第19階 ドワーフ
吹き荒ぶ冷たい風が、塔の壁を叩く肌寒い塔の屋上。
そこには3つの人影があった。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃいませ」
ゼノとエアリスの旅立ちをクラリスが見送る。
大きな翼を広げて飛び上がったエアリスが、羽ばたきながらゆっくりと降下してゼノの両肩を足で掴んだ。
痛くない程度に加減してくれているため、これなら長時間でも耐えられそうだ。
「うっかり落としたら悪いな。先に謝っとくぜ」
「大丈夫。しっかり捕まってるから」
「あぁそうかい。それじゃぁ行くぜっ!!」
口角を吊り上げ、悪戯に笑ったエアリスが大きく羽ばたくと足は地面を離れ、塔は豆粒のように小さくなった。
瞬く間に景色は後ろに流れ、今まで乗ったどんな乗り物より速い。
……いや、速すぎた。
「さ、寒い寒い寒い怖い怖い怖いっ!!」
「なんだって~!なんも聞こえねーや!」
目がまともに開けられないほどの冷たい暴風が体にぶつかり、何とも言えない浮遊感が恐怖を感じる。
風を切り裂き進むエアリスはそんなことも気にせず、時には滑空を織り交ぜて羽ばたき続ける。
エアリスの頑張りもあって、目的の山脈には1時間もかからずに到着した。
人の並んでいる国境検問所も飛び越えて、空から見えた、いくつもの煙の柱が漂う山の麓に2人は着陸した。
勢いを殺しながら地面へ近づいたエアリスは"うっかり"ゼノを手放してしまった。
「あ、わりぃ」
「ぅぁあああああ!?」
ごろごろとゼノの体は転がり、小さな池の中に頭から突っ込んでいった。
「あ、あぶっあぶない!死んじゃうから!」
「はいはいわかったわかった。ぴーちくぱーちく、うっせえぞクソマス」
どちらかというとぴーちくぱーちくはエアリスの方だと思うんだけど。
服の袖を絞りながら池から上がったゼノ、欠伸をしながらそっぽを向くエアリス。
ま、エアリスはこういう性格なんだと割り切っているゼノの立ち直りは早かった。
「それじゃあ、行こっか。煙が上がってたのは……あっちかな」
「おー、じゃあ行こうぜ~」
ゼノは空から見た村へ向けて水を滴らせながら進む。
エアリスの足は、人間の関節とは違ういわゆる逆関節だ。足のサイズも倍は大きいし、形も三又に分かれ鋭い爪を備えている。
それでも器用に歩きながら、ゼノに後ろから付いていく。
足跡だけ見れば、人間が化け物に襲われていると間違われてしまうだろう。
「ってかよぉ。いきなり押しかけてウチで働いてくれなんて聞いてもらえんのかよ」
「さぁ?とりあえず行ってみないと分かんない」
「無計画かよ……」
まぁ、そうともいうかも。
2人仲良く喋りながら、目的の村へ向け歩き続ける。
しばらく山を登ると、開けた場所に出た。
そこはかつて採石場として使われていた場所で、大きな岩が散乱していた。
周囲には大きな岩壁が迫り、荒々しい景色が広がっている。
だがその風景にゼノとエアリスはそれほど驚かず、一歩進んでいく。
「ここは採石場かな?すごいね、もう使われないみたいだけど……」
ゼノは首をかしげ、広々とした採石場を見回す。
一方、エアリスは彼の発言に対して冷ややかに反応した。
「何でそんな楽しそうなんだよ。たかが石を掘ってるだけだろ」
エアリスの口調は相変わらず強気で、甲高い声が岩壁に反響しる。
ゼノは苦笑しながら前に進んでいく。
「それはそれとして、ここにドワーフはいるのか?」
その時、ゼノの疑問に答えるかのように、頭上から小さな石が落ちてきた。
二人が驚いて見上げると、岩壁の途中に小さな穴が開いていて、そこから一人のドワーフが顔を覗かせていた。
「何者じゃ!? 人間なんて久々に見るぞ!」
髭をたくわえたドワーフの男は声を張り上げて尋ねた。
その声に二人はぎょっとしたが、すぐにエアリスが口を開く。
「ちょっと、おっさん! こっちに降りて来てよ!」
その無礼な声にドワーフの男は一瞬驚くが、すぐに笑いを浮かべた。
「こんなところに人間の来客とは! いいじゃろう、降りて行くとも!」
その言葉を残し、ドワーフの男は穴から姿を消した。
そして数分後、石段を駆け降りてきた彼はゼノとエアリスの前に立つ。
「魔物を連れた人間の子とは面白いのう。ワシはドワーフのバルグン、ここに何の用じゃ?」
バルグンは背が低く、肩まで伸びたもじゃもじゃの髪を革紐で束ねていた。
彼の顔は粗野で赤みがかった髭は口元を覆っており、厚い眉毛の下には好奇心に満ちた瞳が光っている。
その声は彼の小さいながらがっしりとした体格とぴったり合っていて、石を割るような強さを感じさせる。
そして彼の口調は親しみやすく、ゼノは素直に自分たちの目的を伝えることにした。
「ドワーフを探しているんです。仕事を請けてくれる」
ゼノの申し出に、バルグンは眉をひそめる。
しかし、その目には間違いなく興味が宿っていた。
「うーむ……無駄じゃと思うがまぁ、話だけなら良いじゃろ。よし、付いて来い」
バルグンは首をかしげつつも、明らかに興味津々の様子でゼノとエアリスに案内を申し出る。
ゼノは感謝を告げ、2人はバルグンの案内に従い、ドワーフの集落へ向かう。
山を少し登ると、突如として開けた空間に今まで見たことのない景色が広がっていた。
「ようこそ、ここがドワーフの里『キングーフ』じゃ」
「キングーフ……」
切り開かれた岩山をうまく活用し、崖には無数の小さな穴が開いている。
それは、ドワーフたちの住居だった。
岩をくり抜いて作られたそれらの家は外から見ると単なる穴に見えるが、中に入ると石を積み上げた壁や天井がしっかりと支えられ、見事な構造を持っていた。
太陽の光が岩肌に反射して、周囲に温もりを与えている。
そして岩山の中央には、巨大な縦穴が開けられていて、その穴の底からは様々な作業音が聞こえてきた。
鉄を叩く音、ハンマーが鳴る音、それらが響き合って、リズムを作り出している。
「あれが、ワシらドワーフの心臓ともいえる炉じゃ。地下で鉱石を採掘し、その場で武器や道具を作っておるんじゃ」
バルグンはゼノとエアリスに説明しながら、その縦穴に施された螺旋の階段を下りていく。
ゼノはバルグンの背を追いながら、徐々に強くなる熱気と大きくなる作業音にほんのちょっぴりだけ緊張感を覚えつつ、未知の世界への高揚感を感じていた。
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