第6話

「ニナさま。いかがなさいましょう」

 アニータは今すぐにでも闇討ちにいける。そのような顔で私を伺った。

「落ちつきなさい。まずはタジラ王を通さなければならないわ」

 私は調べ物から戻ってきたアニータと共に、自室で頭を抱えていた。

 ワルダから聞いた話、持っていた紙。そして、アニータが調べてきた倉庫への入出記録。それらを照らし合わせれば、ワルダの父親が犯人である可能性が高かった。

 しかし、ワルダの父親、セタン・ゴルドバークはアズラク公国の中でも強力な貴族。そして、大臣でもある。

 特にゴルドバーク家、という点が肝だ。

 ゴルドバーク家は、初代アズラク国王のハーレムから生まれた貴族なのだ。

 この異質なルーツには複雑な事情がある。

 アズラク公国、初代王タジラはハーレムを保有していた。しかし、ハーレムによる複数の妃、複数の子供。そこからは当然跡目争いの問題が発生する。

 それを解決するため、二代目の王タジラ二世はハーレムを解体。代償として、正妃以外の第二夫人以下にはそれぞれの家に貴族の位を与えた。つまり、ハーレム出身の貴族はアズラク王族の分家ともいえる。

 さらに、ハーレムから生まれた貴族はそれぞれが貿易の要として働いた。アズラク公国が経済大国となった功労者でもある。

 ゴルドバーク家はそのとき力を得た貴族の筆頭にして、強力な力を持った家だ。


 そのような背景から、実質的な権力は新王であるタジラ三世と拮抗しているといってもいい。

 それがこのようなコソ泥を……。

「いえ、まさか」

 ゴルドバーク家は、泥棒の自覚がなかったのでは? 私物化が横行しているのでは?

 宮殿内の負の面に触れてまった私は震えた。これは、今の私だけで対応しきれるものではないのでは?

「けれど、なおさら王様に」

「私になにか用かな?」

「た、タジラ王っ」

 いつの間にかタジラ王は入り口付近にたたずんでいた。

 私はとっさに首を垂れる。

「ノックもせずに、驚かせてしまったね」

 タジラ王は長椅子に腰かけ、仕草で私に隣へと呼ぶ。私はぎこちなく腰を下ろした。

「でも、今日は君に伝えなければならないことがあるんだ」

 いったい何の用だろう。

 それとなく立ち去ろうとしたアニータを、タジラ王は視線でその場にとどめる。


「大臣のセタンが、君の所有物を持ち出していたようだ」


 私は目を丸くした。

 私たちがもんもんと考えていたことは、すでに王様は存知だったのだ。

「なぜ……」

 知っているのか。

「セタンは以前から横領を繰り返していた。だが巧妙に隠していてね。けれど、今回ばかりは私の目はごまかせなかったよ」

 藍色の目が鋭く光る。

「アズラク大学あるだろう?」

「はい」

 宮殿から東に位置する丘の上。大きな学び舎がある。アズラク大学と呼ばれ、国内外から優秀な学者と学生が集まる。巨大な図書館も所有しているはずだ。

 母国にはなかったシステムなので私も興味を持っていた。特に図書館。

「今朝、私用を兼ねた視察に向かったんだが。そこで学生が珍しい紙を持っていたんだ。よく見れば、君が持ち込んだ紙と同じだ。とうてい学生が所有できるものではない。だから、調べさせた」

 王の権力を使えば、そこから数時間で真犯人に至れるのか。

「学生は学者から、学者はセタンから手に入れたという」

 目を伏せた私の手を、王様は優しく握った。

「ニナ。このような話で、不安にさせてしまったね。でも安心していいんだ」

 タジラ王の目は柔く笑んだ。

「セタンへの処罰は済んでいるから」

 ぱっ、と私は驚きで王様の目を見返す。

「余罪はたくさんあった。ああ、君の耳に入れたくはないほどに。だから静かに済ませておいたよ。ゴルドバーク家の財産は差し押さえ、血筋の者は全員降格させた。大丈夫。これで君には手出しできない」

 私の瞳は揺れた。

 このような、このような冷徹さがこの方の中にあるだなんて。昨日、書斎で語り合った彼とは、まったくの別人のように感じられる。

「わ」

 私は声を絞り出す。

「ワルダさまは……どうなるのですか……?」

 タジラ王の目はにこりと笑む。

「シン皇国へ送る」

 まるで、花をめでるような笑み。

「シン皇国の皇帝が、後宮にワルダを欲しいと言っていたんだ。でも、セタンの意向でワルダは別の者に嫁ぐともめていたんだがね」

 だが、今回の一件でワルダの嫁ぎ先は決定した。

 私は彼女の、垣間見せてくれた乙女の一面を思い出す。彼女は、会ったこともない男性と、しかし幸福になることを夢見ていた。

 けれど、後宮だなんて。

 話には聞いている。後宮には妃嬪、つまり第二夫人、第三夫人以下多数の女性が集められる。皇帝のために集められた女性。ワルダはそこに加えられる。

「不要な人間がいなくなり、ニナ、君も安心しただろう」

 私の心など知らず、タジラ王の腕は私を抱きとめた。彼が纏うひんやりと固い装飾を頬に感じる。

 私の体と共に、心はしんと冷え切っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る