三年目の同窓会

森本 晃次

第1話 三年後の同窓会

「三年経ったら、また同窓会をしような」

 そう言っていたのは、坂出俊文だった。

「うんうん、そうだよ。またしようよ」

 と、その言葉にいの一番に乗ったのが、鈴木美穂だった。二人はアイコンタクトを送って、賛同者を煽った。もちろん、反対者などいるはずもなかった。

 高校を卒業してから三年目、仲の良かった友達ばかり集まっての同窓会。メンバーは男女それぞれ四人ずつの八人での同窓会。こじんまりとしていて、気兼ねがいらない分、楽しめる。

 全員、坂出の申し出に賛成だった。元々、この同窓会も、三年前の卒業式の日に、坂出が言い出したものだった。今年叶ったのだから、三年後も叶うだろうというのは、少し安直な考えであるが、希望を持つのは悪いことではない。それを励みに頑張れることだってある。

 皆それぞれにストレスを抱えていても、昔の仲間が集まれば、花が咲くのは昔話、嫌なことを忘れるには絶好の場所で、

「待ちに待った同窓会だ」

 と言っているやつもいた。

 同窓会を楽しみにしていた中に、川崎恒久がいた。彼は、いつも幹事役を任されるのだが、言い出しっぺの坂出がすればいいのにと思いながらも、なぜか幹事を任されても文句が言えないのだ。面倒見がいい性格ではあるのだが、たまには自分も楽しみたいと思う。最初は、人から頼りにされるのが嬉しかった。中学時代までは、自分のことだけしか考えておらず、まわりはそのことを分かっているからか、クラス委員に勝手に選出されたりしたものだ。別に彼が頼りになるというわけではなく、嫌みから皆が推薦したのだった。

 それでも、やっているうちに様になってくるもので、

「川崎さんは頼りになるわ」

 と、特に女性からの支持をもらえるようになってくると、それまで嫌だったクラス委員も、まんざらでもなくなってくるのだった。

 女性から頼りにされると、川崎も有頂天だった。

――俺って、結構頼りになるんじゃないかな?

 自惚れかも知れないが、自惚れて力が発揮できるなら、それに越したことはない。

「人から頼りにされるのって、結構くすぐったいものだな」

 と、自然とほくそ笑んでいる自分に、なかなか気が付かない。

「気持ち悪いわ」

 と思っている人もいただろうが、そんな人は別に気にならないので、放っておいてもいいと思っていた。

 川崎は、自分の性格を両極端だと思っていた。好きになってくれる人もいれば、嫌いな人もいる。それは誰でもがそうなのかも知れないが、彼の場合は、序実に現れている。分かりやすい性格だと言えるのではないだろうか。

 短所なのだろうが、川崎は短所だとは思っていない。むしろ、長所の裏返しではないかと思っているので、その性格を悪い性格だとして、治そうという気には、ならなかった。

 川崎と坂出はグループの中では、それほど仲がいいというわけではなかった。むしろ、他の連中の方が坂出と仲が良く、川崎の入り込む隙間がないというのが、本音だったのかも知れない。ただ、それもいずれ、坂出のためにひとはだ一肌脱ぐようになるのだが、それも、坂出が本当は、川崎と仲良くなりたいと思っていたということを聞かされて、自分の早合点だったことに気付かされて、後悔したほどだった。

「川崎さんは、おだてられると弱いけど、自分で勝手に判断して、すぐに諦めるところがあるから、注意した方がいいわよ」

 と、助言してくれたのは、鈴木美穂だった。

 美穂は、グループの中では、女性の筆頭格だと言ってもいい。男性の筆頭格が坂出なら、女性は美穂である。大きなお世話だと思っても、指摘してくれたのが美穂だったら、彼女の意見を無下に否定することなど、してはいけないことであった。

 美穂のいうことは、川崎以外の男性でも逆らうことができなかった。あの坂出でも一目置いていて、お互いに高いレベルでのところで、お互いの意見を語り合っていることもある。川崎にはついていけないと思いながらも、時々、坂出が羨ましく思うくらいだった。

――俺は、美穂のことが好きなのかな?

