第十一話 蝕み、不思議な少女。

 ​───大上段に構えられた剣からの振り下ろし。


 掴み取り、脇下まで引っ張るように体勢を崩しては空いている片手で頭蓋を砕く。


 ​───次に来たのは両手剣持ち、魔力量からして上位種の戦士ウォリアーかな。

 切っ先を此方へと向け、突進するようにして突っ込んできている。背後には、こっちも上位種の、杖を持った魔術師メイジタイプ。


 魔術師からの射線を切るように、古代死者・戦士ドラウグ・ウォリアーを間に挟むようにしては、足に魔力を込める。

 そして靴の足先を地面に抉りこませる様にして蹴りあげて、床のタイルを前方へと射出。


 音を切ったような速度のそれは、向かってくる戦士の頭蓋に直撃し、タイル自体はそこで砕け散るも、大きく怯ませる事ができる。


 ​────戦士が怯み尻餅をつくも、向こう側の魔術師は既に此方に杖を構え、その杖の先には、渦巻くような冷気の塊が構成されている。


 「────【氷晶ひょうしょう】」


 分かっている。ここ数分で見慣れた流れだ。

 恐らくだが戦士の隙潰し的な役割を魔術師は任じられているのだろう。

 今放たれた氷の礫を視認するよりも前に、今前方で項垂れている戦士の顎を蹴り上げ浮かせては防護壁とする。


 「​────ガ​─ギ…!」


 「​────カキキ…ッ!?」


 意味は理解できないものの、確かに『苦悶』、そしてもう片方は『驚愕』を感じさせる様な声を上げている。

 安心してほしい、まだ終わらない。


 更に、流れるような連携で、私の目前にまで浮かび上がった古代死者ドラウグの肉体に、腰の、そして"練り上げた魔力"の入った全力の拳を叩き込む​────!


 「​【呪巣じゅそう】───!!」



 使用したのは、魔力操作では無い…練り上げた魔力によって扱う正真正銘の【呪術】。

 魔術の【氷晶】や【発火】、【電火】、神聖術の【回復】、そして闇術の【闇礫あんれき】等と同じく、その魔法の系統の一番初めに習得する、【素人魔法】と呼ばれる類の呪術だ。


 ​───とはいえ、私はその中でも、この【呪巣】こそが、最も強力かつ、残忍な技であると認識している。



 拳の直撃を受けた古代死者・戦士はそのまま後方​───魔術師の側へと、高速で吹き飛んでいく。

 急ぎ、盾や壁を魔術により出現させようとした魔術師の視界に映り込むモノ​─────。


 ​────それは、紫色に発光する、無数の泡のような物に包まれた​──否、内側から"それ"に膨れ上がった、戦士の顔面であった。


 ​直後、轟音を立てては戦士の肉体ごと、その内の魔力は爆ぜ、周囲の空間を開けるように破壊し、そして砂埃と黒煙が広がる。




 ​────数十秒後に黒煙が開ける頃、そこには主の居なくなった、内部から歪曲し破壊された鎧と、黒焦げの古代死者。

 そして、さらに待ち構えていたのかそこから離れた位置に数人の古代死者の死体が転がっていた。




 ​───つまるところ、素人魔術【呪巣】の効果とは相手の魔術回路​───丹田から拡がる…血で言うと血管のような、体内の魔術を運ぶそれに、自らの魔力を流し込み、拒否反応での暴走を誘発させる呪術だ。


 呪術全般に共通する点として、『対象の肉体を侵す(に干渉する)』という点があるのだが、その全ての始点となる『相手の体に魔力を流し込む』と言う事が全ての呪術の為に、これは基礎の基礎​───つまりは【素人魔術】と位置付けられている。


 つまり、【呪術】とは"相手の肉体を爆ぜさせない程度の弱めの【呪巣】を使った後、その魔力で対象を操作する"魔法なのである。


 ​───誰に説明しているのか分からない説明を終えた所で、体の中の器が溜まり切り​、そして、筋肉が、骨が、臓腑が​─────全身が煮え滾るような発熱を引き起こす。

 思わず膝をつき、そのまま地面に倒れ伏せば、悶えるようにその上をのたうち回る。


 「​────ぐ…​───ぁ…ぅ……!!」


 ​────燃えるような熱に、肉体全身が引き裂かれるような…"作り替えられていく"様な痛み。

 それを数秒間、あるいはもっと短いのだろうか。

 然し、その苦痛から無限と思われるような時間を耐え切れば、段々と、痛みと熱が引いていく。


 「………ぁ…、はぁ…っ!…はぁ……っ!」


 ​───つまるところ、この痛みこそが【存在規模上昇レベルアップ】と言うやつだ。

 ぼたぼたと、冷たい嫌な汗を額からも、背中からも噴き出させ、古い墓地の床に垂れ落ちるそれを眺めながら、私は小さく微笑む。


 ​───全身から湧き上がる魔力。ラムイー村を出てからここまで​で、大体、古代死者ドラウグを三桁に届かない程度に魔力を用いて倒したが、その消費された魔力が全て回復し、それどころか元の2倍程度にまで膨れ上がっている。


