天使な君と

ワラビノ工房

第1話 邂逅

「はぁっ!……はぁっ!………!最悪だ!」


 放課後、生徒たちが帰宅する中一人だけ学校に向けて走っている少年がいた。

 少し癖のある黒髪の彼の名前は新藤司しんどうつかさ。高校二年生だ。

 彼がなぜ来た道を戻っているかというと理由は簡単で


「なんで定期券を学校に忘れるんだよ!!!」


 ということである。

 普段から忘れ物の多い彼だが、忘れないように机の上に置いていた定期券を忘れてきてしまった。


「きっつ……なんで忘れるんだよ………はぁ……」


 20分後に迫る次のバスを逃してしまえばしばらくバスは来ない。

 そのため、なるべく急がないと家に帰るのがかなり遅くなってしまう。

 特に用事があるわけではないが、遅くなっても良いというわけではない。


「はぁ…しんどい。でもこのペースなら間に合うぞ…」


 最近少し涼しくなってきたおかげで、さほどつらくなく走れている。

 それでもうっすらと汗を浮かべながら、司は教室前に到着した。


「人がいない校舎ってなんか新鮮だな。」

 そういいながら教室をのぞき込むと


「……清水さん?」


 教室には清水葵しみずあおいがいた。

 彼女は入学式のころから圧倒的な人気を博する学年のアイドルのような存在だ。

 肩の少し上で切りそろえられた銀色の髪。

 高校二年生にしてはさほど発達していない胸部。

 吸い込まれそうな翡翠色の瞳。

 調和のとれた神秘的な存在。


「やっぱきれいだな…」


 こんなに美しい彼女は、入学当初から現在に至るまで、週に一度は最低でも告白されているらしい。

 学校一のイケメンと言われるサッカー部の主将や生徒会長からの告白を「ごめんなさい」の一言でバッサリと切り捨てる彼女はの人気は、なぜかますます上がっているらしい。

 誰にも心を開かない女の子が自分にだけ心を開いてくれる特別感がたまらないという話をどこかで小耳にはさんだ覚えがある。


「……っと、こんなことしてる場合じゃないか。」


 彼女とはいつか話してみたいと思っているし、仲良くなりたいとは思っている。

 しかし、家の事情があるためそれ以上の関係になるわけにはいかない。

 それに、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 定期券をとって早く帰らないといけないのだ。

 清水さんはなんだか少しウトウトしているため、そっと教室に入った。

 しかし、その瞬間。


「―――ちょっと、休憩。」


 彼女の背中から一対の純白の羽が飛び出した。


「……えっ?」

「――ッ!!」


 しまった!という顔をした清水さんは、しかしそのまま固まって動かなくなってしまった。


(なんだろ、羽?ふさふさしてるけど彼女の雰囲気に合ってきれいだな。清水、こういう趣味あったのか。)


 清水さんの感情を反映するかのようにパタパタとせわしなく肩甲骨あたりから伸びる羽が動く。


(ま、いっか。定期とって早く帰ろう。)


 司は何も見なかったことにして、そそくさと教室を出ようとする。

 しかし―――


「―――――待って。」

「ッ!?」


 清水さんに服の裾をつかまれてしまう。


「みた?」

「見たって何を?」

「これ」


羽が顔をサワサワしてくる。

正直かなりくすぐったい。


「こうやって見せなければ気づかなかったかもしれないのに…」

「あっ…」


清水さんは思ったよりドジらしい。


「まぁ…見ちゃったんだけどさ。」

「そっか…みちゃったんだ。それなら、記憶を消させてもらわなかいけないんだ。記憶を消したあと、少しの間は記憶が戻っていないか確認するために監視させてもらうね。」


彼女はそう言うと、司の頭を両手で挟み込み、目をのぞき込んだ。


「うぁ……」


あたまがぼんやりする

せかいがまわる

うねってうねって

ぐねぐねして………………


「きれいな目……」


ふっ、と司の体から力が抜ける。


葵は意識を失った司をゆっくりと地面に横たえると顔を抑えてその場にうずくまった。


「きれいな目って……みんな私のこと顔でしか見ないのに…はじめて言われた。」


葵は具体的な誉め言葉には耐性がないのだった。


◇◇◇◇


「――おい。おい!起きろ!」


「んんっ……」


司が目を覚ますと目の前に強面な生物教師がいた。


「うわっ!」

「うわっ!じゃなかろう!お前今何時やと思っとる。」

「いま…えっ!?」


ふと外を見るとすでに真っ暗になっていた。


「清水さんに会って大変な目にあったな…」

そう呟いて司は家に帰るのだった。




「え、新藤君…覚えてるみたい?」

姿を消して司の上空を飛行していた葵は、そうつぶやくのだった。

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