第38話 それ以外を無視してでも達成したい望み、それが夢。

 その日の夜、俺はウォーケンが使うベッドに潜り込んだ。たった一日ぶりなのに、同じ宿に泊まるのを久しぶりに感じる。


「……どういうつもりだい? 前にも言ったが俺に少年を抱く趣味は——」

「知ってる。そんなんじゃない」


 ただ、話をしたいだけだ。

 ウォーケンは寝返りを打って向こうを向く。


「寝首をかくなら今だぜ?」

「起きてるじゃん」


 俺もウォーケンに向く事なく、部屋の中央に向いていた。


「——ウォーケンさん。昨日俺、ギリさんと風呂に入ったよ」

「む」


 案の定の反応だ。


「おっぱい、大きかったなぁ」

「やめなさい。俺は大人だ。女の裸に一々動揺することはない」

「本当に?」

「……嘘だねぇ。何処か触ったかい?」


 ふふ、すげー下品。


「教えない。ただ、綺麗だったと伝えておくよ」

「意地悪だねぇ」


 ふふふ。


「なあ、あんた、独立しないのか?」

「独立? なんの話だ?」

「トップ以外は旨みがないんだろ? だったら——」


 俺は世の中の事をあまり知らない。知らないが、ウォーケンならきっと、表でも裏でも、上手くやって行けそうな気がする。


「ああ、旨みは少ないが、もう望みは叶ってるからねぇ」

「望み?」

「俺の故郷は、キミが居た国よりも貧しくてねぇ。国の面積の半分以上が砂漠だった。外交どころか、そこに居る人間達が食っていくだけでも一苦労だ」


 ウォーケンの故郷。


「——俺はその国では珍しく、学があった。世界が広い事、知れば知るほど興味深い事を俺だけが知っていた。キミみたいに本の虫、だったからねぇ」


 自分だけが知っている。それはとても寂しい事だ。誰とも話が合わないし、相手に合わせて話す内容を我慢しなければならない。


「俺はねぇ。もっと皆んなの生活に余裕ができれば、学ぶ余裕も生まれると思ったんだ。だから、砂漠を減らそうと思った」

「どうやって?」

「最初は俺にも見当がつかなかったねぇ。だからキミと同じくらいの歳頃に国を飛び出し、あらゆる場所であらゆる事を学び、一つの方法を思いついた」


 思いつけるもんなのか?


「——ゴミだよゴミ。ゴミを砂漠に捨てるんだ。良い案だろう? 誰もが鬱陶しく感じ毎日増えて溢れ続けるゴミを、砂漠に捨てる。それによって砂漠も無くなるんだねぇ」


 ちょっとよく、わからない。


「ゴミで砂漠がなくなる?」

「……俺達生き物はね、死ねばゴミになる。でも、そのゴミを食べて糞に変える生き物が居るから土ができるんだ。砂漠にはそういうゴミが少ない。雨季と乾季の繰り返しにより硬くなった砂も、その生き物達によって柔らかくなる。保水する力もゴミがもたらしてくれる。ゴミは素晴らしいんだ」


 話が逸れようとしている。


「そ、それで? ゴミで砂漠が減ったから、もう望む事はないって事?」

「その通りだ。いや、新たな望みはできたが。一筋縄じゃいかなかったけどねぇ。沢山の金と、人手が必要だった。俺は当初、冒険者になろうとしたよ。一発当てて、沢山の人と金を動かす為に」

「冒険者?」

「でもねぇ、辞めた。物凄く時間が掛かるんだ。その為のお金もねぇ? 冒険者になる為には各国の専門の教育機関に通ったのち、資格を取得しなければならない。なったらなったで、色々な制限が設けられる。公に認められた上級クラスの冒険者でないと、あまり自由な活動はできないんだ。そして、それにもお金が必要」


 そうなのか。

 あれ? でも——。


「兄貴は冒険者をチンピラ、って言ってたよ? 誰でもなれるって」

「元々金のある奴は別だが、借金してそれを目指す。だが、それをやったら最後、金を返す為に活動しなければならなくなる。軍役すれば金が免除になる国もあったが、外国籍の俺の場合、物凄く時間がかかる。現実的ではなかったねぇ」


 兄貴はそんな事、一言も言ってなかった。

 兄貴はどうやって冒険者になったんだ?


「そこで、闇ギルドだよ。此処にあるのとは別のギルドだが、資格なんてなくても実力があれば、それなりに自由にシノギをする事ができる」

「自由に?」

「ああ、強ければねぇ。だから俺は、強くなった。そして、今のギルドマスターに会ったんだ。彼は独立する為に、デカいシノギを俺に持ちかけた。俺は願ったりだったねぇ」

「どうして?」

「彼も俺に協力すると言ってくれたんだ。それほどに俺の力が欲しいと言ってねぇ。そしてシノギの後、彼は約束を守ってくれた」

「砂漠を減らす事ができた?」

「ああ。だから俺も、約束を守り続ける義理があるんだ」


 それが、独立しない理由か。

 望まぬ汚い仕事を敢えて受ける理由。


「……故郷の人達は、どうなったの?」

「さてねぇ? だが、悪い噂は聞かない。きっと俺の願い通りに事が進んでるんじゃないかな。いつか故郷に帰って教師をするのが、今の俺の夢だ」

「教師?」


 学校、とかいうやつの?

 ウォーケン先生、という言葉が頭によぎった。ふざけた冗談ではなかったのか。

 教師なんて見た事はないが、ウォーケンだけはやめた方が良いと思う。


「俺の手は汚れてる。それに、俺の持つ知識は誰かに教える程度の価値しかない。だが、俺とは別の生き方をする子供達になら、何か使い道があるだろうと思ってねぇ。かなり先になりそうな事ではあるが」


 その為にこれからも手を汚し続けるのか。

 自分の夢の為に、他人の夢や希望を無視して奪う——本末転倒とはこういう事を指すのかも知れない。

 だが、それをわかった上で、それをやりたいのだろう。残酷さを理解して想像もできる俺だが、実際に大きなリスクを体験していない。結局周りの大人達に助けてもらってばかりである。だから、ウォーケンにとやかく言える立場には居ない。 


「今行きなよ。見に行くだけなら、別に良いだろ?」

「駄目だねぇ。まだまだやらなきゃならない事が、沢山ある」


 何というか、真面目だ。

 普段はそうは思えないけど。


「ギリさんは?」

「ん?」

「全部終わったら、ギリさんも連れて行きなよ」


 それはギリさんも望む事だろう。


「おいおい、彼女が俺なんかについてくるワケないじゃないか」


 本気で言ってるのか?

 ギリさんのあの言葉を聞いてなくても、子供の俺にでもわかるほどにわかりやすい間柄なのに、何故自分で気づかないんだ?


「俺もあんたの故郷、見てみたい」

「俺の故郷で、俺に復讐するのかい?」


 もう、そんな気は無くなっている。


「あんたが独りぼっちならね。でも、ギリさんと一緒なら、納得して諦めるよ」

「くくく、何だよそれは」


 俺の目標はなくなり、そして夢へとすげ替わる。

 その為にはやはり、強くならなければならない。俺はウォーケンを超えるのだ。

 俺の夢とウォーケンの夢、その両方を早く実現させる為に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る