 好きだという気持ちは間違いなくあるのだが、諦めの良さが手伝ってか、それを認めようとしない自分がいるのも確かだった。

 女性を好きになるにも、何かの理由がいると川崎は思っていた。それは自分が諦めが早い性格に起因しているからだということを自覚していなかったので、その理由を自分で理解できていなかった。

 同窓会の幹事になってから、美穂と親しく話せるようになったのだから、まさに、

「災い転じて福となす」

 ということわざ通りである。

 幹事をするにしても、嫌々していたわけではないところが好感を持ってくれたのかも知れない。自分でも嫌々やるのと、気持ちを切り替えて楽しくやるのでは、楽しくやる方がいいに決まっている。

 最初の同窓会の段取りは、美穂の方である程度出来上がっていた。川崎は、同窓会のことなど、半分忘れていたくらいで、美穂から最初に連絡があった時、どうして連絡してきたのか分からず、嬉しさだけが頭にあったが、

「ほら、同窓会の話をしていたでしょう?」

 と言われて、

「ああ、そうだったね」

 と、曖昧に答えたが、それに対して美穂は、川崎を責めるようなことはしなかった。だいぶ後になってから、

「忘れていたくせに」

 と、意地悪を言われたが、それも、すっかり打ち解けた後だったので、一つの話題として笑って話せる内容だった。

 同窓会のメンバーとの連絡、さらには会場の手配など、美穂は実にテキパキと動いてくれた。しかも、自分はあくまでも裏方としてである。川崎がすべて手配したようにしか、皆は思わないだろう。それだけでも美穂に感謝しなければいけなかった。

 最初の同窓会では、大学生と社会人とそれぞれに別れての同窓会となった。大学生とはいえ、そろそろ就職活動に勤しまなければいけない時期に差し掛かっていたので、すでに大学生としての浮かれた気分はある程度失せていた。

 就職組は、女の子三人と、男は一人だけだった。女の子でもそのうち二人は短大を卒業して、社会人一年目で、結構大変だと話している。社会人を経験している男というのは、言い出しっぺであった坂出である。

 あまり坂出は仕事の話をすることはなかった。社会人の少ない中で話をしても仕方がないと思ったのか、それとも話すと愚痴になってしまうだけだと思ったのか、自分から話すこともなかった。あまり愚痴をこぼしたところを見たことがない坂出らしいとは思ったが、どこか寂しそうな雰囲気を感じたのは、川崎だけだったのだろうか。

 話題は学生時代に終始していた。

「タイムカプセルを作ってもよかったな」

 と言い出したのは、いつも突飛なことを言って、まわりを驚かせる木下だった。

「少し古臭い考えじゃないか?」

「確かにそうかも知れないけど、こうやって後から皆集まるのなら、そういう話題もあって不思議じゃないと思うんだ。お前は自分で、何を埋めたか、何年までなら覚えていられると思うかい?」

 話題を振られた坂出は苦笑した。このメンバーの中では一番物忘れの激しい坂出だけに、そう長く覚えていることはないだろう。

「三年、がいいところかも知れないな」

「だから、同窓会も三年なのかい?」

 横から、川崎が間髪入れずに質問した。

「ああ、だから三年なのさ。皆三年も経てば、きっと変わっていると思ったからな」

 そういえば、皆それぞれに変わった。特に女性は、セーラー服におさげ髪と言った雰囲気から、化粧の似合うレディに変身していた。見紛うほどの変わりように、川崎も最初は目のやりどころに困ったほどだ。

 さらに香水の香りも印象的で、高校時代から顔立ちがハッキリしていた佐久間恵子など、化粧を施しても、やはり綺麗だと思わせる雰囲気に、思わず唾を飲み込んだほどだった。

 恵子は、当時と変わらず、背が高く、スラリと伸びた足は、ミニのタイトスカートがよく似合った。いかにもOLという雰囲気に、社会人一年生だという新鮮さも加わって、一度見てしまうと、しばらく目が離せなくなるほどだった。

 男の視線には慣れているのか、恵子は嫌な顔をするどころか、誘惑の目でこちらを見ている気がしてきた。

――俺に気があるんじゃないか?

 と、川崎が感じるほどで、見つめられると思わず顔が赤らんでくるのを感じ、何とか隠そうとしているのを見て、

――あら、可愛いわ――

 とばかりに、口元が怪しく歪んだのを、川崎は見逃さなかった。気がついてもどうすることもできない自分に腹立たしさを感じながら、視線をしばし美穂に向けてみた。美穂はそんな川崎の気持ちを知ってか知らずか、坂出と話し込んでいる。その顔に笑顔はなく、――何か深刻な話なのかも知れない――

 と思い、しばし、二人を見つめていたのだった。

 坂出は、女性に対して、だらしがないという噂を耳にしたことがある。

 しかもその噂とは、いくつかあり、一度に複数の女性と付き合っているという、浮気性な内容のものや、女性に対して甘く、女性のいうことを何でも聞くために、悪いこともしかねないという噂である。

 内容としては、どれも悪い噂ではあるが、内容的にはそれぞれに相違があり、まったく違った立場から見ているものがほとんどだった。

――どうして同じ人に、そんな違った噂が立ったりするんだ?

