第15話

「生きる、」


思わず彼女の言葉を反復してしまう。


「君にとっては難しいことかもしれないけどね…たまにいるんだよね『死にたい人に生きろっていうのは生きたい人に死ねって言ってるのと一緒だ』っていう人。私そうは思わないんだ。」




彼女はその言葉に苦しめられたことがあるようだった。




「そもそもさ、比べるものじゃないんだよね。私は生きたいときに死ねって言われたことない。なんでか分かる?」






「そんな心無い言葉言う人はそうそういないよ。」



生きていく上での当然の倫理観だった。



「そう、つまりは悪意があるんだよ。でも死にたい人に生きてっていうのは意地悪で言ってる訳じゃない。…まぁそこで『生きたくても生きられない人はこの世に沢山いるんだぞ』って説教する人は違うと思うけどね。これも比べるものじゃないから…。死にたい人に生きてって言うの、何でだと思う?」





「ただ切実に生きてほしいっていう思いを口にしただけで…悪意なんて少しもなかった。」




それは死にたい僕にも分かることだった。





「そこだよ。死にたい人に生きてって言ってる人は考えて、考えて、相手のこと思って言ってるんだよ。まぁ、軽々しく生きてって言うのも違うけど、私はそんな悪意がある人と自分のこと思って言ってくれてる人を一緒にしたくない。それは生きてって言ってくれる人に失礼すぎる。」


彼女の瞳はきらきらと輝いていた。




それは僕も例外ではなかったらしい。


「僕も、死にたいときに生きてって言っ

てくれるような人に文句を言うような

人になりたくない。」



「だから私は君に生きてって言う。…生きてほしい。君に。」





「どうして僕に生きてほしいの?」



疑問だった。僕たちは偶然出会った仲、僕が死のうが、死なないだろうが、彼女には関係ないことだと思っていた。



「君の描く絵。」


「僕の描く絵?」


「うん。君の絵には人を動かす力があるよ。君の絵は絶対に誰かを救う。」


そう力強く僕を見つめる彼女の瞳には動揺している僕の姿が映っていた。



「そんな確証どこにも…」



「私は!救われた。君の絵に、君の世界観に。こんな世界の見方があるんだって、教えられた。…みんなと違ってもいいんだってなぜかそう思えた。」






「…君がそこまで言うなら生きるの頑張ってみるよ…まだ君の絵も描き終えてないからね。」



「ほんと!?ありがとう。…じゃあそろそろ時間だ。またね。」




彼女は名残惜しそうだった。

僕は生きるのに君は死ぬ。

そう思うと僕は思わず彼女を引き止めてしまった。



「待って!…本当にもう死んでもいいの?…後悔は無い?」



「どうしたの、突然?」



「さっきからずっと思ってたんだ。この2つが叶ったらほんとに死んでもいいの?僕だったらきっとそんな冷静にいられないよ。ほんとのこと、隠してない?」




僕のひさしぶりの本音だった。


彼女を救いたい。見てないふりはもうしない。




「うん。じゃあさ、私が死んだ後にさ公園のあの木の下掘ってみてよ。」



「なんで?」


「それは、私の死んだ後のお楽しみだね。」


「そんなの楽しみにできないよ。」




「まぁまぁいいからさ。じゃあまたね。」



君は、いつもの笑顔だった。

いつもすぎるぐらいに、輝いていた。






でもまだ、狂った歯車は狂ったままだ。

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