第21話 上等だ。

 暑い。

 この街のこの店は俺が生まれ育ったあの場所よりも気温が低い。

 しかし、久しぶりに食べた食事が俺に、吹き出る汗を促した。


「なんだ。高い料理も旨いじゃないか」

「どういう意味です? ウォーケンさん」


 ウォーケンの器達も空である。皿に残ったソースが少し勿体ない。


「いやいや、俺のこだわり、というかジンクスみたいなもんだねぇ。高い料理ってのは大抵お値段未満だと勝手に思い込んでいたんだ」

「それは偏見、と云いますわ」


 ギリがわざとらしく顔をしかめる。


「そうとも云うねぇ」


 腹はふくれた。だが疑問が残る。


「ウォーケンさん、地下に用があるって言ってたけど、行かないのか?」


 俺達が飯を食っている間も何人か、俺達の背後を素通りしカウンター横のカーテンに入って行くのが見えた。清潔そうな身なりの連中も居たし、俺たちの様に小汚い奴らも居た。


「ウォルフくん、キミはせっかちだねぇ。そんなにお仕事がしたいのかい?」

「ああ」


 現状、俺がウォーケンの強さに到達する道は、ウォーケンと同じ様な生き方をする以外に考えられない。


「ウォーケンさん。やっぱり、ウォルフくんも……」

「ギリちゃん、この子は違うよ。キミが想像してる場所ではないねぇ」

「……! そうですか」


 ギリは明るい表情を作る。

 何故初めて会った俺にここまで感情移入できるのだろう? 

 あのオッさんにしてもそうだ。

 こんな「良い人達」が、どうしてウォーケンみたいな人間と同じ場所で生きているのか、とても不思議だ。


「ただし、違う意味で酷い環境に感じるかもしれないねぇ。ウォルフくん、覚悟はしておくんだよ?」

「わかってる。そうでなきゃ俺は、お袋と仲良く売りに出される道を選んだハズだ」

「わかってないねぇ?」


 ウォーケンが俺の返事を否定する。「わかっていない」の意味がわからない。


「——キミはこの数日で思い至っただろう。『世の中なるようにしかならない』と。それは真理だが、何かを成そうとする人間の意志とは真反対の考え方だ。まだ始まってもいないのに、自分の事まで他人事みたいに語るのは、良くないぜ?」

「そんなつもりはないよ」

「キミの言動がそうだ。前にも言ったじゃないか。どんな意図や理由があろうとも行動にはシンプルに事実だけがある——ってねぇ。心が人の行動を作り出す様に、行動が心を生み出す事もあるんだ」

「……どういうこと?」


 ウォーケンの、こういう話はわかりづらい。物事の理屈や仕組みなどは俺の目線に立って教えてくれたのに、ウォーケン自身の考えの時は抽象的に話してくる。


「くくく、今のキミの表情を見て、俺は安心してるよ。キミが俺の話を理解できないのはキミがまだ子供であるが故だねぇ。できればそのまま子供でいて欲しいって気持ちもあるんだが」


 あるんだが?


「——早く大人にならないと、その前にキミは死んでしまうかもしれない。その事に俺は責任を持たない」


 責任だと? 当たり前だ。

 こいつが責任を取る時は、俺が死ぬ時じゃない。こいつ自身が死ぬ時だ。俺がこいつを超えた時。それまでは責任を取らせてなんかやらない。上等だ。


「早く俺を地下に連れて行けよ。話してるだけじゃ想像しかできない」


 俺は椅子から降りた。


「くくく、本当にせっかちだ」

「あの、ウォーケンさん。お代がまだですが」


 ギリが口を挟む。


「ああ忘れてた、すまないねぇ。ホラ、釣りは要らないよ?」

「あと4ニッカ足りません」

「本当に? だ、大丈夫。下で報酬を受け取ったら、ちゃんと払うから」


 ウォーケンの返事にギリがニッコリ笑った。

 

「信用してます。だって、ウォーケンさんですもの」


 信用? このウォーケンを?


「よし! ではウォルフくん、行こうじゃないか」


 この弱みも使えないな。

 というか、使いたくない。


「ウォルフくん。どんなにツラい事があっても、負けないでね?」


 ギリが、ウォーケンの後へ続く俺に、そう言ってくれた。

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