第9話 アイスゴーレム

 【耐寒強化】のおかげで難なくメスヴェル氷窟の第2階層をクリアした僕たちは、第3階層までやってきた。


 いよいよ「上層」の最終区画だ。

 ここをクリアすれば、最初の目的である上層クリアになる。


 ダンジョンは「上層」「中層」「下層」「深層」の4区画にわけられていて、メスヴェル氷窟は各層、3層構造になっているらしい。


 第3層も寒冷エリアで、代わり映えしない氷の世界が続いている。


 ここまで遭遇してきたモンスターは、どこにでもいるゴブリンや、氷魔術を使うウサギのモンスター「ホワイトラビット」などなど。


 どれもD級からC級のモンスターなので、弱点強化の付与術で問題なく対処することができた。



「ねぇ、デズきゅん。ちょっと気になることがあるんだけどさ?」



 第3階層の入り口を開いたとき、何気なしにリンさんが声をかけてきた。



「他の冒険者に遭遇しないね?」

「そ、そういえばそうですね……」



 どうやらドロシーさんも同じことを思っていたらしい。


 確かに彼女たちが言う通り、寒冷エリアに入ってから冒険者の姿を見ていない。



「メスヴェル氷窟はC級ダンジョンなので比較的経験が浅いクランが入るダンジョンなのですが、防寒具が必須なので収支を考えて避けているのかもしれませんね」

「ああ、なるほど。そういうことか」



 合点がいったと言いたげに、ぽんと手を叩くリンさん。


 メスヴェル氷窟に来ているシュヴァリエのメンバーも僕たちだけだし、忌避しているクランは多いのかもしれない。


 冬の季節でも雪があまり降らないブリストンで、メンバー全員分の防寒具を用意するのは結構お金がかかるのだ。



「それよりも、気をつけてください。ここから危険な罠が増えますから」

「え? 罠? そんなものあるの?」

「はい。階層主フロアボスがいる階層は魔術で不可視化された罠が多くあります」

「ふ、不可視化された罠? もしかして隠されてるってこと?」

「そうです。実際に触れて発動するまで見えません」

「はぇ~!」



 リンさんがなんとも気の抜けた返事をする。



「しっかし、流石は破竹の勢いでダンジョンを踏破してたエスパーダの元メンバーね。打てば響くっていうか、知識量がダンチだわ」

「ど、どうも」



 恐縮してしまった。


 まぁ、エスパーダの元メンバーとか言われても全然嬉しくないけど。



「でもさデズきゅん、そんな危険な罠、どうやって避ければ良いの?」

「ガランドさんみたいな盾師が壁になりながら進むというのが一般的なんですけど……ちょっとズルしますね」

「え? ズル?」



 早速、付与術を発動させる。


 瞬間、壁に透過するように、いくつもの光る影が見えはじめた。



「うげげっ!? なにこれ!?」



 リンさんが驚嘆の声をあげる。



「【視覚強化】の付与術をかけて視覚をブーストしました。光って見えているのが不可視罠です」



 【視覚強化】は感覚強化の付与術で、動体視力を強化する効果がある。


 とはいえ、高ランクの【視覚強化】でも動体視力がある程度あがるくらいなので、戦闘で使われることはあまりない。


 ダンジョンから出土された珍しい魔術書を集めている「コレクター御用達の付与術」という位置づけだ。


 だけど、僕が使うと実用性がすこぶる高くなる。


 乗算付与のおかげで放たれた弓矢をキャッチすることもできるし、こんなふうに不可視罠のような「見えないもの」まで見えるようになるのだ。



「すんご! 毎度ながら、デズきゅんの付与術ってとんでも能力だね! これじゃあ、あたしの下着の色とかもバレちゃて──」

「先を急ぎましょうか。付与術の効果が切れてしまうので」

「ねぇ、最後まで言わせて?」

 