 川崎は、坂出とは中学の頃からの付き合いなので、噂の中には信憑性の高いものもあるが、まったく根も葉もないものだと思えるものもあることを分かっている。坂出に限って、女性に利用されるようなことはない。かといって、利用することもない。彼が普通にしていれば女性の方から寄ってくる。

 だからと言って、プレイボーイというわけでもない。彼の素振りの中に、女性に対しての優しさが感じられるのだ。彼の中で、どこまで意識してのことなのか分からないが、彼の持って生まれた天性の素質のようなものなのかも知れないと思うのだった。

 基本的に、女性の前では毅然とした態度で、女性に慕われるタイプだと思っていたが、たまに見せる彼の憂鬱な態度は、女性の母性本能を擽るらしい。男の川崎には分からないが、そのことを教えてくれたのが、恵子だった。

 恵子は、あどけなさの中に、大人の魅力を醸し出す女性であったのと同時に、好感が持てる男性に対しては、大っぴらな態度を取っていた。

 一見、尻軽に見えるが、実際には自分から男性を口説くようなことはない。醸し出すフェロモンを、男性が放っておかないのだ。

 川崎も、恵子の存在をずっと気にしてきた。だが、恵子のことを最初にうわべだけで見ていたせいもあり、気にしていても、近寄って行こうという気にはならなかった。恵子のまわりには絶えず男がいて、自分の入り込む隙間などなかったからだ。

 ただ、そんな恵子に、坂出も近づこうとはしなかった。そんな坂出を見ていて、川崎は、自分が、

――ひょっとして勘違いしているんじゃないか?

 と、その時に初めて、恵子という女性の本当の姿を垣間見た気がしたのだ。

 恵子と、美穂は仲が良かった。

 女性から見たら、恵子は人気が高かった、朗らかで、明るい性格は、女性から好かれるタイプだった。男性に対しての態度も女性から見れば、分かるのだろう。

「あなたは、損な性格をしているのかも知れないわね」

 と、誰かから言われて、少しショックを受けている時期の合った恵子を慰めていたのが、美穂だったのだ。

「あまり気にしない方がいいわよ」

「ええ」

「彼女も悪気があっていったわけじゃないからね」

 と慰めていたが、もし相手が恵子でなければ、この言葉は火に油を注ぐようなものではないだろうか。

 恵子は、美穂の言葉を噛み締めるように聞いていた。美穂の言葉は、話し方によるのだろうか、聞いていて、相手に余計なことを考えさせないようなところがある。そうでなければ、恵子はさらなるショックに打ちひしがられていたかも知れない。

 だが、恵子を慰める言葉は、他にはないのではないかと思えた。放っておくか、火に油を注ぐのを覚悟で忠告するかであるが、美穂であれば、後者でも大丈夫だ。他の人が聞いたら、

「それくらいのことで、何を真剣に考えているの?」

 というであろうことでも、恵子にとっては追いつめられる言葉となる。それだけ恵子という女性は感受性の強い女性であった。

 恵子のような女性は、そばに常に美穂がいなければ、一人で殻に閉じ籠り、友達などできなかったのではないだろうか、それを一番よく分かっているのが実は坂出で、グループの中のリーダー格であることを、誰もが疑わない性格であるところは、そこにあるのだった。

「坂出は美穂のことが好きなのだ」

 と、川崎はずっとそう思っていた。だが、果たしてそうなのだろうか?

 恵子の存在は、誰もが気になっている女性であるが、気になっていることを男性それぞれがまわりを意識してしまって、なかなか恵子に近づけない。恵子は知らず知らずのうちに、男性のバリケードを作り、自らを守っている形になったのだ。だが、デメリットもあり、本当に好きな男性も近寄ってきてくれない。そこが、恵子の損な性格の一つでもあるのだろう。

 恵子を好きな男性は他にもいた。グループの中でもいたのだが、恵子自身が相手にしていない。男性を見る目はあるように思えていたので、恵子に相手にされない男性は、それだけの男性なのだろう。川崎は友達としては最高だと思われているようで、それだけで十分だった。

 恵子は美穂に気を遣っていた。それを思うと、川崎が美穂を好きなのを知っていて、美穂に気を遣っているのではないかと思うのは買い被りだろうか? もし、恵子にそんなことを言おうものなら、

