前世の孫に召喚されたんじゃが? 〜天才魔術師は転生して最強の魔女に、召喚されて孫の使い魔に〜

ブナハブ

プロローグ

第1話 能動的異世界転生

───異世界に行きたい。


 ふと、男はそんな事を思い付いた。


 男は世間一般で言うおっさんである。もうじき四十路になるいい歳したおっさんである。

 そんなおっさんが何を言ってるんだと、現実逃避なのかと、そう思われても仕方ないだろう。


 しかし、男は真面目そのものだった。どうやれば異世界へ行けるのか、真剣に悩むその姿はドン引きせざるを得ない光景だった。


 そもそもなぜ男は異世界に行きたいのか、その理由は男の特殊な出自にある。


 男の家は古くから続く魔術師の家系である。魔術師の子として生まれた男は跡取りとして魔術を学んだ。


 男は魔術の天才だった。それも稀代の、歴史上類を見ない程の、である。


 ここ数百年、魔術は科学に追いやられて裏からも表からも姿を消そうとしていたが、男の活躍によって魔術は目覚ましい発展を遂げ、魔術界隈に革命が起こった。


 この時点でかなりの偉業を成し遂げているのだが、残念ながら本人にその気は一切なく、無関心だった。


 男の行動理由の全ては魔術を究める、これに収束する。富と名誉を思うがままに出来ても男はブレる事なく魔術の研究に没頭していた。


 しかしここ最近、研究が停滞気味なのだ。


 アイデアは無数にある。そこに辿り着く為の設計図も頭に浮かび続けている。では停滞しているのか? それは周囲の環境に問題があった。


 男は言うまでもなく有名人だ。魔術という特殊な分野であるが故に表の世界に名は浸透していないが、それでも彼の影響力は計り知れない。


 そんな男だからこそ、周囲の人間は彼に好き勝手動いて欲しくなかった。そこに政治的な思惑は多少なりとも入ってはいるが、主な理由は男の暴走を止める為だった。


 男は魔術の天才だが魔術一筋のバカでもある。つまり魔術一筋の天才バカである。

 そんな才能を持った魔術バカであるからこそ、男を良く知る人間は彼が何をしでかすのか不安で不安で仕方ないのだ。


 そういうきちんとした理由はあるのだが、そんなの男の知った事では無い。自由に魔術の研究が出来ない環境は、男にとってどんな拷問よりも苦痛である。


 立場なんかいらない。立場と引き換えに魔術を思う存分自由に研究出来る場所を用意すると言われたら、男は喜んで取引する。それを彼の魔術仲間が聞けばマジでやめろと止める事だろう。


 さて、結局どうして異世界に行きたいなんてとち狂った事を考え始めたのか? キッカケはとあるアニメである。


 男には高二の一人息子がいる。勿論跡取りとして魔術を学ばせてはいるが、表ではただの学生として普通に学校に通っている。


 そんな息子はある日、友人に勧められて異世界転生ものの小説を読み始めた。そしてまんまとハマってしまい、異世界もののアニメなんかも見始めた。それを男は偶然見て、そして異世界に行く事を思い付いたのだ。


 異世界なら自分の立場を知る者は居ない。それどころか異世界なら男でさえ思い付かないような面白い魔術が見れるかもしれない!


 考え出したら止まらない男は異世界転生する為の計画を立て始めるのだった。


 異世界なんて馬鹿らしい。常人ならそう思うだろうが、男は異常だったのでそう思わなかった。


 それから三年、周囲の目を掻い潜って異世界転生の魔術を研究していき、そして遂に完成したのだった。


▽▽▽


「遂に……! 遂に、遂に、遂に!! 俺は行くんだ、異世界に!!!」


 一向に冷めない興奮を必死に抑え、鼻息を荒くする男は時が来るのを待った。

 その目はばっちりキマッており、まるで悪の組織にいる科学者のようだった。彼の場合は悪の魔術師であるが。


 床、壁、天井、部屋いっぱいに刻まれた幾何学模様は不規則に蠢き続ける。常人が見れば失神するような不気味な光景が男の自室に広がっていた。


「いやぁー苦労したぜ。まさか術式を刻むのに半年も掛かるなんてな」


 男は自信の最高傑作たる術式を見渡しながら感慨深そうに語る。


「少しのミスも許されない中、ここまでの広さを刻むのは俺を持ってしてもしんどかった。だが! 俺は成し遂げた。これから俺は、異世界に転生するんだ!」


 狂ったように笑う男は、ポケットに入れてある携帯から着信音が鳴ったので手に取った。


「もしもし?」


『おい親父!! テメェなにしでかした!? 家に帰ったらなんかヤバい量の魔力が漂ってるぞ!!』


 電話の相手は男の息子であった。普段は誰にでも優しい温厚な人柄なのだが、父親に関してはキレ気味な事が多い。ただ、主な原因は父親の方にあるので彼の対応は間違っていなかった。


「おお勇一か! ちょうど良かった。忘れる所だったぞ」


『あ゛あ゛!? どういう事だ、ちゃんと説明しろや!!』


 男も自分が有名人である事は流石に自覚している。故に最低限の義理は果たしておこうと、ある事を息子に告げる。


「俺今から異世界に行くから、もう此処には帰って来ない。そんな訳だから、今日からお前が鬼道家の正当な後継者だ。手続きとかの色々な資料は俺の机の上にある、頑張ってくれよな!」


 男は電話の向こうにいる息子に向けて、それはそれはいい笑顔でサムズアップする。


『は? はぁー!? おいクソ親父!! なに言いやがるテメェ! おい! お───』


 息子の渾身の怒号は最後まで届かなかった。


「───」


 気付けば部屋内の幾何学模様の刻印は静止しており、辺りは静かになっていた。


 しばらくして、部屋の外からドドドという強い足音が響いた。


 それは徐々に近づき、そして扉が蹴破られる。


「おいイカれ親父!! さっきのはどういう……!?」


 その少年は部屋を見て驚愕した。


 狂気に彩られた部屋の中で、その男は、


「お、親父?」


 穏やかな表情で亡くなっていた。

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