第20話筑波博、覚悟を決める!

 状況が好転したのは次の日の早朝からだった。人が一番油断する時間は夜明け前だ。そのことを僕が雇った忍びたちは熟知していた。


 にわかに陣の外が慌ただしくなったと思って、目を開けると――十数人の忍びと共に服部さんが助けに来てくれたのだ。見張っていた兵は自分たちよりも大勢の彼らを見て逃げ去ってしまった。


「ありがとうございます。服部さん。よく場所が分かりましたね」

「この戦いの間、ずっと筑波殿の動きを注視しておりましたので」


 ついでに何人か兵を殺しましたとなんでもないように報告してきたので、僕はなんとも言えない気分になった。


「今、本陣は混乱しています。逃げるなら今のうちですよ」

「……いえ、僕にはやらないといけないことがあります」


 縄を解かれた僕は「まずは荒魂を取り戻さないと」と手首を振った。


「幸い、近くに反応があります。すぐに取り戻せます」

「ならば急ぎ――」


 そこまで服部さんが言いかけた――その途中で気づいたようだ。顔が蒼白になっている。


「ま、まさか。筑波殿は……」

「そのとおりです。僕は――」


 一拍置いて、服部さんだけではなく、忍びたちにも聞こえるように宣言した。


「――武田信玄を倒す」


 僕の言葉を呆然と聞いていた服部さん。しばらく何も言わなかったが、次第にゆっくりと「い、いくら筑波殿でも、無理ではないですか?」と至極当然のように言う。


「どうしてですか? 武田信玄は目の前にいるのに、逃げるなんておかしいでしょう?」 

「戦国最強の軍を率いる男なんですよ。失礼ですが、筑波殿では……」

「格も実力も違う。分かっていますよ、そんなことは。でもね、だからといって逃げるわけにはいかない」


 武田信玄と話して分かったことがある。それは彼が強くて人を惹きつけるものを持っていることだ。カリスマと言い換えてもいい。だからこそ、強大な軍団を束ねられるんだ。


 しかし僕は武田信玄を認めない。かえでや征士郎さんのこともあるけど、自分の思うままに領土を広げていくやり方は好きではない。


 あの信長とどう違うかは僕にははっきりとしない。だけど、武田信玄だけには天下を取らせちゃ駄目だ。自国を困窮させる大名なんてどうしようもない。その点ならば信長のほうに軍配が上がる。あの人の国は治安がいいから。


 遠江国や三河国を守らないと。武田信玄の領土になったら搾られて衰弱して滅んでしまう。それだけは嫌だ。特に三河国には太一となたねの墓があるだから。栄えていく故郷を見せたいんだ。


