第25話 四重かけ

 同じ付与術を連続してかける「付与術の重ねがけ」の有効性については昔から議論されていた。


 例えば、【生命力強化Ⅰ】では生命力が+20される。


 単独かけではそこまで効果は高くないけれど、これを二度三度と重ねてかけることで+40、+60と強化できるんじゃないか……考えたのだ。


 だけど、今現在、重ねがけをする付与術師はいない。


 術の対象者に様々な副作用が現れたからだ。


 僕が知っている中でも、疲労が倍増してしばらく入院する羽目になったり、一定期間マジックパワーの回復ができなくなったりと、かなり重度の副作用が現れている。


 故に、支援魔法の重ねがけはタブー。


 一時的に強くなるのは事実だけれど冒険者を廃業しないといけなくなる、いわば「冒険者の寿命を削る悪手」なのだ。



「ふ、付与術の重ねがけって……そんなことして大丈夫なの!?」



 リンさんが尋ねてくる。



「わかりません。ですが……このままだと、ヒュドラは倒せません」



 ヒュドラを倒さなければ、地上に戻れない。


 いや、それどころか、ここで全員殺されてしまうことになる。



「待て、デズくん」



 ガランドさんが引き止めるように僕の肩を掴む。



「支援魔術の重ねがけは命に関わると聞いたことがある。キミひとりにそんな重荷を背負わせるわけにはいかん」

「そ、そうですよ! 私たちも一緒に戦います! 私たちにかけてください!」



 膝を震わせながら、ドロシーさんが続く。


 正直なところ、そう言ってもらえるのは嬉しかった。

 もし、エスパーダで同じことを言い出したら、アデルたちは喜んで僕をひとりで行かせただろう。


 うん。やっぱりこのパーティ──大好きだ。



「そう言って貰えるのは嬉しいけど、だめです。みんなに重ねがけをして全員が動けなくなったら、ダンジョンコアを破壊できなくなります。副作用を受けるのは、ひとりで十分です」

「で、でもデズきゅんも一緒に地上に戻らないと……」

「もちろんです。ここで死ぬつもりなんてありません。なので、もし僕が動けなくなったら地上まで運んでもらえますか? お荷物になっちゃうかもしれませんけど……ほら、僕って体重は軽い方なので」

「……」



 おどけるように肩をすくめると、リンさんの表情がいくらか柔らかくなった。


 しばしの沈黙。



「……わかった」



 リンさんが、意を決したように深く頷く。



「あたしが絶対デズきゅんを地上に連れていってあげる。だから、安心して任せて! みんなもそれでいい?」

「……ああ。俺が責任を持ってキミを守ろう」

「わ、わ、わかりました! ダ、ダンジョンコアは任せてください!」



 ガランドさんとドロシーさんも賛同してくれた。


 そうして僕は仲間たちに見送られ、ヒュドラの前に立つ。


 ヒュドラはすぐに襲ってこようとはしなかった。


 いつでも殺せるという余裕か。

 それとも、僕のことを警戒しているのか。



「……さて」



 その時間を最大限活用させてもらい、思案する。


 付与術の重ねがけをするとは言ったけど、どのステータスを上げるべきだろう。


 使えるマジックパワーには限度があるし、無作為に付与術を使えばすぐに枯渇してしまう。となるとまず上げるのは、マジックパワーの総量に関係している精神力か?



「いや、違うな」



 精神力を上げたところで、僕にはドロシーさんのような攻撃系の魔術は使えない。


 戦闘を有利に進める魔術が無い以上、精神力を上げるのは無意味だ。


 とするなら──ブーストすべきは、近接戦闘能力。



「……【筋力強化】、【生命力強化】、【俊敏力強化】、【持久力強化】」



 4つの付与術を連続して発動させる。


 さらにそれを二重がけドッペルト



「……まだだ」



 これだけじゃ足りない。


 僕の貧弱なステータスをシンシア……いや、シンシア以上のレベルまで引き上げるには、さらに重ねがけが必要だ。


 マジックパワーが許す限り、極限までかけていく。


 三重かけトリオ

 そして、四重かけクワテット──。



「……うっ」



 意識が朦朧としてきた。

 すでに体の節々が、ちぎれそうに痛い。


 だけど──体の奥底から、今まで体験したことのないような力が溢れている。



 名前:デズモンド・ストライフ

 種族:人間

 職業:付与術師

 レベル:9

 HP:1200000/1200000

 MP:0/70

 生命力:2400000

 筋力:640000

 知力:0

 精神力:9

 俊敏力:1280000

 持久力:1600000

 運:11

 スキル:【乗算付与】

 状態:疲労、炎症、筋膜等痛症

 