 一応言っておきますけど、下着の色はわかりません。


「先頭はガランドさんでお願いします。【視覚強化】で不可視罠は見えていますが、可視状態の罠もあるので注意してください」

「承知した」



 深く頷くガランドさん。


 なんでもないブービートラップに引っかかるのは避けたいからね。


 こうして僕たちは、階層主がいる場所を目指して探索を続けた。



***



 第3階層の探索をはじめて30分ほど。


 僕たちがたどり着いたのは、だだっぴろい空間だった。


 中心に氷漬けになっている小さな塔のような建物があるだけ。


 あれが第4層……つまり、中層へと続いている階段だろう。


 でも、周囲の岩は普通なのに、あそこだけ氷漬けになっているのは不可解すぎる。



「ねぇ、あの氷って……」

「ま、魔素を感じます。多分、誰かが魔術をつかって氷漬けにしたのかと……」



 リンさんに続いたのは、震えた声のドロシーさん。


 僕も同じことを考えていた。


 中層に続く階段をわざと氷漬けにする相手はひとりしかいない。


 この階層を守る階層主だ。



「皆さん気をつけてください。いつ階層主が襲ってきてもおかしくありません。ガランドさんを先頭にして、警戒しつつ──」



 と、そのときだ。


 周囲が激しく揺れだした。



「ぬうっ!?」

「うわわっ!?」

「う、うひゃあ!?」



 僕以外の3人が同時に悲鳴をあげる。


 地響きは次第に大きくなり、階段の周囲に地割れが起きた。


 マズい。まさかこのまま陥没するのか。


 各層の地層の厚さがどれくらいあるのかわからないけれど、ダンジョンでは罠や陥没事故で一層下の階まで転落してしまうということがたまに起きている。


 このまま中層一直線はできれば避けたい。僕の魔素はまだ大丈夫だけど、他のメンバーの消耗が激しいし。


 そう考え、後退しようと思ったときだった。


 まるで地面から這い出してくるかのように、巨大な腕が現れた。


 それに続いて、頭、胴体。


 異様だったのは、その巨人は半透明の氷で出来ていたことだ。



「ちょ、何あれ!? 氷の化け物が地面から出てきたんですけど!?」

「アイスゴーレムだ……!」



 実際に見るのははじめてだけど、噂には聞いたことはある。


 ゴーレムには多種多様な個体が存在している。


 岩石で作られたストーンゴーレムに、鉄で作られたアイアンゴーレム。


 珍しいものだと泥で作られたクレイゴーレムや、死体で作られたコープスゴーレム。


 そして、氷で作られたアイスゴーレム。


 種類が多いゴーレムだけど、倒し方は全部同じだ。


 外殻をつなぎとめるための魔素を発生させている「コア」を破壊すればいい。


 ゆっくりと地中から這い上がってくるアイスゴーレムの胸部に、赤く光るものが見えた。


 あれがコアだ。



「生命力付与をかけます! ガランドさん、アイスゴーレムの注意を引き付けてください!」

「ああ、任せろ!」



 ガランドさんが巨大な盾を構える。


 倒し方がわかっているとはいえ、相手は危険な階層主だ。


 しっかりガランドさんにターゲットを取ってもらって、慎重に攻める。



「こっちだ! 氷の化け物め!」



 いつものように僕の【生命力強化】を受けたガランドさんが盾を鳴らしながらアイスゴーレムに向かって走り出す。



「……グオオオン」



 アイスゴーレムが唸り声を轟かせながら、巨大な拳をふりあげた。拳だけでゆうにガランドさんの体の数倍はある。



「……ぐっ!?」



 ガランドさん目掛けて振り下ろした瞬間、大地が揺れ、氷や土が水しぶきのように飛び散った。



「ガランドさん! 大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫だ。だが……すごい衝撃だ」



 なんとか盾で防いだガランドさんだったが、大きく弾き飛ばされてしまった。


 僕の付与術で強化したのに、押し負けている。



「こんの氷魔人っ! 今日のおやつはあんたを使ったかき氷だっ!」



 アイスゴーレムの動きが止まった瞬間を狙ってリンさんが飛び出す。


 同時に彼女に【筋力強化】を発動させる。


 俊敏力を活かしてゴーレムに肉薄したリンさんは、地面に突き刺さったままの腕を斬りつけた。


 だが──その腕には小さな切り傷しかついていなかった。



「あれっ!? 全然効いてない!?」



 やっぱりだ。


 ゴブリンやホワイトラビットならなんとかなるけど、階層主ともなると力負けしちゃうか。


 原因は強化しているステータスの元々の数値が低いからだろう。



「デ、デズモンドさん! どどど、どうしましょう!? 私の魔術でアイスゴーレムの表皮を破壊しますか!?」

「いや、ドロシーさんはまだ魔術を使わないでください! 別の方法であの分厚い氷を破壊します!」



 だけど、まだまだ想定内だ。


 これくらいのことはエスパーダでもしょっちゅうあったからね。


 幾度となくピンチに陥って、そのたびに僕が付与術を使って切り抜けてきた。


 ──まぁ、彼らは全部自分たちの力だと思ってたみたいけど。



「リンさん、ガランドさん! 追加で付与術をかけます! そのまま続けてください!」



 僕は彼らに向け、とある付与術を発動させた。

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