「服部さんと忍びたちは逃げてください。ここから先は――凄惨な戦場になる」


 僕は荒魂のあるところへ向かう――その腕を取ったのは服部さんだった。


「あんまり舐めないでくださいよ。俺は行きます」

「機神遣いではない服部さんが行けば、狙い撃ちされます。最悪……」

「死なないように立ち回りますよ。それともなんですか? 俺は足手まといですか?」

「……百人の味方を得た気分です」


 少しだけ口元を歪ませた服部さん。

 笑ったようたけど、恐怖のせいで少し強張っていた。


 他の忍びたちを見た。

 怯えている者もいれば決死の思いで僕を見る者もいた。

 そんな彼らに僕は宣言した。


「怯える気持ちも、逃げ出したい気持ちも分かる。僕自身、どうしてこの場にいるのか、そして戦おうとしているのか……だけど、勇気を奮って戦わないといけないんだ」

「筑波殿……それはどういう理由ですか?」


 服部さんの合いの手に「武田信玄を倒さなければ、悲劇は起き続ける」と僕は答えた。


「あっさりと人が死ぬ世の中が続いてしまう。諏訪家が滅ぼされたように、今川家が滅ぼされたように、そして――今まさに負けそうになっている」

「…………」

「だけどさ、まだ負けてない。少なくとも僕は生きているし、勝とうとしている」


 僕は忍びたちに頭を下げた。


「どうか、力を貸せる人だけ、貸してください。逃げたい人は逃げていいです。これ以上、無駄に死なせたくないから。お願いします」



◆◇◆◇



 服部さんと五人の忍びを伴って、荒魂を回収して――僕は武田信玄のいる本陣に強襲した。

 そこには馬場信春もいた。どうやら鉄鋼騎馬が動かないことを報告している最中だったようだ。


「なんだと? そうか、貴様の仕業か!」


 すぐさま機神を纏う馬場に対し、僕も応じるように纏った――すると目に見えた変化が訪れた。

 装甲が分厚くなっているのに軽い感じがする。

 それでいて、シルエットは細身だ。さらに言えば力がどんどん溢れてきている。


「機神が……パワーアップしている?」


 驚く間もなく、僕に襲い掛かる馬場。

 マサカリを振り回しながら、僕を斬りかからんとする――


「――無駄です」


 僕の回転式連弾銃も強化されたようだ。

 構えて撃ってみると分かる。軽かった一撃が、重みを増している。

 それは覚悟の強さに比例して――破壊力が増していた。


 馬場のマサカリに銃弾が当たる――その度に穴が開き、破壊されていく。

 三発当たる頃にはもう使い物になっていなかった。


「この――小僧が!」


 マサカリを投げ捨て、素手で僕を殺そうする。

 以前の僕なら怖がっていた。恐れていた。

 だけど、覚悟を決めた僕には通用しない。


「……ごめんなさい」


 せめて苦しみが続かないように。

 僕は――馬場の頭を狙って何度も撃った。

 そのうちの何発かが馬場に当たり――のけ反って倒れた。


 強制的に纏った機神が解かれていく――馬場は死んだ。

 いや、僕が殺したんだ。


「冷静さを欠いていたとはいえ、信春を殺すとは。凄まじい力だな」


 陣の奥でふんぞり返っている武田信玄。

 四名臣と謳われた重臣が死んだというのに、悲しみ一つ漏らさない。

 心の動揺を隠している――


「それで、貴様のような小童がワシの首を獲りに来た……そういうことで構わないな?」


 武田信玄から放たれる殺気――気絶しそうだけど、僕はなんとか耐える。

 逆に僕自身を鼓舞するように「ああ、そうだ!」と声を張り上げた。


「あなたを倒してこの戦、終わらせてみせる!」

「ふん。機神が強化されたとはいえ――些か調子乗り過ぎではないか?」


 その瞬間、武田信玄は機神を纏った――赤い閃光を放って成ったその姿は、虎をモチーフにした鎧具足だった。兜は虎をかたどっていて、鎧は血のように真っ赤に染まっている。装甲も馬場なんかより硬く分厚い。手には大刀を持っていて十人なら一遍に斬ってしまいそうだった。その大刀も――酷く鋭かった。


 その圧倒的威圧感は僕の心を震わせた――否、奮うことになった。

 この人を倒せば、不毛な戦は終わる。

 太一やなたねのような子どもを増やさずに済む。

 だから心が、精神が、肉体が、魂が――奮った。


「ワシを見て逃げ出さないとは。いい度胸だ。そしていい眼をしている」


 武田信玄は大刀を水平に構えた。

 それを見た僕は服部さんたちに「固まると不味いです」と言う。


「というより、僕だけで戦わせてください」

「無茶ですよ! 先ほどの銃の威力は凄かったですが――」

「なら援護できますか?」


 服部さんは悩んだ挙句「……任せました」と五人の忍びと共に外へ出て行った。

 僕と武田信玄だけになった陣中――ひしひしと殺気だけが充満する。


「鉄鋼騎馬兵団が使い物にならなくなった。それは貴様の策か?」

「ああ、そうだ」

「ならば、貴様を殺せば対策は打てるわけだ」


 僕は慎重に「そうかもしれませんね」と答えた。

 銃口は武田信玄に向けている。


「それで十分だ。馬場を殺したこと。鉄鋼騎馬兵団を破壊したこと。その二つだけで――殺し合いの理由はできた!」


 武田信玄は何の衒いもなく――そのまま僕に突貫した。

 点ではなく面を撃つように。

 僕は回転式連弾銃を撃ち続けた――

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