第16階 マッチポンプ

「昨晩はお楽しみかぃ?」

「え?お楽しみ?」


 別に……何もなかったけど。

 昨日と同じ受付の中年女性がにやにやと話しかけてくる。

 

 鍵を返却し、宿の隣にある出店で朝食を買う。

 ゼノは肉の切れ端を挟んだパンを買い、歩きながら二人で頬張った。

 ダンジョンの入り口では朝にもかかわらず、多くの人が行き交いしている。

 

「私が前、あんたは後ろ。ちゃんと着いてくるのよ、わかった?」

「うん。わかった」


 先導したいのか手を引いてダンジョンへ入るマリルと、手を引かれるゼノ。

 薄暗いダンジョンの中で、それぞれマリルは剣を抜きゼノは松明に火を灯す。

 低階層は人が多い分、他パーティの持つ明かりがダンジョンを明るく照らしている。


「行くわよ! 遅れないでねっ!」


 マリルは率先してスライムを狩った。

 目につくスライム全てを一撃で仕留めている。


「ちょっと動き過ぎじゃない、スライムなんてほっといても別に支障はないでしょ」

「そう? じゃあ走るわ」

 

 剣を鞘に戻し、マリルは軽やかに走り出す。

 スライムを避け、飛び越え、押しのけるマリルに松明だけを持っているゼノは振り切られないように追いかけることが精いっぱい。

 荷物の入ったバッグもそれなりに重いのだ。

 

「ちょっと……はぁ、速すぎぃ」

「何よ、もうバテたの?」

 

 立ち止まって振り返るマリルはため息を吐くと、壁に手をついて息を整えるゼノの肩に手を置いた。

 そしてゼノの膝裏に手を当てて、体を持ち上げたマリル。

 俗にいうお姫様抱っこである。


「え?」

「こっちの方が早いし、さっさと行けるでしょ?」

 

 先ほどよりもスピードを出して走り出すマリル。

 その胸元で足付かない浮遊感に恐怖から、顔を引きつらせながらマリルの首に手を回すゼノ。

 

「ちょっと、待って!つ、次の階段で止まって!」

「? わかったわ」

 

 通路を駆け抜け、階段を駆け上がり、あっという間に4階へ続く階段の前にたどり着いた2人。

 流石に走りっぱなしで疲れたのか、マリルも地面に座り込み一息ついてる。

 

「だ、大丈夫? 重くなかった?」

「別に、あんたぐらい背負ったまま戦えるぐらいだわ」

「なんでそこまで急いでるのさ?まだ初日だしゆっくり登ってもいいんじゃないの?」

「……そんなこと、あんたが気にすることじゃないわ」


 どうやらあまり踏み入って欲しくない話題だったのか、一言冷たく言い放ったマリルは立ち上がり階段を登り始めた。

 慌ててゼノがマリルを追いかけ、周囲を照らす。

 口数の減ったマリルに、ゼノは居心地の悪さを感じながらもついていく。


 「あ、ゴブリン」

 「なるほど、この階から新しいヤツが出てくるのね」

 

 途中で襲い掛かってきたゴブリンをなんの気概もなく一撃で首をはねる。

 素人目には達人のような剣捌きに見えるが、曰く彼女の剣の師匠はこんなものではないらしい。


「数が多いわね、『火よ、燃やせ』」


 剣を下げ、マリルが左手を集まってきたゴブリンに向ける。

 一瞬だけ、放たれた通路を埋め尽くすほどの火が放たれゴブリンに体に火が付いた。

 すぐさま纏わり付くように燃え上がり、のたうち回るゴブリン達を尻目にマリルは先へ進む。


「魔法も使えるんだ」

「少しだけね、子供だましみたいなものだけど」

 

 子供だましで丸焼きにされちゃたまらないけどね。

 危なげなくダンジョンを登るマリルに、このままでは踏破されてしまうのではないかと若干の焦燥感を心のどこかで感じるゼノ。

 

 2人は5階、6階、7階と今までにないペースで攻略を進めていく。

 基本的に進行方向に関してゼノは口を出していない。が、なぜかマリルの選んだ道は大体階段へ向かっている。

 剣の腕も魔法も優秀で、さらには幸運でもある……神にでも愛されてるのかな?


