第4話 「ここか?」

リュウセイの住む街・〖マルシェーヌ〗。

ここは、周囲にダンジョンが乱立しており、ダンジョン産の素材や鉱石、貴金属や宝物により栄えた冒険者の街だ。


マルシェーヌの東にはFランクダンジョン・〖犬の骨〗が。

東北にはEランクダンジョン・〖ウサギの耳〗が。

南側にはリンダ率いる〖フェルダン〗の主戦場たるDランクダンジョン・〖ツワモノの憩い場〗と〖牛の角〗が。

南に少し伸びた所には、アルディフォンが主戦場にしているCランクダンジョン・〖骸骨の骨髄〗がある。


このように四方八方にダンジョンがあり、そこへ至る道はどれも冒険者が行き交い、朝晩、季節問わず賑わっている。

――北へ伸びる三本の道の内、細く頼りない一本の道以外は。


マルシェーヌの真北。

かつて〖ヘイセンの激動〗にて、圧倒的な功績を残した『白瓏はくろうマジェリカ』が修行し、神との交信を果たしたと言われる霊峰・ダンシェル。

万年雪に覆われたダンシェルへ伸びるひたすら真っ直ぐな1本の道。


その荒れた道の名を〖棺の入口〗と呼ぶ。


読んで字のごとく。

その道の行き着く先には死が待つことから名付けられた道。


霊峰ダンシェルには幾つものダンジョンがあると言う。

その数も実態も把握している者はいない。


マジェリカはその活躍に反して、記録の少ない謎の女性であり、その足跡も辿る術を残さなかった。


ただ一つ、『ダンシェルにはダンジョンがあった。その全ては評するならばSランクであった』とその言葉のみ残っている。


マジェリカと同じ力を得ようとダンシェルに臨んだ者がおり、その全てを飲み込んだ霊峰ダンシェル。


30年前。


世界で唯一、20を超えるAランクダンジョンを攻略した冒険者パーティー〖ギガビアズ巨人を狩る者〗を飲み込んで以来、〖棺の入口〗を進む者はいなくなった。


しかし、〖棺の入口〗は消えない。

草に呑み込まれることなく、ただ細く、霊峰ダンシェルを臨む者を待ち受けている。



☆☆☆



「………」

無言で道を進む男がいる。

無精髭が伸び、目だけがギラギラと妖しく光る凶相。


細身の身体を極限まで鍛え上げた体躯。

軽鎧を身にまとい、白穂の鋒を持つ槍を背負って歩く。


リュウセイだ。

リュウセイの進む細い道。

リュウセイは〖棺の入口〗を進んでいる。


目的は一つ。

死に場所を求めて、だ。


背より高い草が生える草原に伸びる1本の道。

樹海にあって、ひたすら真っ直ぐ続く1本の道。


その果てない道を延々と進む。

そして――

「ここか?」

――霊峰ダンシェル。


リュウセイは、人としておよそ30年ぶりにその山の麓へ辿り着いた。



☆☆☆



不思議だった。

人の踏み入ることのない山へと伸びた道の先、そこにポツンと小屋があった。


新しくはなく、古くもない。

小屋の前には井戸もある。


釣瓶を落としてみれば、透明な水が汲める。


ドアを引けば、かすかな軋みを残してドアが開いた。


中には簡単な台所とベッドがあるだけ。

リュウセイは中を確認し、そのまま小屋を後にした。


小屋からは幾つも道が続いている。

どれも細い。


その内の一つ。

真ん中の道を進む。


躊躇いはない。

もう、生に執着はない。


ただ冒険者として、最期に最難関に挑み散る。

それだけだった。


道を進んで30分ほど。

洞窟が口を開けている。

ユラユラと黒いオーラのようなものが吐き出されている。


「……これか……?」


自分の知るどのダンジョンよりも恐ろしい妖気を吐き出す、先の見えない洞窟。


「……行くぞ!」

心に翳る恐怖を振り払うように気合いを入れ、洞窟の中へ進んだ。



☆☆☆



魔境。

まさにそう呼ぶに相応しい場所だった。


洞窟は、足元にぼんやりと光る石があり、辺りが見える。


「りゃあ!」

気合いと共に突き出される槍。

――ギィ!――

虎のような顔のコウモリを貫く。

すかさず槍を引き抜き、横薙ぎに振るう。


迫るコウモリをまとめて叩き落とし、一歩後退。

石突きで足元に迫る巨大な角を持つネズミを掬い上げる。


空中に浮いたネズミを違わず貫く。

その勢いのまま、コロリと転がる。


すれば、先程まで立っていた場所を尖った岩が通り過ぎる。


壁に擬態したスライムのようなモンスターの放った魔法だ。


洞窟に入ってからこの方、大量のモンスターが休む間もなく襲いかかってくる。


小柄ながらスピードが早く、不規則な動きをするモンスターの大群。


攻撃力は高く、その一撃を受ければ、簡単に身体に穴が空く。


休まず槍を振るい、場所を変え、跳び、しゃがみ、転がり、リュウセイは大群を相手取りつつ、少しずつ前に進む。


倒れたモンスターは洞窟に飲み込まれていく。

ダンジョンの不思議だ。


飲み込まれた跡に、モンスターの核や素材が落ちる。

それらをつい拾ってしまうのは、冒険者の性だった。


しかし、全ては拾えない。

拾いやすい小石のような核をいくつか拾う。


すぐに前を見る。

すると、僅かな灯りがある故に、モンスターの姿が見える。

見えてしまう。


その数は夥しい。

次から次へ。

倒せども倒せども、モンスターは減らない。


それどころか増えているようにすら思える。

噛みつき、引っ掻きだけでなく、魔法が増えてくる。


新しいモンスターだ。

蛇の骸骨のようなモンスターだ。


身のない蛇が驚くほどスムーズに地を這う。

地を進みながら、その頭上に魔法陣が浮かぶ。


簡単に発動しているが、それは、魔法の中でも扱いの難しい闇魔法だ。


複雑な魔法陣が恐るべき速度で構築され、そこから闇の玉が飛び出す。

中級闇魔法〖ダークブレイブ〗。


リュウセイはコウモリを貫きつつ、身体を屈めて避ける。


リュウセイを外した闇の玉が、リュウセイの後ろから迫るコウモリに当たる。


――ギィエエ!――

闇の玉を受けたコウモリの牙がメコメコと伸び、身体がメキメキと大きくなる。


「しっ!」

巨大化したコウモリの眉間を槍が貫く。

今までよりかなり硬い。

貫いたコウモリを槍を振り払って蛇の骸骨に投げつけ潰す。


ダークブレイブは、敵に当たれば敵の身体を腐らせ、味方に当たれば、その能力を大きく向上させる。


この狭い洞窟に溢れるモンスター。

ダークブレイブは躱さねばならず、躱せば辺りのモンスターが強化される。


リュウセイは視野を広げ、蛇の骸骨を探す。

先ず潰すべきはこのモンスターだと狙いを定め――。


「!!」


――息を飲んだ。


リュウセイの視界を、地面を壁を天井を走る大量の蛇の骸骨が組み上げたダークブレイブの魔法陣が埋めつくした。


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