第10階 ※代償
巨体を揺らしながら元の形へと戻ったスライムキング。
攻撃を受けて怒ったのか、はたまたようやく敵として認識されたのか分からないが、その動きは活発的になっていた。
「ロゼッ! 動きを止められるか!」
「……無理、かな。大きすぎる」
「じゃあ気を逸らしてくれ!そしたらまた俺が「バクター!左だ!」ッ」
スライムキングの体から周期的に放たれる巨大な子分スライム。
通常の2、3倍はありそうなそのスライムは、細くもがっしりと戦士の体をしているバクターを簡単に押し倒してしまう程の大きさをしていながら動きは機敏だった。
闇に紛れて死角からバクターを押しつぶした子分スライムはその場で何度も飛び跳ね、確実にバクターにダメージを与える。
うつ伏せのバクターは血を吐き、少しずつスライムのボディに赤い染みがつき始めた。
「『津波よ、押し流せ』!」
ロゼが勢いよく撃ち出した、人を一人飲み込んでしまう程のおおきな水の玉は宙を飛ぶスライムの芯を捉え、その体液と混じりながら壁へ吹き飛ばして部屋中に轟音を鳴り響かせた。
すぐさまマールの回復魔法がバクターを包むが、動きが無い。
「マール! 俺達が気を引くからバクターを!」
「分かりました!」
トリッツは大剣を肩に担ぎ、バクターから離れるようにスライムキングに回り込む。
少し離れて同じく同方向に回り込んだロゼが、スライムキングの次々と放つ魔法を全て同程度の魔法で打ち消し、あるいは受け流していく。
バクターに駆け寄るマールは、バクターが意識を失っていることにすぐに気が付いた。
「『光よ、神より給うた癒しの光よ。彼の者を包み、目覚ましたまえ』!」
体の中の魔力が無くなる感覚、その対価にバクターは光に包まれふらふらと意識を取り戻した。
歯を噛みしめ、口から滴る血液を気にも留めず、バクターは立ち上がった。
「ッ……状況は? どれぐらい寝てた?」
「あなたを起こすために2人が気を引いてくれてるわ、意識を失ってたのは少しだけ」
「……まずいな、ロゼの負担が大きい。俺が前に出るからロゼを休ませる、回復してやってくれ」
「無茶です! 体が持ちません!」
「俺がリーダーだ。パーティメンバーの命は俺が背負う……それに、今ならこれがあるからな」
レッドポーションの小瓶を取り出し、口に含んで喉を鳴らす。
空いた小瓶を放り投げ、止める間もなく走り出すバクターは確かに痛みをこらえる様子もなく、戦闘が始まった時と同じように体を動かしているように見えた。
トリッツとスライムキングを挟むように、バクターが位置取る。
「ロゼ下がれ! マール回復を。トリッツ! まだいけるか!?」
「当たり前だ!」
「なら……同時にいくぞッ!」
ロゼは、魔法で後方へ自身を吹き飛ばし、地面に体を滑らせて距離をとる。
すぐにマールは回復魔法をロゼに放つが、意識が歪んで膝をついてしまったことから自身の魔力も残り少ないことに気づき、唇を嚙みしめた。
トリッツはあらかじめ配られていたレッドポーションに素早く口を付け、傷ついた体のコンディションを万全へ整える。
バクターとトリッツが同時に跳躍し、バクターは長剣を鞘に納め、トリッツは剣の腹を振りかぶる。
「行くぞ!」
「「≪震撃≫ッ!」」
2人分の振動。
それはスライムキングの中心でぶつかり合い、反発し、より強力な爆発力としてスライムキングの体を吹き飛ばした。
「上手くなったじゃねーか! トリッツ!」
「あぁ、おかげさまでな!」
大量の体液が飛び散るが、それらは空中で手を取り合うように蠢き、2人が着地し見上げた頃には大きなスライムの形へ戻っていた。
「トリッツ!」
「あぁ、"効いてるな"」
形は元へ戻った。
しかしその大きさはかさを減らし、半分近くまで小さくなっていた。
このまま消耗戦に持ち込めば……勝てる。そうパーティ全員の認識が一致した、その瞬間。
敗北を悟ったか、あるいは生への無意識な悪あがきか。
スライムキングは大きく体を震わせて今まで以上に大量の火球を作り出す。
その数は10を超え、まばらな大きさの火球が次々と周囲に放たれる。
数は多いが狙いは正確じゃない。
そうバクターが感じた通り、火球の中には誰もいない天井や壁など見当違いの方向に飛んでいくものもあった。
バクターは敢えて前へ進みながら、手持ちの盾を飛んでくる火球に斜めで構えて受け流す。
トリッツは大剣を地面へ突き刺し、遮蔽として扱って耐える。
ロゼはブルーポーションで回復したばかりの魔力を駆使して、真っ向から打ち消し続ける。
「まずいッ! マール!」
トリッツの声が耳に届き、振り返ったバクター。
視界には一際大きな火球が1つ、マールへたどり着く間際だった。
「マールッ!?」
バクターの声は火球の爆発へ飲み込まれ、かき消される。
スライムキングはすべての力を出し切り、形を保てないとばかりに巨体を崩し、二度と元へは戻らない水溜まりへ姿を変えた。
「ま、マール……」
「そんな、ふざけんな……ふざけんじゃねぇぞ!」
駆け出したバクターが、未だ白煙が舞うマールが"居たはず"の場所へたどり着いても、そこには誰もいない。
地面は黒く焦げ、その火球の威力を無情にも告げる。
「お、俺が死なせた……殺しちまったんだ」
絶望に染まり、その場で膝をつきうなだれるバクター。
その肩を優しく叩き、トリッツは口元をにやりと歪ませた。
「トリッツ、何笑ってやがるッ……!」
「バクター、うちの魔法使いは本当に良い仕事をすると思わないか?」
トリッツの言葉を理解できなかったバクターは、トリッツの指さした先を無意識に追いかける。
そこには地面に座りながら壁にもたれかかるマールと、その腰に抱き着いて体を伏したロゼが居た。
慌てて立ち上がるバクターは転びかけながら2人の元へ駆け寄る。
「し、死ぬかと思った……」
「あ、ありがとうロゼ。感謝します」
2人の話を聞けば簡単な話だった。
火球がぶつかる瞬間、魔法を使って自身を吹き飛ばしたロゼは、体当たり気味にマールを運び出し床を滑りながらそのまま壁にぶつかったのだ。
服の損傷は多い2人だったが、バクターとトリッツに手伝ってもらいレッドポーションを飲んですぐに元気を取り戻した。
のど元過ぎればなんとやら。
すぐにバクターも元気を取り戻し、スライムキングとの戦闘を興奮した様子で話し始めた。
ロゼも珍しいスライムを研究材料として欲しいと、水溜まりの一部を飲んで空けたポーションの小瓶に入れてご満悦だ。
そんな2人を苦笑いでトリッツが眺めている。
そんな強敵を打ち倒し沸き立つパーティをマールは微笑みながら1人、心のどこかで不安を感じていた。
命を賭ける無茶が簡単にできてしまうポーション。その危うさに。
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