第13話 幕間 エスパーダその2


「……ああ、クソッ!」



 ブリストンに点在するダンジョン管理を行っている「迷宮協会」の会館に、アデルの声が響いた。


 募りに募ったアデルの苛立ちは頂点に達していた。


 その理由はただひとつ。


 破竹の勢いでダンジョンを踏破してきた新進気鋭のエスパーダが、存続の瀬戸際に立たされているからだ。


 これまでB級ダンジョンを余裕で踏破できていたはずなのに、B級どころかC級すら満足に探索できない状況が続いている。


 そして──それだけではなく、追い打ちをかけるように迷宮協会から不名誉すぎる通達が来たのだ。



「……おい見ろよあれ。噂のエスパーダだぜ」



 迷宮協会の一角に屯している冒険者の声が聞こえた。



「エスパーダ? 確かダンジョン踏破しまくってるルーキーだよな? 何かあったのか?」

「なんでも五回連続でダンジョン探索に失敗して、B級ダンジョンに出入り禁止になっちまったんだと」

「え、マジで? 余裕で踏破してたんじゃねぇのか?」

「何があったか知らねぇけど、噂じゃD級すら危ないレベルになってるらしい」

「うっわ、やばいなそれ。てか、それで良く表を歩けたもんだな? 俺なら恥ずかしくて首をくくっちまうぞ」

「だよな。まぁ、ルーキーのくせにデカい面してたから、ザマァとしか思わねぇけどよ」

「はは、違いねぇ」

「……っ!」



 アデルの眉間に青筋が立つ。


 怒りに任せて冒険者たちに殴りかかろうとしたアデルだったが、すぐさま一緒にいたマリンに止められた。



「ちょ、やめてよアデル! 会館で暴力沙汰はまずいから!」

「……っ! クソがッ!」



 振り上げた拳の行き場に困ったアデルは、近くにあった椅子を蹴り飛ばすと、足早に会館を後にする。


 そんな彼を見ていた、冒険者たちから冷ややかな笑い声が上がる。


 アデルをここまで苛つかせているのは、迷宮協会から送られてきた「ダンジョン出入り禁止」の通達にほかならない。


 昨日、B級ダンジョン「セルヴィア樹窟」の探索失敗を受け、迷宮協会から正式にB級ダンジョンの立ち入り禁止措置を受けることになったのだ。


 迷宮協会は冒険者協会の関連組織で、冒険者のダンジョンへの立ち入りを管理している。


 ブリストンの経済はダンジョン探索によって成り立っているが、誰でも好きなダンジョンを探索できるというわけではない。


 腕に見合っていないダンジョンには立ち入ることを禁止されていて、それに従わない場合は即刻、冒険者ライセンスを剥奪されてしまう。


 C級ダンジョンの探索に連続失敗していたアデルもそれを危惧していた。


 だから先日、立ち入り禁止を回避するためにB級ダンジョンのセルヴィア樹窟の踏破を目指していた。


 セルヴィア樹窟の情報は事前に入手していたし大金を払ってA級の付与術師を雇って、万全を期したつもりだったが──結果は失敗。


 セルヴィア樹窟の特殊エリア「熱帯フロア」で全滅の危機に陥り、またしても【転送】の魔導書で離脱することになった。


 事前に熱帯フロアの情報は得ていたのに、アデルたちが探索に失敗した理由は単純明快だった。


 通常、熱帯フロアに立ち入る場合は対策を講じておく必要がある。


 昼間は蒸し暑く、突発的な雨が降ることもあるために外套は必須だし、昼間と夜間の気温差が激しいため防寒具も必要になる。


 だが、アデルたちはそのどれも準備をしていなかった。


 ──いや、「準備していなかった」というより、「準備することを知らなかった」という表現が正解なのかもしれない。


 なにせ、デズモンドが一緒だったときはそういう類のものを一度も必要としなかったからだ。



「クソッ……一体、何だってんだ」



 連盟拠点に向かいながら、アデルは吐き捨てるように言う。



「デズモンドのヤツがいなくなってから、こんなことばっかりじゃねぇか」

「確かに、ちょっと変なことが起きすぎてるわよね……」



 マリンもそれを感じていた。


 おかしいのは、特殊フロアの件だけじゃない。

 ここ最近、探索をするたびにモンスターから奇襲を受けることが増えていた。


 突然の襲撃を受けて最悪の状況で戦闘をすることが多くなり、命からがら逃げ延びるという状況が頻発している。


 さらに、今まで遊び半分で倒せていたモンスターに全く歯が立たなくなってきているのもおかしい。


 モンスターを簡単に切り刻んでいたアデルの剣は全く通らなくなったし、マリンの魔術も撃てて一日一回レベルに落ちている。


 さらにカロッゾも盾師としての役割を全うできず、先日はついに大怪我を負って病院送りになってしまった。



「……こうなったら、D級に潜るしかないか」



 アデルが立ち止まる。


 彼の視線の先にあったのは、D級ダンジョンの入り口。



「ちょ、ちょっと待って!?」



 慌ててマリンが引き止める。



「あ、あたしたちがD級ダンジョン探索!? ウソでしょ!?」

「仕方ねぇだろ。このままじゃ臨時メンバーを雇うどころか、装備のメンテナンスすらできないんだ」



 すでにアデルたちの装備は連日の探索失敗でボロボロだった。


 このまま行けば、破産は間違いない。


 そうなる前に、D級ダンジョンで小銭を稼ぐしかない。



「あ、あたしは絶対に嫌よ!? D級なんて、冒険者に成り立てのガキが行くところじゃない! そんなの、恥ずかしすぎて表を歩けなくなるわ!」

