第26話

それは案外、突然にあっけなく訪れた。


「皆に悲しいお知らせがある。クラスメートの大内七海さんが亡くなった。あまり学校に来れなくて知らない人もいるかもしれないが、短い間でもちゃんとクラスメートだったんだ。みんなで彼女の分まで精一杯生きていこう。」



チャイムが鳴る



「おっと、話はこれで終わりだ。朝から暗い気分になってしまったかもしれないが、切り替えていこう。」



うちの担任はそっけない。彼女の死なんてものともしていないような言い方だった。


先生が今まで彼女に接した時間は単なる労働に過ぎなかったみたいだ。



「切り替えろ」と言われても人が死んだというだけでクラス中がその話題で持ちきりになる。まぁ、きっと今日だけだが。


「俺失礼かもしれないけど、顔あんまり覚えてないんだよな。」

「まぁ学校あんまり来れなかったらしいし、仕方がないって言ったら悪いけど、しょうが気に病むことはないと思うよ。でもやっぱり会ったことなくてもクラスメイトだからさ。悲しいな...味わったことない辛さ。」



目の前でしょうくんと透くんが話している。

「...どんな人だったのかな」


ここで思わず立ち上がる

「...っいい人だったよ」


勢いのまま立ち上がってしまい何を言うか全然分からなくてその場任せで口に出たことをそのまま音にする。


「え、知ってるの?」


「偶然がたくさん重なってね。少しの間だけど、仲良くさせてもらってたんだ。」



「ごめん。覚えてないなんか無責任なこと言って...」


いくらおちゃらけキャラといってもやっぱりしょうくんはいい人だ。


「あ、いや、こっちこそごめん。突然会話に入ったりして。」


「気になる。七海さんのこと。」


真剣な表情の透くんから声をかけられる。


「自分を強く持ってて、人の気持ちをきちんと考えられる人。」



「俺、母さんから聞いたことある。いい人ほど神様が手元に置いておきたくなって早く天国に行ってしまうって。」



「...そらくんは大丈夫?」


透くんの問いかけに思わずはっとする。

それに気付かないふりをして「何が?」と返した。



「なんていうのかな。しんどくなかった?あったことない僕たちさえも結構辛かったんだから。」



そうだ。僕は彼女が死んだと聞いてから少しの動揺もショックも表では受けていない。


自分でも不思議なくらいあっさりしていた。

それでも言葉を繋げなくては、そう思って自分の音に言葉を任せる。


「僕さ、お願いされたんだ。自分の分まで生きてほしいって。そりゃあ辛いけどさ、辛さの後には必ず幸せがくるって、彼女が教えてくれたんだ。」


僕は死んではいけないんだ。

彼女と約束した。



本当はなんやかんやいってあんなに強い彼女なんだから生きていられると思ってしまっていた。


辛いし、苦しい。



でも生きなくちゃいけない。



沈黙が流れる。

「あ、ごめん。喋りすぎて...」


「そんなことないよ。」

「お前って強いな。俺、お前みたいな状態になったときそんな風に考えられる自信ない。」



「僕は強くないよ。僕はさ、ほんとは死のうと思ってたんだ。でも彼女のおか げで今生きている。どうせなくなるはずの人生だったら彼女のように生きてみようと思って。」



彼女の魂が僕に取り込まれている。そんな気分だった。


しょうくんと透くんは表情をコロコロ変えながら僕の話を聞いてくれる。


固い決意をした僕をちゃんと受け止めてくれた。


「あ、そろそろチャイム鳴る。次、移動だよね。」


不意に透くんが僕たちに声をかける。

自分の席に行き一人で移動教室まで行こうとすると二人が待ってくれていた。


「待っててくれたの。」

「うん。一緒に行こうよ。」



「ありがとう。」


やっぱり僕は彼女に敵わない。


透くんとしょうくんとこうして仲良くなれたのも彼女の話題がきっかけになってしまった。



「もう、しょうがないなぁ」

ふと、彼女のそんな声が聞こえた気がした。


本当に僕はしょうがないやつだ。


「でもさ、いくらきっかけが私だとしても話しかけたのは君自身の意思だよ。凄いじゃん!」

彼女はきっとこう言ってくれるだろう。

前向きで明るくて、道標みたいな彼女の想像しやすいそんな言葉に思わず笑みが溢れる。


そうだ。きっかけはどうであれ、声をかけたのは誰でもない僕だ。


友達に一歩だけ近づけた気がして、

心がほんの少しだけ軽くなった。

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