2話 フジミヤ調理法

冷凍庫を開ければ、すっかり凍った肉が顔を出す。すっかり凍ったジップロックの表には、油性マジックで「フジミヤ」と書かれている。知人からとても美味しいよとお墨付きを得た肉なのだが、知人に聞いても検索しても、「フジミヤ」が何なのかはわからない。農家の名前なのか、土地の名前なのか。まさか生産者の名前とかではあるまい、スーパーでたまに目にする「私が育てました」でもあるまいし。けれど不思議と、私はそれに対して全く疑問を抱かなかった。「じゃあなんだろう」の先にはいかない。それよりも、かなり舌の肥えている知人が勧めてくるような肉なのだ。早く食べたい、そんな気持ちばかりが脳を占め、腹の虫はくう、と鳴いていた。


調理法はかなり悩んだが、結局ただ焼いて塩胡椒で食べることにした。コンビニで売っていたワインをグラスに注ぎ、湯気と香りの立ち上る、その肉を食べる。じっくり、ゆっくり噛み締めると中からじゅわじゅわと肉汁が滲み出してきた。シンプルな味付けが肉の本来の旨味を引き出す。けれど頭の端では、焼き肉のたれや醤油、しゃぶしゃぶや煮込みなどといった別の世界のフジミヤの味の可能性に想いを馳せてもいる。美味しい。とろけるような舌ざわり、口の中でほどける味わい。けれど焼いた部分はしっかりと歯を楽しませてくれる。こんな楽しみがいのある食事は久しぶりだ。私は食に、いやフジミヤに集中した。フォークで口に運ぶ。咀嚼する。ゆっくりと飲み込む。動作の一つ一つが愛おしくて仕方がない。普通のお肉で、ここまで感動的な経験はできるだろうか?いや、無い。少なくとも私の人生の中では。


けれど「体験」の終わりの時間はあっという間に訪れた。楽しい楽しい遊園地にだって閉園時間が来るように、フジミヤと私の時間はあっという間に終わった。ただでさえ少ない量の肉なのだ、普段の食べる量を考えると少ないような気もするが、それ以上にアルコールと幸福感が私の腹を満たした。

「ごちそうさまでした。………美味しかったあ………」

もうなくなったフジミヤに手を合わせる。今、私の顔は一体どうなっているだろう。きっと人には見せられないようなだらしのない笑顔かもしれない―――――――


「はい、どういたしまして」


「―――――――――?」

どこからか、声が聞こえた気がした。外?いや、家の中。中?


――――――――いや、腹の中?


瞬間的に感じた恐怖は、すぐに戻ってきたフジミヤの幸福感がどこかへ持ち去ってしまった。私は知人にお礼の連絡をするため、スマホを手に取った。そうして数分後には、声の事などすっかり忘れてしまったのだった。


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