「何バカなことを言ってるんだか」

 と、一蹴されるに違いない。

 同窓会の前準備に奔走する美穂は、本当なら女にしておくのはもったいないと言えるほど、テキパキとしていた。

「美穂がいてくれるから、本当に助かったよ」

「いえ、川崎さんこそ、なかなか幹事がさまになってますよ。ご自分では気づかれていないかも知れませんけど、結構気を遣っていらして、私も見習いたいくらいです」

 ウソかも知れないが、それでも嬉しかった。美穂に褒められると、いやらしさを感じない。他の人からであれば、社交辞令に近いものを感じるのだが、美穂からは伝わってこないのだ。

 美穂という女性を見ていて、言葉巧みな雰囲気は感じない。すべてが自然に出てくる言葉で、彼女のような女性が、男性からも女性からも分け隔てなく人気を得ることができる人なのだろう。

 そんな美穂と一緒にいる姿を、客観的に眺めていて、複雑な気がしていた。

 お似合いのカップルに見える反面、下手をすると、自分が美穂の引き立て役に徹しているだけにも見えるからだ。自分ではそんなつもりはないのに、客観的に見ようとすると、本人とは違った感覚が浮かんでくる。元々、自分を客観帝に見るのが苦手なタイプなのかも知れない。

 だが、自分を客観的に見ることが往々にして多い。くせなのかも知れないが、相手の心を知りたいと思う時、自分と相手を表から見てみようという意識が働くのだ。勝手な想像には違いないが、その時の自分の発想が、いつもの自分と違っていることは分かっている気がしていた。

 川崎は自分と美穂の関係を客観的に見ることは苦手なようだが、さらに気になっているのが、美穂と坂出の関係だった。

 美穂と自分の会話は、誰から見られても関係ないとばかりに、大っぴらに会話をしているが、美穂と坂出の場合は、二人だけのひそひそ話が多いように思う。

 川崎が、美穂と自分の関係を客観的に見た時、どうしても別の意識で見てしまう感覚に襲われるのは、きっと、美穂と坂出の二人の空間を思い浮かべてしまうからだろう。

――嫉妬しているのだろうか?

 嫉妬と言えるかどうか分からない。第一、坂出が美穂のことを好きだというイメージがどうしても湧いてこないからだ。美穂にしても同じで、二人の会話の中に笑顔は存在しない。そこにあるのは、緊張に包まれた真剣な表情だけだったからだ。

 川崎は、そんな二人を見た後、気になるのが恵子だった。恵子はやはり坂出に気があるのかも知れない。川崎と少し離れたところから、川崎と同じような気持ちで坂出と美穂を見つめているに違いないと思った。

 二人の関係は、他の人たちから見れば、恋人同士に見えるだろう。確かに真剣な表情で二人だけの会話に勤しんでいるというのを見てしまえば、

「二人はかなり深い仲なんだよね」

 と誰もが思うことだろう。少なくとも、川崎と恵子以外の人にはそう思われていたとしても無理のないことである。それを分かっていながら、二人を見続けていかなければならない川崎と恵子は、辛い立場なのかも知れないと感じるのだった。

 二人のような関係を見つけていると、自分が羨ましく思えているのを感じてきた。

――あんな女性が俺にもいればな――

 と感じてくると、相手を考えた時、まず最初に除外されるのは、当の美穂だった。

「美穂は、坂出と一緒にいてこそ、似合っている」

 それは、真剣なまなざしを美穂の横ですることができないことを意味していた。同窓会の幹事として、二人で一緒にいることくらいの想像はたやすい。それよりも深い関係になることを考えると、どうしても無理が出てくる。それは川崎もであるが、美穂にも分かっているのかも知れない。

 美穂の他人行儀な言葉、それは誰に対してもしていそうに思うが、同じではない。恋人同士になるわけではないが、美穂とそばにいる時の川崎は、美穂にとって特別な男性であるのだろう。それだけで、川崎は十分な気がしていた。

 卒業三年目の最初の同窓会では、集まったのは、八人中の七人だった。話は全員に持っていき、出席も全員してくれるという返事をしてくれていたのに、急なドタキャンで、幹事としては、困ったものだった。