 「はぁ、そろそろ魔力が無くなってきたわ」

 「休憩する?」

 「そうね、次の階段前で休みましょう」


 ダンジョンへ入ってからおよそ6,7時間は経っただろうか。

 いつ敵と出くわすかもわからない環境で戦い続けたマリルは、自身が想像しているよりも消耗していることを自覚していた。

 

 9階へ続く階段の前に到着した2人は休憩をとるため、ゼノは結界紐を設置する。

 高いお金を使って買ったアイテムの1つだ、せっかくならしっかり休憩しよう。とゼノはマリルが見ていない隙に松明を3本取り出し、半ばから折って焚火を作った。

 疲労で頭が働いていないのか、マリルは気にも留めずゼノの隣に座り三角座りで火を眺めている。


「さっきはごめん、強く言い過ぎたわ」

「え、何の話?」

「なんで急ぐのかって話よ」


 それか。もう機嫌直ってたから気にしてなかった。

 別にそんなに知りたいってわけじゃないんだけど。

 

「あたし、上に2人姉がいるんだけどね。一番上の姉が病弱でいつも部屋で寝込んでるの」

「病弱……」

「そう。あたしが幼いころからずっとね。それで、このダンジョンの噂を聞いたの」

「噂?」


 ダンジョンの噂……どれだろう。

 今はもうダンジョンに関しては根も葉もない噂が行き交っていて、既に把握しきれていない。

 

「この塔にはどんな病も治すことができる薬があるって噂」

「……へー、そういうのもあるんだ」

 

 マリルの話す幻の薬。それはライアに、広げさせた噂の1つ。

 少なくとも現時点ではダンジョンにそんなものは無いけれど、誰も知らない事実を伝えるのは怪しすぎる。

 何でそんなこと知ってるの?って話になっちゃうからね。

 

「あたしは、その薬が欲しいの。今すぐにね」

「お姉さんの為に。姉思いなんだね」

 

 焚火のせいか頬が赤くなっているようにみえるマリルは腕に顔をうずめ、しばし無言の時間が続く。

 

「頑張ってとしか言えないけど……」

「言われなくても頑張ってるわよ。でも、ちょっと疲れたわ……動かないでよ」

「ん? あっ、え?」


 座り込んでいたゼノに体を預け、ゼノの肩に頭を乗せたマリル。

 起こさないように気を使いながらゼノも壁に頭を乗せて、目を閉じる。

 

 しばらくその時間が過ぎ、唐突にパチリと目を覚ましたマリルが立ち上がる。

 その動きに目を覚ましたゼノは1つ欠伸をすると、まだまだ使用できる結界紐の結び目を解く。

 その傍らでストレッチをしているマリル、休憩は十分だったようだ。


 元気を取り戻したマリルは、意気揚々と歩き出す。

 この短時間で魔力が回復したのかはわからないけどせっかくだし、マリルに魔法について聞いてみようかな。


「マリル、魔法ってどうやって使うの?」

「魔法? なに、魔法が使いたいの?」

「うん、どんな魔法でもいいから教えてよ」

 

 んー。と歩きながら考えるマリル。

 しばらく歩いて立ち止まったマリルが、ゼノに向き直る。


「魔法っているのは、体の中にある魔力っているのを自由に操れるようにならないと使えないの」

「魔力は多分、出すぐらいならできるよ。ほら」


 ゼノは手のひらをマリルに向け、ダンジョンを造る際に感じた温もりをゆっくりと放つ。

 マリルはその手に自分の手を合わせ、目を瞑った。

 

「……確かに魔力は操れるみたいね。まだまだだけど」

「魔法、使える?」

「うーん。まあ、初歩ならできるんじゃない?」


 意外とそんなに難しくないのかな、魔法って。

 とんでもない理論とか必要なのかと思ってたけど、ざっくりとした説明を聞くと簡単な魔法ぐらいはできそうだ。

 

「どんな詠唱?」

「『種火よ、灯れ』とかでいいんじゃない? 火の適正があればだけど」

「わかった。『種火よ、灯れ』」


 イメージ通り、指先から放っていた魔力がライター程度の小さな火に代わる。

 初めての魔法を成功させたゼノにマリルが目を大きく見開いた。

 

「あんた、魔法初めてよね?」

「え、うん。詠唱も初めて」

「普通、魔法を使えるのって時間かかるわよ……私だって結構かかったのに」

 

 ジトっとしたマリルの目に耐えきれなくなったゼノは、火を消してそっぽを向く。

 

「ま、いいことよね。初歩的な魔法なら町の本屋で魔法書も売ってるだろうし、練習してみれば?」

「うん。じゃあマリルが僕の先生だね」

「そ、そうね……わからないところが教えてあげてもいいわよ」

 

 ゼノの返しに満更でもないのか、口元をにやつかせながら再びダンジョン攻略を始めたマリル。

 マリルの見ていない間に魔法の感覚を忘れないよう、ゼノは指先に火を灯し練習を始めていた。

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