 ​───これが【存在規模】。それを上昇させる事の意義であることを、久しぶりのそれで痛感する。



***



 ​───────『下等種族人間の言うことは分かりませんわ​────』


 ​──────『​─あの人間と私にあったのは少しの戦力差、人一人の血を吸って強くなった私なら────』



***


 痛みによって分泌された脳内麻薬のせいか、高揚していた思考回路に、ぴしゃりと記憶の中の吸血鬼あの女が冷水をかける。



 ​───…あぁ、そうだ。まだ、足りない。

 奴らは化け物で、私は人間。元々の差は大きく……

 そして、今なら分かる。『人の血を吸う』ということが、吸血鬼あの女の【存在規模上昇】の手段なのだろう。

 …つまり、あの女は吸血鬼として生きるだけで【存在規模】を膨れさせ続けているんだ。


 「​────……止まってちゃ、駄目だ。」


 いつのまにか喉にまでせりあがってきていた胃の内容物を飲み込み、そして、口の端からこぼれていた唾を拭えば、私は再び、この墓地の最奥を目指す。




 ​─────私の復讐、私を強くすること。それはいいが、今考える必要は無い。


 ​─────まずはボクとして、あの子達を助けないと。


 そうした決意を新ためて、私は1歩前に足を進める。




***



 【存在規模上昇あれ】から数度の接敵、数十体の…無限とも思える程の古代死者を打ち倒しながら、私はこの暗い地下墓地の探索を続けている。


 階数としては、階段を10回程降りた…気もするが、正直言ってもっと降りた気がしないでもない。


 ​────如何せん、想定よりも敵の量が多すぎるのだ。

 溢れ返る程の敵、通路が広ければ、上位種を含むあいつらに囲まれて、既に私は死んでいただろう。

 「負けるかよ」なんていきがって、恥ずかしい話だが。


 ───古代死者であるミノス、王種ロードと言っても、これほどまでの強さを持っているものなのか?

 そもそも、王種の条件は『神話相当の魔力量を保有している事』と、『言語を解する程の知能を持っている事』だ。


 だがどうだ、今まで出会ってきた古代死者ドラウグ達は、皆それなりの知能を持っているように感じられた。

 言語は私には分からなかった​───というより、感情を込めた呻き声にしか聞こえなかったが、古代アーテナイト語の学者さんとかが聞けば、彼らは会話をしていると判明するかもしれない。


 更に、ここに来るまでに私はこの墓地を見渡してきた。

 そこでわかったのが、恐らく、『ここは元々、ミノスが生きていた頃の居城であったのだろう。』ということだ。

 …古い文明という関係上、こういう通路だけ見ても、私やその他大勢の目にはただの地下墓にしか見えないが、ここには巨大な【採掘場】や【鍛冶場】、【食堂】、【食料保管庫】、【武器庫】​が存在しており​─────


 ​────そして、その全てを、彼らは"使用していた"。

 活発に、黙々と、粛々と…まるで"何か"に備えているように。



 ────で、あるとするならば、『知能がある』所ではない、王種ロードは『知能を与えている』…或いは、『知能…脳の機能ごと、部下を蘇らせている』というような事になりかねない。


 それは本当に、王種​───古代死者ドラウグの範囲で済まされるのか…??




 嫌な想像に眉を顰めさせ、無意識に拳を握り込ませるも、すぐに「ふっ」と息を吐く。

 そもそも、そんな事考えても意味が無い。


 ここで戦力補強…それこそ増援を呼ぶために帰ろうだなんて思えば、彼女スヴェッタを助けることは出来ないし、私はそれを認めない。

 なんせ「助ける」と告げたのだ。それを破れば英雄なんかじゃない。

 あの日誓った、【ボク】足りえない。


 それに、増援を呼んだところで…という点もあるかもしれない。

 王都スパルティアの強力な魔術師や騎士、戦士を呼ぶことが出来れば簡単に討伐を行えるかもしれないが、過去の私が言った通りに、一名を除き、そんなツテはないだろう。


 ​────そしてその一名も、そこにいるかという確証があるかと言えば、はっきりいって無い。


 そして、単純に国軍を編成させることに成功したとする。

 だが、これも"したとして"、なのだ。


 ここには無限かと思える量の古代死者ドラウグが居るが、私はまだ生きている。

 その理由はひとえに、数を活かせない、この狭い通路だ。

 この領域、この墓地において必要とされるのは全体としての力ではない。

 盤上をひっくり返す、強力な一。


 そして、そのツテはない。だから、私がやるしかない。





 決意を新たにしたところで、私は扉を開く。

 扉前から、高い声が響いていた。

 今までの明らか"死体"を思わせる、暗く低い声ではない。


 子供のような、鈴のような高い音。新種であろうと私は推測し、拾っていた古代死者の斧を引き抜き、携えてから扉を蹴り開ける。



 「​───…てんに、おわすおんある…♪」


 「​───……ん、あれ…ここのひと?」



 そこに居たのは、1.5m程度の少女。

 十字架の意匠の目立つ黒いフリフリとした服に、巨大な獣尾と獣耳が可愛らしい。


 しかしどこか…、しかし確かに、"おそろしい"


 そんな気配のする、一人の不思議な少女であった。

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