第11話「悪王イドラについて語る女神イディア」


 

■■悪王イドラについての女神イディアのコメント■■


 

 

 今の歴史解釈ではいろいろと云われているようだけど、兄のイドラは私がこれまで見てきた中で、最も強く、そして賢い王だったわ。

 

 もしも彼が致命的な失敗をしたのだとしたら、それは全て祖母イディアの失敗だったと私は思っている。


 長く少数の氏族だけを運営してきたイデインの家系にとって、数百万という民の血税によって精錬されたその王座を温める職務は、あまりにも荷が重すぎた。

 

 民を我が子のように慈しむ心と、貴族たちにも低頭して国の経営について指南を仰ぐその愚直さは、見る見るうちに王家の権威を、小さく、弱いものしていった。


 表向きには病気で急逝したという話になっているけど、誰もが裏で囁く暗い噂の通り、兄は祖母と同じ精神を持った父を暗殺して、王座を自らのものにした。


 ――あまり知られていないことだけど、祖母の計らいによって、兄はイデイン族の父とプロトス王族の母の間に生まれた子なの。

 

 私とは異母兄妹ということになるけど、兄の母のことは今でもよく思い出すわ――すごく強烈な人だったから。


 彼女は自分が生きるためなら何でもやった。

 

 自分の父を殺した連中にかしずくことも、世間知らずで貞淑な妻を演じることも。


 彼女は、誰よりも他人の心の機微に敏く、娼婦以上にその精神を惑わす術に長じていた。

 

 強大な【古代魔法】を扱うイデイン族の祖母や父でさえ――あるいは私たち兄妹でさえ、彼女が紡ぐ言葉の魔力には抗うことが出来なかった。

 

 ああいう人のことを、きっと史学の世界では「毒婦」と呼ぶんでしょうね。

 

 図太く、小狡い人ではあったけど、彼女はいつだって子供たちに甘かった。

 

 私も兄も彼女から多くのことを教わったわ。クッキーの作り方も帝王学も、私たちは、同じ一人の女性から、その心ごと受け継ぐようにして学んだ。

 

 兄は誰よりも自分の母のことを尊敬していたし、私も少なからず……いえ、多大に彼女の影響を受けていた。

 

 母が亡くなってから自身の父も殺して、兄イドラは王様になった。

 

 国中に散った財を搔き集め、強い兵隊たちを作り上げ、王城に権威を取り戻した。


 祖母は、本当に国を担いたいのであれば、私がのちにイデイン族に対してそうしたように、王族だろうと貴族だろうと、

 

 そうしなければ、他所からやってきた――たかだか他人よりも高い魔力を持っているだけの人間が国土を治めるなんて、到底不可能な話だった。

 

 その失敗を取り戻すために、兄は、逞しかった母君のように、やれることをなんでもやり尽くした。

 

 そして、数々の大事業を成して、人々から悪王と呼ばれるようになった後、その冴えた手腕に反するように、あまりにもあっけなく、私に打ち取られた。

 

 私は、今のこの平穏な世界を見ていて、『あるいは私に殺されてしまうことさえ、兄は織り込み済みだったんじゃないか』って感じることがよくあるわ。

 

 実際――私はイデイン族の特性を受け継いだ人間たちを皆殺しにしたけど――その半分くらいは兄が自ら手を下しているのよ。

 

 後世では、『自身の座が奪われるのを恐れて身内にさえ手をかけた』なんてもっともらしいことを云われているけど。

 

 私にとって、兄のイドラは悪王なんかじゃなかった。

 

 最も強く、賢く――そして正しい王様だったわ。


 人前では厳しい表情を崩さなかったけど……、裏では冗談ばっかり云ってたのよ、彼。

 

 子どものころは、妹の私のわがままにも、嫌々云いながら、結局最後はいつだってちゃんと付き合ってくれた。

 

 悪の王様と呼ばれる決断をしたとき、あのお人好しには、一体どれだけの覚悟が宿っていたのかしら。

 

 私はただ、お膳立てされた――おいしいところを横からさらっていっただけの人間だったのよ。

 

 【女神】なんて呼ばれて、たくさんの人の尊敬を一身に受けている私だけど、兄のことを思い出すたびに、自身に向けられた称賛が滑稽に思えてしょうがなくなるわ。

 

 ――え、なあに、ユウ?


 ……まあ、そうだね。

 

 確かに私は【魔王】の脅威から世界を守るために頑張ってきた。その部分くらいは誇りに思ってもいいかな。

 

 あなたと出会えたことも、そのご褒美と思っているし。

 

 兄も私も、恋人というものを持たなかったからね。

 

 ああ、それと――【魔王】といえば、分からないこともある。

 

 は『悪王イドラが遺した恨みによって現れるようになった』なんて云われているけど、兄は後悔とか他人への恨み辛みとは無縁の人だった。

 

 兄さんが遺したのだとしたら、その目的は一体なんだったんだろう。

 

 あるいは【魔王】を作ったのが、兄ではないとしたら――?


 何度か考えたことだけど、材料が少なすぎて結論が出ないのよね。

 

 それでもやるべきことは変わらないから、歴代の【勇者】たちはただ淡々と【魔王】を討ち果たしてきたけど、ウーン……。


 ――……ねえ、ユウ。

 

 君みたいな人ならさ。

 

 もしかして他の【勇者】たちとは違った結末に辿り着けたりするのかな。

 

 


▲▲~了~▲▲

 

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