幽囚(ベルル視点・前)

「なに……これ……」


アスティのいるらしい聖美原女学院の前で、アタシはその異様な有様にただ立ちすくんでいた。


アタシが驚愕しているのは、決してその敷地の広大さなどではなく……巧妙に欺瞞された認識改変魔法の数々。魔法に長けた者でも、一目でこれを見抜ける者はそういないだろう。アタシが見抜けたのは、隠し方に見知った癖があったから。何度もしてやられてきたアスティの魔法を、私が見逃すことはありえない。


問題はこの行為がルールに反していることだ。いや、アタシ自身しっかりと協定を把握しているわけではないからハッキリとは言えないが、グレーな行為であることは間違いないだろう。


「なに考えてんのよアスティ……!」


居ても立っても居られなくなり、姿を消す魔法を使ってその場で侵入することに決める。そもそも、無関係のアタシが正規の手段で中に入れるかは怪しい。


ぼんやりと感じるアスティの魔力に向かって敷地を駆け抜ければ、この学園に至る所でアスティの細工が施されているのが分かる。中には建物を魔法で無理矢理増設した形跡もあった。


進むたびに問い詰めなければいけないことが増えていき、やがてアイツのいるであろう校舎の中へ。名門と聞くだけあってやたらと広いが、既にはっきりとアスティの魔力を捉えているから迷うはずもない。


アスティがいる部屋を見つけ、その部屋から出てきた人間を避け──


「そこ、廊下を走るのは禁止よ」

「……ッ!?」


ようとして、その人間に呼び止められて思わず足を止める。


どういうことだ。今のアタシを人間が視認できるはずがない。念の為後ろを見てもアタシ以外には誰もおらず、何よりその人間の強い眼差しは間違いなくこのアタシに向けられていた。


「な、なんで分かったの……?」

「貴女、部外者ね。アスノティフィル以外に人外を受け入れたという報告は聞いていない」

「! そうだ、アスティ……! そいつそこに居るの!?」


目の前の人間への警戒心も、その口からアイツの名前が出たことによって流される。見知らぬ人間の謎よりも、今はとにかくアスティを問い詰める方が優先だ。


「えぇ。 ……知り合い?」

「そういうこと、アタシはアイツに文句言いに来たの……!」


そう言い放ち、人間の横を抜き去りアタシは今度こそアスティのいる部屋の扉を開け放った。



────────── 


「はぁ……」


終わってみれば、実にくだらない話だった。アスティの言い分は要するに『協定は男性だけを対象にしたものであることは条文を見ても明らか。だから女性には魔法使い放題だし学園の改造も男子禁制だからセーフ。もしダメでも私を罰せる存在などないからよし』ということである。意訳込みだが。


そこまで言うなら、もう何も言うまい。そもそもよく考えればアスティのことだし、万が一摘発されても口八丁でなんとかしそうなものである。実際、今の今まで協定の男性明記だなんて知らなかったアタシよりもルールについては詳しいだろう。


チャットでアイツが何故か上機嫌だった理由も思ったものではなかったし、もう勝手にやってくれという気しか起きない。いや、相手が雌だろうがなんだろうが公然と浮気宣言とかはありえないしやっぱり今後の付き合い方は考え直すべきだろうか。


「ベルル」


と、扉の前で立ち止まってそんなことを考えていると横からの声。アスティのような揶揄い混じりの声とは違う、冷たくも凛とした声だ。


「で、よかったかしら? 名前」

「ベルルイレ・ゼト。呼びたいならそれでもいいわ」


声の主は、ついさっきアタシを視認して呼び止めた謎の人間。どうやら盗み聞きをしていたらしい。


「で、アンタは? ……って……ま、まさかアンタもアスティの……?」


アスティがこの学園の生徒は皆手籠のような言い方をしていたのを思い出し、改めてその人間を見る。伸ばされた濡羽色の髪は美しく、可愛げは感じられないが、顔立ちを見れば可愛らしい……何より、その力強い眼差しは老獪な龍のようで惹かれるものがある……アスティはこういうのもタイプなのか……?


「氷堂すみれ。むしろアレには迷惑しているわ」

「迷惑……ね……」


どうやらアスティの一派ではないらしい……というか、そもそもこのすみれという人間はアタシの魔法を看破していた。となればアスティの認識改変の影響も受けていない可能性が高い。


というか、もしそうだとすれば彼女は誰もがすんなりとアイツやアイツの滅茶苦茶を受け入れていく中でたった一人違う認識をしているわけで、それは相当な辛さなんじゃないだろうか。


「それは……本当に気の毒ね。あのバカに代わって謝罪する……って、一応謝ったけど改善はしないだろうからアスティを恨みながら他所へ転校することを勧めるわ」

「そう……貴女でも手に負えないのね」


アタシが力になれないことを知ると、すみれはアタシから興味をなくす……でもなく、興味の質が変わった……ような気がする。


「じゃあ、貴女が代わりに責任取ってくれないかしら?」


先ほどまでは老龍……姉様方のようだと思っていた瞳が、今度はアスティに近いものに変わったと、どことなくそう感じるのだ。


「……アタシがアンタに出来ることなんて何もないと思うけど。……そもそも、アスティに受けた屈辱をアタシで晴らして満足なの?」


アタシには、そういうタイプには見えなかった。


すみれがアスティの話をする時の眼は、本気で引きずり落とそうとする者……まるで大昔の自分のようで、他人で鬱憤を晴そうとする者には見えないと、そう思ったのだ。


「……それもそうね」


案の定、すみれはあっさりと引き下がった。


そこで、話は終わりかと思い歩き出そうとするも、再びすみれから声がかかる。


「……貴女、アレには詳しいの?」

「アスティの? まぁ……付き合いは長いわ」


どこの誰よりも、などと驕る気はないが、本当に長い付き合いだ、知らないことの方が思い浮かばないのも事実だ。


「なら、教えてくれない? アスノティフィルのこと。私、どうしてもアレに一泡吹かせたいの」

「……構わないわ、それくらいなら」


正直言って、特にアタシにメリットがある話でもないが……ゴミのアスティが良い思いをしたままなのも良くないと思い、アタシはすみれの頼みを引き受けた。


「なら、続きは私の屋敷でしましょう? 学園の隣なの」


……本当に、それだけの軽い気持ちでアタシは二度目の墜落への一歩を踏み出していた。






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