第2話「うろんな勇者、異世界へ降り立つ」


 

■■そして、異世界へ■■


 

 

 気付いたら僕は見知らぬ世界に立っていた。


 目にするもの全てが新しく、五感を通じてありとあらゆる情報が流れ込んでくる。


 その場所で僕の心には純粋な好奇心だけが渦巻いていた。


 突如として空に現れた【女神】と名乗る存在が、僕に語りかける。


 彼女は、僕に『【勇者】となって世界を救うこと』を望んでいるらしい。


 

「――話は以上です。さあ勇者ターナカよ、世界を救うのです!」


「……あ、ご、ごめんなさい。最初のほうしか話聞けてませんでした……」


「えっ、なぜそんな不敬なことを……」


「いや、聞く気はあったんですけど、途中から『この女神様は話し終わったあと、どういうパターンの姿の消し方をするんだろう』ってことが気になってしまって……」


「なんですかその私の話と全然関係ない思考は!」


「すみません、こういう脳味噌なもので……」


 

 なんの因果か僕は異世界で【勇者】になった。


 思えば、この職業は僕にとって天職だったのかもしれない。苦労することも苦労をかけることも、いまだあるにはあるのだけども。


 あ、それとあのあと、【女神】とはそれなりに打ち解けた。『バラを口に咥えて情熱的なタンゴを踊り切り、締めのカスタネットを一回鳴らして消えるパターン』を見せてもらって、二人で腹を抱えて笑ったのはいい思い出だ。


 彼女は今でもちょくちょく僕のところに、奉納品の一升瓶を携えて愚痴をこぼしにやってくる。最近は芋のソーダ割にハマっているらしい。



「――今日も予定が思い出せない……シアさんに訊くか」



 僕は先日購入したばかりの自宅の窓から、外に広がる『異世界』を眺める。


 この場所には煩雑な秩序はなく、ただ自由な混沌という活気だけが満ちていた。

 

 使命はあっても、気楽にしていれば、案外、楽しく生きられる。


 僕はそのことをこの世界に教えられた。


 

 

▲▲~了~▲▲

 

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