 すでに状態異常にかかっているみたいだけど、僕のステータスは見たこともない数値になっていた。


 ──行ける。


 これなら、確実にヒュドラを倒せる!



「……ッ!? ガアアアアアアッ!」



 空気を震わしたのは、威嚇するようなヒュドラが凄まじい咆哮。


 モンスターの本能で「この人間は危険だ」と感じ取ったのか。


 即座にヒュドラが動く。


 前かがみの体制で大きく尻尾を振り上げた。


 ガランドさんの盾を一撃で使用不能にした尻尾攻撃テイルストライクⅢ


 だが、僕めがけて振り下ろした瞬間──鱗に覆われたヒュドラの強靭な尻尾が弾け飛んだ。



「ギャアアアアアア……ッ!?」



 ヒュドラの悲鳴と共に、尻尾の肉片と青い血が雨のように降り注ぐ。



「凄い……手を払っただけで、ヒュドラの尻尾が吹き飛んじゃった」 



 まぁ、64万もある筋力で払ったらそうなるか。


 しかし、すごい。


 この力、きっと「脳筋な付与術師ミードヘッズエンチャンター」ドノヴァン以上だ。


 色々と試してみたい。


 どこまで戦えるか、見てみたい──。



「……いやいや、だめだ」



 だけど、その考えはすぐに捨てた。


 そんな悠長なことをやってる時間はない。


 僕の付与術の効果は、持って数分。


 その間にこいつを仕留めなければいけない。


 効果が切れた後でどんな副作用が現れるかわからない付与術の四重かけに、二度目はないのだ。



「よし、一気に行かせてもらうよ!」



 足を踏ん張り、ヒュドラに向かって地面を蹴った。


 凄まじいスピードで視界がゆがむ。


 破裂音。


 衝撃。


 気がつくと僕はヒュドラの右腕を吹き飛ばし、勢い余って天井に両足を突き刺していた。 



「……うわっ!?」



 勢いが強すぎたか。


 結構力をセーブしたつもりだったんだけど、制御が少し難しいな。



「グオァアッ!」



 ヒュドラの顔のひとつが息を吸い込み、真っ黒いブレスを吐いた。

 神経毒ブレスポイズンブレスⅢだ。 


 黒煙が届く前に天井から離れ、一瞬で地上に降りる。



「……グア?」



 僕を見失ったヒュドラが辺りを見渡す。



「僕はこっちだ!」



 ヒュドラの半分ちぎれている尻尾を掴み、思いっきりぶん投げた。


 数十メートルはあろうかというヒュドラの巨体に重さは感じなかった。


 尻尾が根本からちぎれ、ヒュドラの巨体が空中に舞う。



そこだったら、逃げられないよね」



 跳躍。


 猛スピードで飛んでくる僕を喰らおうと、首の一つが噛み付いてくる。


 だが、その攻撃は空を切った。

 接近してくる僕が、あまりにも速すぎたからだ。


 反撃のチャンス。


 そう考えた僕は、伸び切ったヒュドラの首に爪を立てて急停止する。


 鱗がめくれ上がり、血がほとばしる。


 僕はそのまま首の上を走っていき、脳天から拳を叩き込んだ。


 骨が砕ける音。


 ヒュドラの頭が吹き飛んだ。 



「ギャアアア!?」



 残りふたつの顔が悲鳴を上げた。


 ヒュドラの動きが止まる。


 よし。このまま一気に仕留めてしまおう。


 そう思ったのだけど──ヒュドラは、まとわりつく僕を追い払おうと暴れまくった。



「……クソッ」



 錐揉状態のまま、ヒュドラと一緒に地上に落下。


 凄まじい衝撃が体を襲ったが──。



 名前:デズモンド・ストライフ

 HP:1199900/1200000



 ヘルスパワーは全く減っていない。


 相変わらず節々は痛いし、疲労感は強まっているけど戦闘に支障はない。



「……ん?」



 と、起き上がったヒュドラに異変が起きていた。


 体が青白く輝き、鱗がざわめきはじめたのだ。


 何かやってくる?