 メンバーの中では、どちらかというとルーズな方だった一人なので、

「またか」

 という程度で、誰も落胆をしているわけではなかった。やれやれという感覚が一番で、八人が七人になると、奇数になり、男女の比率が狂ってしまう。

 現れなかったのは、桜井直子という女性で、目立たないタイプだったこともあって、本人がいないことよりも比率の問題の方が大きく取り上げられるほどである。

 ただ、それでも、男性の中で、一人直子がいないことをショックに思っている人がいた。学生時代に直子と一番一緒にいることが多かった。大橋譲という男だった。

 譲は、直子と違って暗いわけではなく、ただ、誰と仲がいいというわけではなく、誰とも万遍なく付き合っている男だった。

 譲のような男がグループの中には必要なのだと、川崎は思っていた。誰からも慕われるタイプではあるが、それでもあまり目立たない。目立たない代わりに、何かあった時に頼りになることで、どうしてもメンバーから外せないキャラクターであった。よく言えば、メンバーの中で一番重宝される人間、悪く言えば、都合よく使われる人間ということになるのだろう。

 川崎も、もし譲がいなければ、自分がそんなタイプの人間だったと思っている。幹事に任命されたことでも都合よく使われているのが分かるが、同じ使われるのでも、幹事という肩書がついているだけ、ハッキリとした形になっていて、ありがたい。やりがいもあるというもので、本人としても、まんざらではない。

 譲のような、本当に都合よく使われるタイプの人間は、どのように考えているのだろう?

 どのグループにも一人はいるように思えるが、それほど珍しくないタイプの人間なのかも知れない。

 そんな譲が、一番同窓会を楽しみにしていたように思えた。

 連絡を取った時、電話口ではあったが。最初の声と、同窓会の誘いだと言った時に、二オクターブほど高い声に跳ね上がった時の気持ちは、まるで天にも昇るような気持ちだったに違いない。

 川崎は、その理由が直子にあることを分かっていた。

 譲が直子のことを好きだというのは、学生時代から分かっていた気がする。それは川崎に限らず、誰が見ても明らかで、何も言わなかったのは、皆同じ認識であるために、逆にタブーとされた事項だったように思う。

 川崎が出欠を採るために、最初に連絡を取った相手が譲だった。譲の喜々とした跳ねるような声を聞いた時、

「ああ、連絡をしてよかった」

 と、真剣に感じたほどだ。それも最初から、ここまで感激されると、幹事冥利に尽きるというものだが、それも自分の中で最初から計算していたことではないかと思うと、実にしてやったりの気分になっていた。

 譲に最初に連絡したのは、名簿の中で一番上にあったからなのだが、それだけではないように思えた。

 譲の声を電話越しに聞いた時、川崎の頭の中に浮かんだのが直子の顔だった。

 最初は暗めの声での応対だったが、急に声が高くなると、今度は直子の顔が急に浮かばなくなったのが、川崎には不思議で仕方がなかった。

――どうしてなんだろう?

 直子がまるでドタキャンのごとく、急に同窓会に来れなくなったことに原因があるのではないか。その時はまだ直子のドタキャンはおろか、出欠すら分からなかったくらいである。

 川崎が次に連絡を取ったのが、直子だった。順序からしても当然なのだろうが、最初が譲で、次が直子というのも、よくできた順番だった。

 電話口での直子は相変わらず、能面のような表情が思い浮かんできそうな声だった。声にはまったく抑揚がなく、静かなだけの声というよりも、さらに気持ちを下に突き落とすかのような過激な印象が漂っていた。

 直子は、同窓会の話に、何の感動も持っていなかったようだ。

「そうですよね、言われてみれば、三年経ったんですよね」

 と、いう一言を発しただけだったが、ただ、彼女が言った三年という言葉が、彼女にとって大きな意味を持っていたのではないかと思うのだった、

 三年という月日に、何か思い入れでもあるのだろうか。意識が三年という言葉を無意識に少しアクセントをつけて声に出したように思えたからだ。

 直子は元々、あまり感受性の強い方ではなく、喜怒哀楽もさほど激しくはない方だ。性格的なものなのか、感情をあらわにしないことで、まわりから目立たないことに徹していたようだ。

 目立たないことが却って目立つ人もいるが、直子の場合は本当に目立たなかった。まるで道端に落ちている石のように、そこにあっても、誰にも気にされない。そんな存在だった。

「気配を消すことができるのよ」

 冗談のつもりだろうか。そう言って微笑んでいたが、直子の場合は冗談には聞こえない。まさしくその通りなのだ。

 直子の特徴は、この一つを取っても表現することができるが、冗談を言っているように見えて、実際にそれが現実になることが多く、直子に限って冗談で済まされないことが多かった。そのほとんどがいいことなので、事なきを得ているが、悪いことだったり不吉なことだったりすれば、これほど気持ち悪いことはないだろう。

