第4話 後輩ちゃん、帰れまてん


 ザーザーゴウゴウと、雨風が吹き荒ぶ音。


「――ぱい、せんぱい。先輩!」


「先輩ってば。せんぱーい! 起きてください!」


 ガサッとあなたがソファから上体を起こす音。


「ああ、やっと起きた。よかった……て、全然よくないんですよ。大変です!」


「あの後二人ともぐっすり眠っちゃったみたいで、いつの間にか夜になっちゃいました!」


 あなたはソファーから立ち上がり、部室の窓の方へ近づく。ガタガタと窓が揺れる音と、窓越しでもその強さがわかるくらい、台風の影響による暴風雨の音が響く。


「今調べたんですけど、電車も全線運休みたいです。天気予報だと明け方までずっとこの調子らしいし……この天気の中、しかも夜に、親に迎えに来てもらうわけにはいかないし……」


「先輩……どうしましょう……ワタシたち、帰れなくなっちゃいました……」


 しばしの沈黙。

 部室に響く暴風雨の音。


「……え? 心配するなって? 一泊くらいなんとかなる?」


「……」


「そっか……うん、そうですよね。部室には買い置きのお菓子とかカップラーメンとか食べ物もいっぱいありますし、ソファーにお布団だってありますもんね」


「うん、先輩の言うとおりです。一泊くらいなら全然大丈夫そうですね!」


「うぇへへ。ありがとうございます。先輩のおかげで後輩ちゃんの不安だった気持ちはスッカリ晴れました。やっぱり先輩は頼りになります」


「それに……よく考えたら……うぇひひっ。今日はずーっと、先輩と二人っきりなんですね。うぇひひひ」


「あ、じゃあワタシ、ちょっと両親に連絡してきますねー!」


 後輩、部室の外にでる。

 廊下から親に電話をする声が聞こえてくる。


「あ、お母さん? うん。大丈夫、今学校。ちょっと色々あって帰れなくなっちゃって――」


「うん、大丈夫だよ――先輩も一緒だし。ほら、いつも話してるあの人――うん。そう。だから、安心して。学校で一泊して、明日の朝、天気が落ち着いてから帰るね。はーい」


 電話を終えた後輩、部室に戻ってくる。


「お待たせしましたー! 外泊許可でましたー! やっほーい!」


「……え? 俺と一緒にいるってことしゃべって大丈夫だったのかって? なんでです? 全然問題ないですよ?」


「ん? 年頃の女の子が男と一泊するって色々問題があるだろって? 余計な心配させちゃう?」


「……」


「先輩、今晩ワタシのこと……襲っちゃうつもりですか?」


「うぇはひひひっ。ごめんなさい、冗談です。先輩がそういうことするような人じゃないってこと、わたしよーくわかってます」


「それにうちの親なら大丈夫です。お母さんもお父さんも、先輩のことよぉーく知ってますから。もう我が家にとっては先輩は身内ですよ身内。え、一度も会ったことないけど……? まぁまぁ、こまけえこたあいいんですよ」


「それより安心したらお腹がすいてきちゃいました。晩ごはん食べましょーよ」


「あ、先輩はどうぞそのままおくつろぎください。後輩ちゃんが先輩のために愛情こもったお手製料理をふるまってあげますから! ……え? カップラーメンにお湯を入れるのは料理のうちに入らないぞ?」


「……」


 後輩があなたに急接近して耳をくすぐる。


「うるさーい! 耳がよわよわのざこざこのくせにー! くらえー! こーちょこちょこちょっ!」


 ***


 ポットでお湯を沸かす音。

 お湯をカップラーメンに注ぐ音。

 三分タイマーが鳴る音。


「できましたー! いただきまーす!」

 

 ずるずるずるというラーメンをすする音。

 ゴクっとスープを飲む音。

 

「ふーっ、美味しかったー! ごちそーさまでしたー」


「うぇひ、夜の部室で二人きりで食べるカップラーメンの味は格別でしたね。なんだかちょっぴりイケナイことをしている気分です。誰にもナイショでこっそり夜遊びしているみたいな。先輩もそう思いません?」


「さてさて、お腹もいっぱいになったことだし、この後はどうしましょうか。寝るにはちょっと早い時間帯だし――」


「あ、お風呂……は流石に学校にはないですよねぇ。まぁ1日くらいなら入らなくてもガマンできますけれど……」


「え? 体育館のそばにシャワー室あったろって? せ、先輩……! そこに気づくとはやはり天才ですか? もしかしてメンサの会員だったりします? うぇひひ、シャワーだけでも浴びれたら十分ですよ!」


「えっと、着替えは……ジャージがあるからこれでいーや。よし、そうと決まれば善は急げです。先輩、早速いきましょー!」


「……え? 俺はめんどくさいからパス? 部室で待ってる? ハァ……どんだけめんどくさがり屋さんなんですか。さっき先輩のことをほめちゃったの後輩ちゃんはちょっぴり後悔ですよ……」


「じゃあワタシはシャワー浴びてきますね。先輩はここで苔むしててください。じゃあいってきまーす」


 ガラガラと部室のドアを開けて、後輩が外に出て行く。

 それからすぐに、後輩が戻ってくる。


「……どうしたって? いえ、忘れ物をしたわけじゃないんですけど……その……」


 後輩の声が近づく。

 グイッとあなたの手を掴む。


「や、やっぱり先輩もシャワー浴びましょう! 夏ですから! 汗もいっぱいかいてますし、先輩クサイです! ゲロ以下の臭いがぷんぷんします! だからキレイにならなくちゃ! さぁさぁ! ワタシと一緒にシャワー室まで! フォロ・ミー!」


「……え? 一人で夜の校舎を通ってシャワー室まで行くのが怖いんだろって?」


「……」


「そ、そそそそそそそそんなことないデスヨ。何言ってるんですか。子どもじゃないんですからぁー。大人のレディをつかまえてやだなーもう。ワタシはただ先輩がシュールストレミングみたいに臭くならないように気を使ってあげただけで――」


「な、なんで笑ってるんですか〜! だから怖くなんて……え? わかったよ? 一緒に行ってくれるんですか……?」


「……ありがとうございます、先輩。うぇひっ」

 

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