第7話 才能だって努力の証

 師弟関係となり、訪れたゲーセンでハメを外しすぎてスタッフに注意されてしまったその翌日、アイリスと光希は朝っぱらから庭に居た。


「なあアイリス、本当にこの格好で魔法の勉強をするのか?」


 光希の格好は黒で統一された長袖長ズボンのスポーツに適した服装……いわゆるジャージであった。


「別に服装なんて動きやすければなんでも良かろう」


「いやでも、アイリスの格好って」


 そう言うアイリスの服装は、いつも身に付けている白いローブだった。


「ワシの場合は魔法的効果の付いた魔道具じゃからこれを着てるんじゃ。あと、ワシの事は師匠と呼べ」


「あー、はい」


 そう言われれば納得する事しか出来ず、光希は自分だけジャージなこの状況に渋々納得した。


「さて、まずやるべき事は……座学じゃ」


「え? それ外でやる必要あるか───あいたっ!?」


「敬語で話せ敬語で、今のワシとお主は主従である前に師弟であろう。師匠にそんな口聞いて良いのか?」


 ため口で話してくる光希に、アイリスはチョーク状に形成した土の塊を光希の額目掛けて飛ばした。


「で、なぜ外でやる必要があるかと言うと、学ぶにしても実際どんな感じなのかを披露する必要があるからの。じゃから何があってもいいように外でやるんじゃ」


「な、なるほど」


 アイリスの説明を聞いて光希が納得すると、アイリスはその場に教卓と椅子、そして黒板を地面の土で再現した。


「分かったらそこへ座れ。時間は有限、今から座学を六時間ほどやる予定なんじゃからの」


「ろ、六時間!?」


「最後にやるテストを合格するまで座学は続ける。最後まで気を抜かんようにな」


 そう言ってアイリスは覚悟は良いかと笑みを浮かべて光希に尋ねる。


「お、お手柔らかに」


「手は抜かん。精々しがみ付いてくるんじゃな」


▽▽▽


───八時間後


「……うむ、しっかり学べてるようじゃな。合格じゃ」


「や、やっと終わった」


 魔法を使う上での基礎を詰めに詰め込まれた光希は、その後行われたテストに一度不合格となって再び復習をさせられ、二回目のテストで遂にアイリスから合格を貰えたのだ。


(中々に骨のある奴じゃの。魔力制御を一日も休む事なく鍛錬を続けてたという話を聞いておったから大丈夫だと思っておったが、こりゃ想像以上の努力家じゃの……もっとメニューを加えても良さそうじゃな)


(な、なんか寒気が……! 未来の俺が過労死する姿が見えた気がする!)


 そこから二人は遅めの昼食を取り(メニューはルンバお手製チャーハン、美味しかった)、一時間ほど休憩を挟んでから修行は再開された。


「さて、次にやるのは魔法の本格的な訓練じゃが……お主の適性を知っておかねば話は進まん」


「適性?」


「うむ。どんな魔法が自分の肌に合っているのか、その適性を今から調べるんじゃ。適性が無かろうと例外を除いて時間と努力を重ね続ければマスター出来るんじゃが……最初は適性のある魔法を学んでいくのがベターじゃ」


「へー、ちなみに適性を調べるってどうやるんですか? 専用の装置があるとか?」


「いや、一つ一つの魔法を試していき、その過程で自分に合った魔法を見つけ出すんじゃ。ちなみにワシの世界では適性した魔法を中々見つけなくて途中で諦めてしまい、適性では無さそうだけど他の魔法よりマシだからそれを使う。という者も中々に多い」


「……なんだか凄く根気が入りそうな調べ方ですね」


「全く持ってその通りじゃ。……じゃが、お主は運が良い。なんせ教えを請うている相手がワシなのじゃからな」


 大変そうな作業を聞いて渋い顔をする光希に、アイリスは朗報があると光希に伝える。


「ワシが長年の研究の末に生み出した画期的な新魔法があるのじゃ。その名は『鑑定魔法』!!」


「か、鑑定、それってもしかして……!」


 鑑定、その言葉を聞いて光希が思い至ったのは、異世界転生もののライトノベルであった。


「そうじゃ! この魔法を使えば相手の能力を数値化し、得意な魔法から気になるあの子のスリーサイズまで丸見え! そしてなんと言っても、その者の適性魔法をピックアップしてくれるのじゃ!」