 直子は仲間内では、「予言者」を呈していた。直子が笑って何かを言おうものなら、実現してしまうのではないかと、ビクビクしている人もいた。その最たる人間が譲だったのだ。

 直子が一番親しくしていた人は、譲だった。直子ほどの独特の雰囲気を醸し出していると、付き合う人は女同士だとは限らない。直子が男と一緒にいても違和感がない。それだけ他の人と一線を画した雰囲気を持っていたのだ。

 譲は直子と一緒にいることで、自分を確かめているふしがあった。会話が普通にあったのかどうかは、よく分からないが、見ていると、主導権は直子が握っているように思えたからだ。

 直子に備わっている力に何か委ねるものがあったのか、譲は、直子と一緒にいる時、自分を確認しているようだった。学生時代にそこまで分かっていたわけではないが、同窓会に直子だけが顔を出して、譲が来なかったことを考えると、今さらながら、学生時代のことを思い出させるのだった。

 直子が同窓会に現れなかったことで、誰も不思議に思う人はいなかった。譲もそれほど驚いているわけではない。それなのに、川崎は気になっていた。

――皆、口で言わないだけで、本当は八人のうち一人が欠けていることを気にしているのではないだろうか?

 と感じていたが、いつまで経っても、そんな素振りを表す人はいない。本当に最初から仲間が七人だったのではないかと思うほどの雰囲気で、川崎も皆を見ていると、そんな雰囲気に陥ってしまいそうで、怖かった。

――まさか、これも直子の知られざる力の成せる業?

 と思えたほどで、当の譲を見ていると、相変わらずの涼しい顔で、何も気にしていない感じであった。

「直子が来ていないんだけど、何か知らないか?」

 譲に耳打ちをしてみた。

「知らないよ。俺も卒業してから一年間は連絡を取っていましたけど、一年経てば、急に彼女の方から連絡をくれなくなったんです。だから、今はどこで何をしているのか分からないくらいです」

 確かに、連絡を取ったのは間違いない。連絡先も学生時代と変わっていない。譲の前から二年前に姿を消して、今また、元の場所に戻ってきたということだろうか?

 そう考えると、いろいろと辻褄が合ってくるように思えるが、それだけでは説明がつかないことは多々あった。

 確かに連絡をした時の譲は、学生時代に感じた。

「どこのグループにもいるタイプで、グループの中には必要な人物」

 という存在感とはまた違っている。

 譲は、直子と付き合っていたことは認めた。そして直子が一年経って姿を消した時には、二人の仲は終わっていたともいう。

 ということは、譲は自分の目の前から姿を消した直子に腹を立てているわけではない。

――自分の前から姿を消したのに、すぐにまた戻ってきたことに苛立ちを覚えたのではないのだろうか?

 勝手な理屈だが、譲であれば、分からなくもない。他の人が気になって仕方がないことを、まったく気にしなかったり、誰も気にしないようなことに、異常なまでの感情を抱くことが学生時代からあったからで、それが譲の特徴であり、魅力の一つでもあったのではないだろうか。

 それを思うと、二人の関係が、どれほどのものであったかを垣間見ることが難しいだろう。だが、この二人だから存在しえた空間もあったはずであり、今もどこかにその空間が存在しているのではないかと思うほどだった。

 一人がいない同窓会。それは思ったよりも味気ないものだった。

「八人揃ってこその同窓会」

 誰も口にはしないが、そう思っていたに違いない。偶数が奇数になるのだ。一対一での会話ばかりになれば、誰か一人が溢れる。一人寂しく蚊帳の外か、あるいは、どこかの輪の中に入っていくか、溢れた人間には、苦渋の選択であろう。それが譲であり、メンバーの中では譲が溢れることは、全体を一番ぎこちなくする要因であったのは、間違いない。

 この年の同窓会のテーマは、決まっていなかった。

「とりあえず、皆が集まればそれでいい」

 川崎が、自分の中で掲げたテーマだったが、その中で一人、直子が来れなかったのは残念でならなかった。

 気になっていたが仕方がない。何とか同窓会も無事に済み、

「それでは、また三年後に集まることにしよう」

 と、今度の集まりまで宣言して、今回の同窓会は幕を下ろした。

 その時には、その後、自分のまわりで何が繰り広げられるか、川崎には分からなかった。そう、何が繰り広げられるかという、自分にとって後から思えば、他人事のようなことだったのだ……。

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