「ごちゃごちゃうるせぇ! さっさと付いてこい!」

「あ、ちょ、アデル!?」



 喚き散らすマリンを無理やり引っ張って、ダンジョンの入り口に向かう。


 ブリストンの街に点在しているダンジョンの入り口は、堅牢な門によって守られている。


 主に、ダンジョン内に生息するモンスターが外に出ないようにするためのものだが、冒険者が勝手に出入りしないようにする意図もある。


 そんな門を守っているのが、迷宮協会の門守ゲートキーパーだ。


 ダンジョンに入るには彼らに首から下げている冒険者プレート「冒険者認識票」を提示して許可を得る必要があるのだが──。



「……ん?」



 いつもなら認識票と冒険者リストと照合して終わりなのだが、どういうことかゲートキーパーは手渡されたアデルの認識票を懐にしまった。



「おい、何やってんだ? 冒険者認識票を返せ」

「申し訳ありませんが、こちらは没収となります」

「はぁ!? 没収!?」



 アデルが素っ頓狂な声をあげる。



「ぼ、没収ってどういうことだ!?」

「こちらの認識票はお使いになれません。後日、冒険者協会より新しい認識票がアデル様の連盟拠点宛に届きますので、それまでお待ちください」

「……新しい認識票?」



 それを聞いて、アデルの顔に安堵の色が浮かぶ。



「ったく、そういうことか。ランクアップだったら先に連絡して──」

「いいえ、逆です」



 ゲートキーパーは冷ややかな声で続ける。



「アデル様の新しい階級は──Cです」

「……は?」



 ぽかんとしてしまうアデル。


 やがてその顔に焦りが広がる。



「し、しし、C!? それってつまり──」

「はい。アデル様はB級からC級に降格とのことです」

「ふ、ふ、ふざけんな! 俺がCに降格なんて……何かの間違いだ!」

「間違いではありません。ちなみにそちらのマリン様もC級に降格なので、冒険者認識票は預からせていただきます」

「……はぁ!?」



 一瞬ぽかんとしたマリンだったが、すぐに戸惑いの声をあげる。



「あ、あたしも!? な、な、なんであたしがC級に降格なのよ!?」

「度重なる探索失敗が原因だと思われますが、こちらではわかりかねます。詳しくは冒険者協会に問い合わせください」

「……そっ、そんな」



 愕然とするマリン。  


 一方のアデルの頭は、真っ白になっていた。


 ランク降格──。


 その文字が永遠と頭の中で反芻される。



「おい、どけよ」



 ふとアデルの耳を撫でたのは、男の声。


 振り向けば、見たこともない冒険者がこちらを睨んでいた。



「後ろがつかえてんだろ。邪魔だよ」

「……邪魔だと? 俺が誰だかわかってんのかテメェ?」

「噂になってるエスパーダのアデルだろ? C級ダンジョンすら満足に探索できねぇ雑魚がピーピー吠えてんじゃねぇよ」

「……っ! 何だとっ!?」



 アデルは咄嗟に男の胸ぐらを掴む。



「あ? なんだよ? 喧嘩を売るってんなら喜んで買うぜ? エスパーダのリーダーをボコれたら、俺の名も上がるだろうしなぁ?」



 男が歪に片頬を吊り上げる。


 こちらを完全に見下している男の視線に怒りが爆発しそうになったが、男の冒険者認識票を見て怒りがしぼんでいった。


 男が胸に下げているプレートはC級。


 多分、こいつらはC級ダンジョンを主戦場にしている冒険者たち。

 一方の自分は、現状C級すら満足に探索できなくなっている。


 やりあえばどういう結果になるかなど──想像するまでもない。



「……」



 アデルは男から手を離すと、くるりと踵を返した。


 そして、逃げるように男の前から立ち去る。



「おいおい、マジかよ!? 威勢よく啖呵きっておきながら尻尾巻いて逃げるのか!? 噂以上の腰抜けだな!?」

「ダサすぎんだろ!」



 背後から笑い声があがったが、アデルの耳には届いていなかった。



「ア、アデル」

「……」



 慌てて後を付いてきたマリンの言葉すら、アデルには届かない。


 アデルは今まで経験したことのないような怒りに震えていた。


 絶対におかしい。

 こんなことがあっていいわけがない。


 あんな雑魚冒険者にビビって尻込みしてしまうなんて。


 この前まで、自分たちはB級ダンジョンを簡単に踏破できていたはず。


 飛ぶ鳥を落とす勢いでダンジョンを踏破して、前人未到のS級ダンジョン踏破も近いなんて言われていた。


 あの役立たず付与術師が一緒だった状態だったにもかかわらず──。



「役立たず付与術師……?」



 ふと、アデルが立ち止まる。


 彼の頭に浮かんだのは、先日クランをクビにした付与術師の顔だった。



「そうか。デズモンドか」

「……え?」

「デズモンドの野郎だ! あいつが俺たちに魔術か何かをかけやがったんだ!」



 そうに違いない。


 なにせあいつは付与術師なのだ。

 能力を制限させる魔術が使えても不思議じゃない。


 確信したアデルは走り出す。



「え? ちょ、アデル!? どこ行くのよ!?」

「あのクソ野郎を探すぞマリン! ヤツを探して、俺たちにかけやがった魔術を解除させるんだ!」 



 覚悟しておけよ、あのクソ野郎。


 この妙な魔術を解除させて──元に戻った力でぶっ殺して、ダンジョンのモンスターどもの餌にしてやる。

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