「おお!」


 なんだか途中変な一文があった気がする光希であったが、そこは無視する事にした。


「まあ難点は修得するのが厳しすぎて未だにワシ以外の使い手がいない点じゃがな。しかし、今この問題を解決するにはこれ以上無く頼れる素晴らしい魔法じゃ! という訳で早速───【鑑定】!」


 アイリスが指を輪っかにして片目の前に持ってくると、そこに黄金色の魔法陣が展開された。


「ふむふむ、お主の適性魔法は、っと……お? おー?」


「……あの、どうかしましたか?」


 鑑定を終えたのか、展開する魔法陣を消してアイリスは微妙な表情をした。


「いやぁ、の? お主の適性魔法は、身体強化魔法、それと結界魔法じゃ」


「お、おお! 結果魔法ってあれですか? 師匠がやっていたあのバリアの奴」


 あの強大な炎を物ともしない鉄壁の結界、それを使えるのかと考えて光希はワクワクが止まらなかった。


「うむ、それじゃ。そちらは問題なく教えれる……んじゃが」


「?」


 珍しく言いづらそうにしているアイリスを見て、光希はどうしたんだろうとキョトンとする。


「そのー、じゃな。先も言ったが適性が無くても頑張ればマスター出来るのじゃと、で、それにも例外はあるんじゃと」


「はい、確かに言ってましたね」


「それでワシはその例外中の例外としてどれほど研鑽を重ねても全く使えない魔法が二種類あるんじゃ。それが身体強化魔法、そして回復魔法なのじゃ」


「……え? じゃあもしかして」


 身体強化魔法が使えない。それはつまり、身体強化魔法を教える事が出来ないという事、そう光希は考えたのだが、アイリスは慌てて否定する。


「い、いや! 別に全く教えれない訳では無い。ワシも使えれるようにと知識だけは他の魔法以上に身に付けておるからの、勉学として教える事は可能じゃ。じゃがコツを教えるとかになると難しいんじゃ」


「あ、いえ、教えて貰えれるなら何も言う事はありません。こっちは教えて貰ってる身ですしね」


「すまんのう」


 魔法に関しては敵無しかと思われていたアイリスに思わぬ弱点があった事、それを知った光希は失礼ながらも完璧超人では無いんだなと嬉しく思った。


「……いつまでもクヨクヨしてられんの。良し、早速訓練開始じゃ! まずは結界魔法を学んで行くぞ!」


「はい! 師匠!」


───三時間後


「で、できた」


 今、光希が手のひらを向けた先には透明な板がある。それは紛れもなく彼自身の手によって生み出された物だ。


「……ふむ」


 透明な板をアイリスはまじまじと眺め、指先でコツンと板を小突いてみた。


「あっ」


 それだけで薄い板はガラスのように砕け散り、光の粒子となって消え去った。


「脆い。戦いどころか日常でさえ使えない代物じゃな。……じゃが、今はこの短時間で防御結界を使えたという事実が重要じゃ。……光希よ」


「は、はい」


「───お主には才能がある。いや、この場合は今まで培ってきた努力が無事に実ったという方が良いかの」


「っ! ありがとうございます! 師匠!」


 光希は初めて使った魔法は、障子より遥かに脆い防御結界だった。しかし、彼は初めて魔術を……いや、魔法を使えたのだ。これは自信へと繋がり、やがては勇気になるだろう。


「なあに修行を無事に終えたみたいな雰囲気出しとるんじゃ。ほら、次は身体強化魔法を修得してゆくぞ。出来るまで今日は寝かさん」


「はい、師匠!」


 徐々に、けれど目覚ましく、彼は成長していくのだった。


───十分後


「あ、あれ? 出来ちゃった」


「……どうやら身体強化魔法に関しては心配せずとも勝手に成長していきそうじゃな」


……誰にも負けない才能がある事に彼が気付いた瞬間であった。

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