 すかさず【鑑定眼】を発動。



 名前:リベンティーナ・トトノス

 種族:ヒュドラ

 状態:【ディバインスケイル】により無敵状態(ただし攻撃不可能)



 なるほど。


 僕の攻撃が痛すぎて、スキルを使って守りに徹したというわけか。


 無敵状態ということは、僕の攻撃は一切通らない。


 だけど、スキルを発動している間は向こうも攻撃できない。


 となれば──持久力勝負と行こうじゃないか!



「……はッ!」



 ヒュドラの胴体に拳を叩き込む。


 だが、手応えは皆無。


 固くなったというより、時間が止まっているというイメージに近い。


 連続して拳を叩き込むが、反応は同じ。



「……グルルゥ」



 ふたつの顔が僕を見下ろす。


 無駄だとでも言いたげだな。


 よし。お前のスキルが切れるのが先か、僕のスタミナがなくなるのが先か勝負だ。



「はあっ!」



 渾身の一撃を叩き込む。


 地面に亀裂が走るほどの衝撃。


 だが、ヒュドラはびくともしない。



「おらおらおらっ!」



 渾身の一撃を叩き込み続ける。



「……ウギ?」


 と、ヒュドラの表皮を覆っていた青白い光りにひびが入った。


 その亀裂は少しづつ広がっていく。



「ギ」



 そして、その亀裂が体全体を覆い尽くしたとき──弾けた。



「ギギ……」



 僕の拳が鱗を貫く。


 一発。 


 さらにもう一発。



「ギ……ギギ……グガッ」



 僕の連続攻撃に、ヒュドラの巨体がグラリと揺れた。


 

「これで終わりだっ!」



 拳に力を込め、地面を蹴った。


 次の瞬間──僕はヒュドラの体を貫通し、反対側に立っていた。


 振り向いた僕の目に映ったのは、ヒュドラの胴体に穿たれた巨大な穴。



「……」



 ヒュドラは糸がきれた人形のように脱力すると、その場に崩れ落ちる。


 ズズンと地面が揺れ、静寂が訪れる。


 勝負あり、かな?


 ホッと胸をなでおろしたとき、凄まじい疲労感が津波のように押し寄せてきた。


 付与術の効果が切れたのだ。


 思わずその場に膝をついてしまった。


 全身が痛い。


 指一つ動かせない。


 息をするのも億劫だ。



「デ、デズきゅん!」 



 リンさんの声。


 なんとか声のほうに顔を向けると、血相をかえてリンさんたちがこちらに駆け寄ってきていた。



「す、凄い! 凄いよデズきゅん! あんなバケモノを倒すなんて!」

「圧倒的な戦いだった! 見事だったぞ、デズくん!」

「か、かか、体は大丈夫ですか!? い、今すぐポーションを──」



 ドロシーさんが僕の体をそっと抱き上げ、治癒ポーションを飲ませてくれた。


 だけど、体が復調する兆しはない。


 朦朧とする意識の中、【鑑定眼】を発動させる。



 状態:疲労、炎症、虚無、沈黙、侵食毒、麻痺、感冒……



 僕のステータスに出ていたのは、見たことがない状態異常のオンパレード。


 ひとつひとつ見ている間にも、状態異常はどんどんと増えていく。


 こりゃ、すごい。

 こんなステータス、見たことない。



「……ごめんなさい、皆さん。あとは……お任せ……しました」

「デデ、デズきゅんっ!?」

「デズくんっ!」

「デズモンドさんっ!」

「……」



 そうして僕の意識は、仲間の声に見送られるように暗闇の中に飲み込まれていった。

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