓の音が聞こえます。しょうがないだろ? こんなに女子と近づいたことなんてないんだからって……? そうですよね、ワタシも初めてですもん」


「だから……ワタシもすっごくドキドキしてるんですよ……?」


 後輩がギュッとあなたを抱き寄せる感触。


「えいっ――」


 ジャージが擦れる音。

 トクン、トクン――とあなたの耳に響く後輩の心音。


「ほら、先輩……ワタシの心臓の音、聞こえます?」


 あなたはトクン、トクン――としばらく後輩の心音を聞く。

 以降、後輩の声のバックに、心音が響く。


「ねぇ、先輩」


「ワタシ……先輩が近くにいてくれるって思うとすごく幸せな気持ちになります……胸がポカポカと暖かくなって……」


「でも、そのうち身体の奥がじんじんしてきて……最後にはなんだか切なくなっちゃうんです」


「今も……とっても切ないです……」


「先輩……」


「先輩にとってワタシはただの部活の後輩なのは分かってます。先輩を困らせるつもりはないんです。明日からはちゃんといつものかしましい後輩ちゃんに戻ります」


「でも、今だけは……」


 心音のスピードが速くなる。



「今だけは……アナタに恋をしている女の子でいてもいいですか……?」



 そのまま、しばらく心音は続き、やがてフェードアウト。

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